広げられた魔術 3

文字数 5,098文字

「誤摩化してもしょーがないんで、正直言うけど、状況最悪」
 話し始めた最初の発言でアミルはずばっとそれだけを告げた。
 他に表現する術が思いつかなかったのだ。此処に来るまでに集めた状況証拠とそれにより推測される事態はそれ程までに切迫している。正直、此処に来るまでにアミルが想定していたものよりも悪い。多少はサフにも説明はしているけれど、実際はそれより一回り悪い状況だった。
「元々俺とサフが此所に来る切っ掛けは、アンタ達がサフが王族の籍を抜けた後も此所に在籍するっつー事を嘯いてる皇国のお偉方がいるらしい事を知ったからなんだけど」
「はぁ!? 何ソレ、誰だよそんな大嘘ついちゃってんのは」
 反射的なのだろう。
 金の称号のクリアが呆れた声で不満げに言う所を見ると、やはりそんな宣言をした覚えは当人達には無いらしい。という事はやはり事態はアミルが推測した通りの非常に悪い状態下にあるという事で間違いないということなのだろう。
 頭を抱えたくなる気分になりながらアミルは説明を続ける。
「まぁ誰だろうがどーでもいーんだがね。問題はそれを現実にする為の準備が進められちゃってるという点な訳ですよ。という訳でクリアさん、例えばアンタを操りたい場合に想定される方法を述べよ」
「はぁ!?」
 いきなり話を振られたクリアだったが、しばし考える様子を見せた後に答を言う。
「正攻法じゃ無理ね。となると魔術士封じ? しっかし僕を封じるとなると相当大規模じゃない?」
「そうなのか?」
 イガルドが不思議そうに問うのをクリアが頷く。
「そーなんよ。単純に僕位を封じるってなると、最低限此所の城下町の外周ぐるっと結界が必要になるかと思うけどね。しっかしそんな準備してる様子ないけどなぁ」
「そ、俺が此処に来るまでに調べてきたけど、そんな様子は一切無かった」
 問題はそこなのだ、とアミルは溜息をつく。
「魔術士封じの様子は全然無かったけどな、この街に満ちてる魔力は濃密過ぎてどう考えても自然な状態下じゃないんだよ。俺の推測じゃ、明らかにでかい魔術が【既に実行されてる】みたいなんだな」
 そう、此処に来るまでに魔術士封じが行なわれている形跡をアミルは再三調べてみたけれども、いっこうにそれらしき様子は伺えなかったのだ。しかし一緒に調べてみた街の方では、平常あるべき状態よりも遥かに濃密な魔力が満ちていて、それは正直な所明らかに【何かが行なわれている】と言わざるを得ない異常さに満ちていたのだ。
 皇国のように古くから続く街は魔力が溜まり易いように作られている事もあるが、それを想定して尚あり得ない程の魔力状態は、サフに破幻杖を絶対手放さないように常時持たせなければならない程に異常だった。
 このような状態になる場合に何が想定されるのか、アミルは自宅にある膨大な魔術書の中の一つで読んだ記憶がある。
 それは酷く古い魔術。しかし、この場所が皇国であると考えると考えられなくも無い。
 皇国は、世界的にも相当古くから存在し続けている国家だから。
「いやいやいや、ちょっと待ってくれるかねアミル君や」
「…………今はいーですけど、外ではちゃんとクラウンと呼んで下さいよ。で、何ですかクリアさん」
「僕にはそんな魔力感じられないんだけれども? さすがにそこまで濃密な魔力が満ちてるなら僕も気付くと思うんですけどね?」
 ひきつった顔をして金の称号を持つ若い魔術士が言うのは、最初から想定出来た事である。
 同じ魔術士として、そして色の称号を持つ者として、ここまで強力な魔力が周りに満ちているなら流石に何処か魔術を使ったタイミングで気付くのは当然の流れだし、ここ数ヶ月クリアが一切魔術を使っていないとも思い難い。
