魔術士達の密談 2

文字数 5,438文字

 幾重にも結界が張られた城の外れの一室で、二人の魔術士が向かい合う。
 方や金の称号を持つ魔術士、そしてもう片方はそれより更に歳若い魔術士。けれどこちらも同じく色の称号を持ち合わせている。色の称号を所持する若い魔術士が二人揃う事等、そうそう無い。もしもこの場を普通の魔術士が知ったなら何が何でも覗き見ようとしただろう。
 しかし今は誰の邪魔も入らない赤の魔術士の結界の中である。
 クリアは自分が結界を張ろうかと問いかけたが、万が一何か察せられても面倒だというよく解らない理由で却下されている。その真意と、今の状況に関してはこれから問う所だった。
「で、僕は何処から聞けばいーんだろね? とりあえず君の色とか?」
「んー、正直操られるかもしれない事を考えると、そこはあんまり言いたく無いんですけどねー。でも色持ちだって解ってる時点で意味無いかもしれないですけど」
 うーむ、と考え込む歳若い魔術士。クリアの主の発言によれば、本名はアミル。今は金の髪に青の目というクリアの主の本来持つ色を纏っているものの、実際はクリアの主が今纏う茶の髪に赤みがかった紫の目、が本来の色合いらしい。
 実の所、クリアにはその色の交換の魔術式すら解らないのだから、目の前の少年は相当な知識を有しているか、或は相当奇妙な魔術の習い方をしていると考えられる。
「じゃあ、あの杖とかも今は拙い感じ?」
「悟って頂けて光栄です」
 当たり、らしい。
 詳細はまだ解らないがこの魔術式は相当面倒らしいと金の青年はじとり、嫌な汗をかく。
 何より自分がその魔術を知らないのが、痛い。かといってクリア自身が勉強不足かと言えば決してそうでもない筈なのだ。寧ろ一般のレベルに比べれば努力しているつもり、ではいる。それでも全く知らない。
 そう、今問題になっているアルリアロアロスの魔術書五巻第三章『魔族召還の儀 異説』ですら、その魔術書の名すら金の青年は知らなかったのだから、それを当然のように知っていたアミルは相当な知識を保有しているか、あるいは知識内容が偏っているか、なのだ。
 そこまで考えてクリアは気になっていた他の事も思い出す。
「そうそうそれ。アルリアロアロスの件に関しても訊きたいんだよね。それは詳細訊いてもいいの?」
「あー、そっちは多分大丈夫だと思いますよ。お互い既に魔術式には組み込まれちまってますし。こっちから見えないという事は向こうからも解らんという事らしいんで。まぁ、それがあって態々ここまで中に入らざるをえなかったんですけどねぇ」
 ふむ、と腕組みをするアミルは何かを思い出すような表情をする。
 恐らくはその読んだ事のある魔術書の記載を回想しているのだろう。
 話からしてどうやら魔術式そのものが結界のような役割も持つらしい、とクリアは経験から辺りを付ける。
 大抵の魔術士は読んだ魔術書の内容は己の中の『書庫』に保管しており、少なくとも『忘れる』という事はあり得ない。何処に仕舞ったのか忘れる事はあっても、得た知識そのものを忘れる事は、魔術士としてあり得ないと言っても良い。
 魔術書も、それ自体が一つの魔術であり、その内容は魔術士の脳裏に焼き付けられるように出来ているからだ。故に魔術士の中には魔術書の探求・解読を生業とするものも多い。
 ある程度の知識量さえあれば魔術書の解説だけで十分生きていけるからだ。
 なので、肝心の魔術式に関してはその全てをアミルに解説してもらえれば一番良いのだが、内容量がどれ程か解らないモノを、この時間の限られている状況でさすがに話せとは言えない。
 黙読は解説を越える。これも魔術士の常識だ。目で読む方が話してもらうより断然多くの知識を流し込める。なので、クリアは要点だけを絞っていく事にする。
「さっきの話で『魔力充填交換式』に関しては何となくわかったんだけどさ、『単純時間項目』だっけ? それがどういうものなのか知りたいんだけど」
「あー、それは、所謂永続的な願いでないもの、っすね。魔族を喚びだしている時間の中だけで叶えて欲しい内容に絞るんです。それだけで相当の代価が削れるんですよ」
「マジでか。つまり、『大金持ちになりたい』っつー願いがあったとして、普通の魔族契約だと一生もんだけど、アルリアロアロスの方式に入れると、その魔族が召還されている間だけ、っつー事になる訳ね?」
「そうです。なので普通に考えれば支払う代価の方が多過ぎるように思えますから、この魔術は廃れた訳なんですけど」
