只人となりし王女 1

文字数 2,816文字

 それ以上、異母妹が罪を重ねるのはみていられなかった。何より、自分の為にその場に立っている少年が傷つくかもしれないと思った瞬間に身体は動いていた。高い天蓋から身体を投げ出した彼女は、しかし危うげなく身体を捻ってすたん、と着地をする。
 ずっと舞台の上で魔族と対峙していたアミルの髪が、だんだん金から茶に変化しているのは上から見ていて気づいていた。それは恐らく色の変化に使うだけの魔力すら削っているのだろうと、魔術に詳しく無いサフにすら解って、同時にそれは自分の色彩も元に戻っている事を示していたけれど、最早そんな事はどうだって良かった。
 アミルに斬り掛かろうとした操られたイガルドの剣を、破幻杖で出した具象化した刃で受け流す。
 少年を背中で庇う状態だ。
 本気の黒の騎士相手に、サフ自身勝てる自信は一切無い。
 だがそれでも時間を稼ぐくらいならばどうにかなるのだ。それに操られているせいか、イガルドの攻撃には普段の生彩が一切欠けていたから、動きを読む事は酷く容易かった。彼女に無拍子を教えてくれたのは彼自身だったのに。
「っば、お前、何して!」
「いい! それよりクリアをお願いっ」
 問題は、イガルドよりもクリアの方だ。
 指示によって何らかの魔術を使おうとしている。それは恐らく酷く残酷で破壊的なそれだろう。そんな事をしたら、例え操られていたからといえど彼は一生の傷を抱える事になる。無茶苦茶な要望かもしれなかったが、どうしてもそれは阻止して欲しかった。
 黒の騎士の攻撃を受け流しながら彼女が叫ぶのに、アミルが雰囲気を一変させた。
 知っている。
 それは、竜を目前にしたときのそれ、だ。覚悟を決めたときの。
「しょーがねーな、絶対どうにかしてやるよ」
 そう言ってアミルが笑うのが雰囲気だけで伝わってきて、激しいイガルドの攻撃の隙間で彼女も笑う。不思議だったけれど、アミルがそう言うと絶対にどうにかしてくれるような気がする。否、してくれるだろう。竜をも退けた魔術士だから。
 だから、自分はイガルドを止める。絶対。
 ぎゅっと杖を握り直した彼女に妹の声が届く。
「アンタ…………っ、アンタは、まさかっ!」
 既に魔術の解けてしまった金の髪が揺れている。恐らく目の色も同じだろう。
 そんな状態でこの場に現れれば、いくら7年会っていなくとも解るだろう。彼女が一体誰であるのか。
「ジュエル! 世の中には例え王族でもやっちゃいけないことがあるのっ!! 此処にいる大勢のヒト達がいて初めてアンタたちは王族たりえるのよ!? それを、何をしてるの!」
「わた、私は悪く無いっ、悪く……っ」
「ジュエルっ!」
 ぶん、と薙いだ破幻杖から出した魔術の布でイガルドの全身を拘束して転がした。実際に出来るとは思わなかったが、しかし大岩を支えられる程の力を持つのだから出来て当然だったのかもしれない。転がった黒の騎士に心の中で謝罪して、彼女は未だ子どものように首を振っている異母妹の方に歩み寄る。
 そして。
 その手入れの行き届いた頬を叩いた。
「痛っ! 何をっ、もうアンタは王族じゃないのよっ!? 反逆罪で捕まえ……」
「そんな事はどうでも良いっ!! 貴方がしようとしている事はこれ以上の痛みを此処にいる全員に与えるものだと、貴方は自覚しているの!? 答えなさい、ジュエル」
「知らないっ! アンタには関係な」
 再びその頬を叩く。今度は逆を。
 王族として周囲にかしずかれ育ったこの妹は、こんな風にされた事等一度も無いだろう。流石に二度目の痛みに反論するような気も失われたのか恐怖の混じった目で見てくるのを、冷たく見返す。杖を持っていない方の手を挙げたままで。
「答えなさい」
「い……っ、嫌、怖いっ、助けて、誰か…………お父様っ」
 とうとう異母妹がしゃがみ込んで泣き出してしまうのを、その存在を呼ばれた事で魔族の束縛が解けたらしいサフにとっても父にあたる王が二人の方を見る。
 未だこの場に留まる魔族。
 それに操られ何か暴力的な魔術を実行しようとしている金の称号を持つ魔術士。
 それを止めようとしている、集中している少年の魔術士。
 そして彼の娘たる二人の少女。
 魔族の束縛が無ければ会場中がパニックに陥っていてもおかしく無い状況で、王の目はジュエルを見、そしてサファイアを見た。今までの話から大凡の筋道は理解出来ているだろう思慮深い青の目が最初に留まったのは、ジュエルで。
「ジュエル。魔族の方に帰ってもらいなさい。クリア殿にかけたものを解いた上で」
「…………っ! や、やだっ」
「悪ぃ、王様。ちょっと手遅れ。一発目来るわ。とりあえず全力で止めっけど」
 会場の一部は壊れるかもしれない、と言うアミルの目の前、会場の宙空に金の光塊が突如出現し膨らむのをアミルがぱん、と手を打ち合わせると同時にそれが霧散する。相殺したのだ。しかし霧散した光の一部が会場の斜め上を走り、ほんの少しかすっただけの天蓋を抉るように傷つけ壊していく。
 極一部の部分ですらその威力であれば、完全に実行されていれば会場中が惨憺たる事になっていた事だろう。
 だが未だ呪縛に捕われたままのクリアは再び術を使用しようとしていて、「ちょっとは手加減しろよなコノヤロー」と言いながらそれに対してアミルが再び何かを用意し始める。
「ジュエルっ!」
 三度その頬を叩いてしまったのは、クリアに間違っても罪等背負って欲しく無かったからだ。否、魔族に操られしてしまった事に本人の罪等無いのだが、優しい魔術士はきっと気にするだろう。ココロまで壊れる程に。
「おっ、お父様、コイツが、私を虐めるっ」
 対するジュエルはまるで子どものように父親に訴えるのだが。
「其方が今すぐクリア殿を止めれば良い話であろう。クリア殿はお前のものでも、まして私のものでもなく、サファイア個人の大事な配下だ。それを勝手に操られてその程度で済んでいる事に感謝こそすれ、責める謂れ等無い」
 父親は冷たく言い放つ。
 その言葉にサフは目を見はって父親を見て、ジュエルは大きく震える。こうなると王族としての威厳も何も無くなっている。もし何かの間違いでクリアたちが彼女についたとしても、こんな事をしては国民の信など得られない事を彼女は気づいているのだろうか?
 今この場所には多くの国民と、他国からの貴賓がいる。
 そして父である現王は、国民の信を得る為に他に言える言葉等無い事を。
 いざという時に自身の保身や威光等に目がくらみ国民を選べない王等、王である価値は無い。そう言ったのは皇国初代であったか。
「これ以上、我が国の王族として無様な姿を見せるな。ジュエル」
「うう…………ひっく」
 静かな言葉に、妹王女が嗚咽をあげながら、それでも首を横に振る。
 最早どうしようもないと、頑になっているのか。
 その姿は、何処にでもいる我侭な幼子のようで、これ以上声が届くとは思えず途方に暮れてサフは父と目を合わせた。
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