 しかしその当然の疑問に対してもアミルは返答出来るのだ。
「そりゃ当然なんですよ。だってクリアさん既にこの魔術に組み込まれてんだから」
 残念な事に、この魔術が使われる場合において魔術の中に【組み込まれた】者は、例え魔術士であっても異常を感じる事は出来ない。そういう風に出来ているから。
「古い魔術っすけどね。『虹の中にある者がその色彩を見れないが如く、雲の中にあれどその端を掴めないが如く、世界条理としてこの魔術において組み込まれた者は如何なる手段を用いてもそれに気付けない。』アルリアロアロスの魔術書五巻第三章『魔族召還の儀 異説』。知ってます?」
「…………ゴメン、知らない。でも何か名前からしてヤバそうなのは解る」
 色の称号を持っていたとしても魔術書に関して詳しいとは限らない。
 アミルがそれを知っていたのは生家にその本が偶々存在した上に彼自身の趣味が魔術書を読む事だったからであって、一般に考えてこの魔術書を知らないのはむしろ当然でもある。それ程に古い、いっそ古文書と言って良い程の魔術書だった。
 それでも魔術士達にとって魔族召還と聞いた時点で、それが如何に危険なものかは想像がつくのだ。
 そして魔術士ではないイガルドやサフも、異種族たる魔族の危険性はなんとなく想像がつくのだろう。真剣な眼差しで二人のやり取りを黙って見守っている。
「名前の通り魔族召還の魔術が書かれてる章なんだけど、コイツがよくある召還とはちょっと違うんです」
 アミルは簡潔に説明を始める。
 一般における魔族召還の魔術は、召還時に贄と契約を用意した上でそれと交換に魔族と契約を交わし希望を叶える方式が殆どである。ただし贄は普通のヒトにとって明らかに不利な条件のモノである事が多く、更により大きな願いの為にはそれなりに高位の魔族を召還する必要が出て来るが、そうなると贄も準備も容易ではなくなる為更に現実的でなくなる。
 アルリアロアロスの魔術書五巻第三章に書かれている魔族召還も、高位魔族を召還する程に規模が増す上に準備が困難であるのは同様だが、この魔術の最大のポイントは贄と召還時の契約方式にある。
 この魔術は、かなり高位の魔族召還も容易に出来るようにある工夫が行なわれているのだ。
 それが、『魔力充填交換式』。召還する場に満ちた魔力を召還対価として使用する事で贄としての損害を最大限減らす事が出来る。つまり、相当高位の魔族を召還してもヒトが死ぬ事が無い。しかも契約を『単純時間項目』に絞る事で更に対価を減らす事を可能とした。
 しかも、その反作用としてこの魔術において魔力充填交換式の中に入った者は問答無用で日常より魔力を供給している事から、魔術式に組み込まれたモノとして扱われ魔術の存在に気付けなくなる。それがある種この魔術最大の恐ろしい箇所でもあるのだ。
「…………って、ちょっと待って、じゃあ何? 僕が此処にいる事でずーっとその魔族召還の儀を手伝ってた形になる訳? 『認証』も無く!? そんな便利な魔術が何で廃れてんの!」
 酷く驚いた顔をクリアがするのもおかしく無い話。
 この部分だけを見ればこの魔術は酷く簡易でコストも少なく、一般の魔術召還より遥かに優れているように見える。しかしアミルは苦笑いして話を続けた。
「それがですね、この魔術『魔力充填方式』っしょ? それを可能とする為にかーなり材料費かかるんすよ。そりゃもうでかい国の国家予算軽く一年分くらい? なんで材料費が非現実的なんで広まらなかったみたいで」
 本当に苦笑いするしかない。
 アミルが読んだ魔術書の中に書かれていた材料は、冗談抜きで嗤うしか無いモノばかりだった。竜の牙等に至っては最早どうやって入手したのかむしろ皇国を問いつめたいアミルである。恐らくは過去から伝わるモノ等が使われているのだろうが、そこまでして色の称号を持つ魔術士を繋ぎ止めたい様子はいっそ哀れすら覚えてしまう。