「…………今回みたいに、『祭典の中でだけ自由に操りたい』なんつー希望の場合にはもってこいな訳か」
「そゆことです。ついでに今回は相当魔力場が高まってるんで、結構高位の魔族が来る可能性もあります。召還自体の贄は魔力の濃さなんで」
 なんという傍迷惑な魔術が実在したもんだ、と思わずクリアは頭を抱えそうになる。
 というのも、魔術士の中でも色の魔術士といえば、それこそ万能の如き扱いをされる事が多いのだけれど、それはあくまでヒトの枠という中で見れば相当自由が利くというだけであって、高位存在である天使や悪魔といった存在に対して対抗するだけの力がある訳ではないからだ。
 唯一次元の狭間の主等であればどうにか渡り合える可能性は残るものの、クリア個人にそんな自信は全く無い。
 故に、契約を元に魔族に操られれば、祭典でどんな不要な言動をしてしまうか解らないのだ。
 祭典は世界各国からヒトが集まる大イベント。
 そこで不要な言動を取ってしまえば最後、それこそ事実証拠として残ってしまう。魔族に操られていた等という言い訳が通じるかどうかは怪しい。そんな痕跡を残してくれるとは思えないからだ。
「それ、防ぎよう無くね?」
「無いですね。しかけられたら最後、受けるしか無い」
「…………そっか。でも、そんな状況で君が態々姿を現してるってことは、何らかの手だてはあるんだ?」
 古い魔術だと言うそれを知っている唯一の少年が何色か知らないが、態々こうしてこの場に来ているという事は、条件的に不利になるように思える。しかしそれを敢えて選んだだけの理由と勝算が、恐らくあるのだろう。何らかの打つ手があってこそなのだ。
 そう思い問いかけたクリアに、アミルは苦く笑った。
「ぶっつけ本番になりますけど」
「勝算は?」
「五分」
 半分。
 しかしそれは、人間が魔族に対抗するという事態を思えば。
「上等。そんだけあればどーにかなるっしょ」
「はは。どーにかしますよ。じゃないとサフが泣くから」
 十分な勝算にクリアが笑い、アミルは苦笑いのままで言う。その言葉に金の青年は他に訊きたいと思っていた事を幾つか思い出した。
 目の前の少年は、唯一の主が信を置いている事は目に見えて明らかだったとはいえ、思えば正体から何から謎だらけなのだ。制限さえ無ければ三日三晩質問攻めにしたいくらいだ。例えば酷く珍しいと思われる魔術書を当然のように知っていたり。何の動作も無く転移を使っていたり。妙な杖を持っていたり、挙げ句、今この場に張られているような強固にして繊細な結界まで作れる。
 魔術士にはそれぞれ魔術を体得する過程での流派により、多少の癖や得手不得手が存在するのが一般的だ。それはクリア自身だって同じである。
 けれど、見ている限り目の前の少年に癖らしきものを感じない。いや、正しくは癖らしきものがあるように見せかけられているから普通の者から見れば然程気にはならないのだろうが、気付いてしまえば最後、それは大きな違和感だった。
「じゃ、他質問するけど。君、魔術の流派は?」
「…………あー、やっぱバレますかね。一応学校的な感じで誤摩化してたんですけどねぇ」
 あっさりと認める所を見ると、明らかに本人も理解して隠しているらしい。そうなると余計気になるのが魔術士の本能のようなもの。
「何々? バレると拙い系?」
 にまりと笑って問いつめるのに、アミルはうなりながら宙空を見上げる。
 後ろ暗さは感じられない。それよりも、何か言い辛い別の事があるような風だった。その様子が増々魔術士としてのクリアの興味を引くのは故意なのか無意識なのか。少年は少し考えた様子を見せた後で諦めたように笑った。
「いや、拙くは無いんですけどね。正直普通ではないもんで、出来るだけ伏せときたい系?」
「どこどこ? 僕知ってそう?」
「いや、知らんと思いますよ。簡潔に言ってしまえば『独学』としか表現しようが無いんで」
「は!?」
 独学の魔術士。それは、いそうでありつつあり得ない存在でもある。
 魔術士の使う魔術の本質は、世界の深淵に潜りそこから世界に干渉する技術。この深淵に潜る方法だけはどんな魔術書を読んでも編み出せない。最初は誰かに手ほどきされる必要があるのだ。流派というのはその深淵への潜り方の違いとも言える。
 それ故に魔術の使い方を見れば大凡の大きな流派なら直ぐに解るし、それを教わる過程で何処かに師事する限り独学という事はあり得ない。
「冗談?」
