二人の魔術士 1

文字数 2,045文字

 皇国の祭典においては、大きな魔術が様々な形で使われるのがしきたりとなっている。
 基本的に宮廷魔術士のみでおこなわれるべきなのだが、国の威信を示す必要があるのも相まってそれは実際には宮廷魔術士の能力を遥かに超える内容に設定される事も多く(設定するのが魔術をよく知らない宰相達だからというのもある)結局その時期に皇国が魔術士を多く集めるのは最早慣例となっている。
 それでもその中でめぼしい才能があれば宮廷魔術士として登用することもあるのだから、あながち悪い事ばかりという訳でもない。
 時折外部からの不審者も紛れてしまうが、それでも今の所は別段何の問題も発生せずに、その慣習は続いている。
 皇国の宮廷魔術士になったばかりのトロアは祭典に徴用する魔術士を選ぶ一次審査の手伝いを任せられていた。
 これについて書類審査等は無い。
 魔術士の能力は書類で測れるようなものではないからだ。どんな良い学校を出ていようと落ちこぼれはいるし、逆に全くの無名であっても時に卓越した才能は存在する。魔術士とはそういうものだ。
 入り口で、受付で整理券を貰ったこれから審査を受ける魔術士達に、トロアは首から下げる方式の札を渡して行く。それは特別に造られた魔術士達がもつ魔力の量を測る目安ともなる紙が貼られている。魔力の量によってそれは白から黒へと変わっていくものだ。
 皇国の抱える色の魔術士クリアがそれを持つと何のくすみも無い漆黒に変化したが、それはあくまで例外。大抵の魔術士は灰色の濃淡で判別出来る。
 この紙は単に基準の一つに過ぎず、魔力が少なくとも技巧がそれを補っていれば採用するが、逆に魔力が抱負で技巧が足りなくとも採用基準は満たす。複数人で使う大掛かりな魔術において大きな魔力は十分に貴重な資源だからだ。その為の紙だった。
 何人かに紙を渡して行く中で、大抵の者達は平均的な灰色に染まっているのをトロアは確認している。
 皇国に来ようというもの達は多くが腕に自信があるもの達だから、ある程度以上に染まっているのはよくある事なので気にしなかった。
 次に現れた者達に札を渡そうとして、トロアは一瞬息をのむ。
 茶の髪に紫がかった赤の目をしたローブを羽織る美少女。その手には正直術には向かなそうな、普通なら祭儀等に使われるだろう整備な飾りが特徴的な長い杖を持っていた。その隣には金髪に青の目をした美少年がいる。色彩だけなら失踪中の宝石姫と完全一致するその容姿は、かなり人目を引くものだ。こちらは杖も持たず服装もいかにも普段着といった姿で、言われなければ魔術士だとは解らない。
 自分の目の前に来た目立つその二人を呆然と見るトロアに、少年の方が首を傾げ問いかける。
「なぁ? それ配ってんじゃないの?」
「あ、は、はい! 整理券を下さいっ」
 漸く職務を思い出して整理券を求めると、少女の分を少年が受け取りトロアに「これ、こいつのね? あとこっち俺の」と自分のモノと分けて差し出す。
 それを確認してトロアはそれぞれの札を、手を差し出したままの少年に二つ、「整理券の番号が書かれてありますのでご確認下さい」とお決まりの台詞と共に渡した。その間少女の方は全く話さず動かない。
 少年は札を受け取る直前にぴくり、反応したけれどそのまま二つとも受け取った。
 そして番号をちらりと見て少女の方へと渡す。
 トロアは、自然と視線が札につけられた紙の方に向いていた。
「!」
 少年の持つ札の紙は、漆黒に染まっていた。同じく、少女の持つ札の方も、まるで写したかのように同じ漆黒をしている。
 宮廷に属する魔術士の中でも、あの紙を完全な漆黒に染められるのは、金の称号を持つあの方以外に存在していないのに。
「なぁ、コレってレリヌトリス試験紙でしょ?」
 驚愕しているトロアに少年がにっと笑って問いかけてくる。その名は間違いなくその紙の名称だったが、まさかそれを一介の魔術士が知っているとは思わなかったので更にトロアは固まった。トロアですら、皇国に務めて初めて知った、マイナーな存在なのだ。
 一見でその名が当てられる者等殆どいないだろう。
 少年が示す紙を少女も見て、少年の方をきょとん、見上げている。
「れりぬとりす?」
「あぁ。ちょーっと古い方式なんだけどな。魔力を測る為に用いられる紙だよ。作るのが小面倒だから一般的じゃ無くなって久しいんだけど、結構正確なんだ」
 問いかけた少女に、少年の方が淀み無くざっくりとした説明をする。その説明内容すら正確だ。
 明らかにこの少年はこの紙の用途を理解しているに違いない。
「真っ黒だね?」
「だな。お揃いだ。じゃ、この中で待ってりゃ良いみたいだから、行くか」
「うん」
 二人は札を首から下げて広間の中に入って行く。通り過ぎる時に少女の持つ杖に飾られた細工物から零れるシャラシャラとした音にトロアははっと我に返った。
 そして離れて行く、明らかに年下だろう二人の魔術士を見送る。
 どうやら今年はとんでもない者達が紛れ込んでいるようだった。
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