「や、本気。俺、物心ついた頃には魔術士だったんで。俺を育てたのが、人間じゃなかったせいで、むしろ一日の大半で深淵潜りっぱなしだったっていうか。深淵で遊んで育ったと言うべきか」
 そのせいで記憶のある限り魔術は息をする如く普通に使ってたのだと、そう説明するアミルを呆然と見るクリアだが。相手の様子からは嘘は一切見えて来ない。
 殆どの魔術士にとって深淵は畏怖の対象だ。
 それは本能的な感情であり、魔術士として危険な一線を越えない為のストッパーともなる。それを抱える限り、深淵に潜り過ぎて戻って来れないという事態は回避出来るからだ。だがもしもその深淵を我が庭のように闊歩出来る魔術士が存在するとしたら、それはある種魔術を極めているとも言えるだろう。
 アミルが言っているのはつまり、そういう事だ。
「何に育てられたの?」
「精霊」
「…………マジでか」
 今度こそクリアはぽかんと少年を凝視する。
 精霊。太古から世界を構成する存在が一つ。人間が住む地界における、天界の天使・魔界の魔族と同列とも言える存在。深淵を通して三界を行き来出来る高位存在。人と関わる事を遥か昔に止め、その後は交流を閉ざして久しいもの。
 交流のあった頃には精霊に育てられた人間というものも確かに存在していた。
 同時に彼等は魔術士として恵まれた才を発揮しているものが多い。
 だが、精霊との交わりが途絶えた今、そんな人間が存在する等と。
 彼等に育てられたというのなら、深淵に対する恐怖は無いのも当然なのだろう。深淵は精霊にとっては庭のようなもの。決して迷う事の無い場所。そんな彼等に連れられ深淵へ行き来するのなら、恐怖を学ぶ機会等無くともおかしくは無い。
「親が住んでた屋敷が昔から精霊の住処だったらしいんですよ。で、大人だけがかかる流行病で親が死んじまった後、残った生まれたての俺を屋敷の精霊が育ててくれたんです。物心ついてたら見捨てられてた可能性もあったんすけど、赤ん坊だったのが決め手だったらしいですね」
 精霊は穢れを特に厭う。人と交流が絶えたのも、争いと穢れの絶えない人の世界を見限ったからと言われる。
 だが、基本は優しい存在だ。故に世界を維持する事に協力的でもある。そんな精霊が、無垢な人間の赤子を前にそれを見捨てられなかったのだとアミルは説明する。
 精霊に育てられた魔術士。
 故に深淵に対する畏れの無い魔術士。
 深淵を我が庭のように行き来し、息をするように魔術を使う。
 それだけで、最強に近い。更に本人が生まれもって大きな魔力を持っていたら。更に精霊の加護などによりその力が増していたら。若さ等関係無く、目の前の少年はクリアよりも強い魔術士であってもおかしく無い。
「だから、色?」
「かもしれないっすね。後は、狭間のおっさんの発言を信用するなら、親が魔術書収集家だったんで家の中魔術書だらけで、それ全部読んだからってのもあるらしいんですけど」
「…………参考までに何冊くらい?」
「ココの公立図書館並」
 皇国の公立図書館は蔵書1万冊を越える。それだって、普通の蔵書が殆どだ。魔術書で一万冊となると。
「よく読めたね? 古いのとか、多かったんじゃないの?」
 普通に考えてかなりの古典魔術書が含まれていると思われる。
 それこそ、解読がされていないもの、世に広まらなかったものを含めてようやくの数字だろう。その辺を含んで問いかけたクリアに、少年は言う。
「わかんねー所は精霊が教えてくれたんで」
 精霊に寿命は無い。そして知識の散逸も無い。また、交流が無くとも精霊は人の文化に触れる事が少なくないらしい。その際に人の文字を覚えるのだという。故に過去の人の文字ならそれが読めない精霊は存在しないのだと、平然とアミルは語るのだが。
 一万冊近くの魔術書、しかも解読が難しい過去や失われた文字の魔術書の知識まで所有する魔術士が世界に何人いるだろう? そして魔術士は一度読んだ魔術書の知識は決して散逸させない。つまり、目の前の少年は歩く膨大な魔術書庫のようなものだ。
 それこそ、狭間の主くらいではないだろうか?
 成る程、これはなるべくして『色付き』の魔術士になった少年なのだ。よくもまぁ自分の主は変わったモノを惹き付けるものだと、同じく称号を持っているけれどもそこまで変わった経歴ではないクリアは、いっそ感動を覚えながら目の前の魔術士を見たのだった。
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