「ねぇ、何が必要なの?」
 好奇心からだろう、サフが問うのにアミルは材料を思い浮かべながら答える。
「世界樹の一部、星の欠片、海の底の光、果ての砂、月の雫…………」
「待て待て待て待てっ! っちょ、それ、マジか!? そんなもん揃えてまで僕らを引き止めたいって、皇国馬鹿なの!? ねぇ馬鹿なのっ? 国家傾くってソレ!」
 思わず吹き出すクリアだが、致し方ない。
 アミルだって正直この魔術が使われているとしか考えられないと結論づけた時には同じ事を思ったのだから。こんな魔術を使うくらいなら他にもっと色々金の使い道があるのではないか、と。
「クリアさん、まだこれ材料の半分も出てないっすよ? 他にも万年草の花とか燃える石とかありますけど」
「…………うそーん……も、ヤダ皇国。馬鹿だ、馬鹿決定だよ」
 よろり、と大袈裟に崩れるクリアが隣にいたシロにしだれかかって『シロー、もーおにーさんこの国イヤですマジイヤです』とぶつぶつとぼやき始める。
 だが魔術士でない者達にはよく解らないらしく、サフはきょとんと「それって凄いの?」等と問うて来る。
 これも致し方ない。
「凄いんだよ。例えるなら竜の骨を使う位凄い。まぁ竜の牙は使うけどな」
「…………解った気がする」
 苦笑いのままでサフに竜の話を持ち出せば、その存在の事を思い出したのだろう彼女は暗い顔をして頷いた。竜を前に生きて帰れる者等ほぼいない事を前提にすれば、それらの品々の希少さと値段等軽く想像がつくのだろう。
 ふとアミルは視線を感じて、ずっと黙っている最後の一人を見る。
 黒髪の戦士が、不思議そうにアミルを見て来る視線。
「何でしょ?」
「いや、今の話だと、その魔術の範囲内に入ると誰でも強制的に魔力が使われて魔術の一部になるから、その魔術に気付けない、という説明になってると思ったんだが、間違いないか?」
「間違いないですね」
「じゃあ、何でアミルはその魔術に気付けたんだ? 外から来たからなのか? でもそれだとクリアも何度か外に出てるからその時に気付きそうなもんだが」
 ふむ、とアミルが息を吐いたのは、イガルドが存外聡いと気付いた故。
 彼の発言にがばりと起き上がったクリアが「そういえばそうかも」等と言っている辺り、どうも二人の力関係が見え隠れしている気がしたが、そこは見ないフリをしてアミルは言葉を探しながら、説明する。
「あー、それはですね、ちょっと説明が面倒臭いんですけど」
「うんうん?」
 それでもクリアは聞く気満々なようだ。
「俺自身、確かにココにいる時点で魔術に組み込まれてるんで、正直俺の感覚としては気付いてないのは間違いないです。で、一度組み込まれちまうと、外に出ても気付けなくなるんです。ただちょっと俺の場合、もう一個俺自身みたいなもんが存在しててそっちの感覚も共有が出来るんですけど、それが例外存在になってるせいで気付いたってーか」
「何ソレ?」
「…………今は言えないっす」
 明確に言葉を濁したアミルに、不満の声が三つ上がったのだが、今現在それを言ってしまうと色々面倒なその他の説明もしなければならなくなるので、彼は沈黙を選んだ。
「魔術士の企業秘密みたいなもんなんで、悪いけども」
「…………ふぅん? じゃあ僕と二人のときなら言えるって事ね。そんじゃ後で訊くとしますか」
 その言葉でぴんときたらしいクリアがにやりと笑う。
 既に金の称号の魔術士は、赤の少年が自分の称号を隠したがっている事には気付いているから、完全に余裕の笑みだ。
 この辺の説明となると、杖の説明をしなければならなくなるので、仕方なくアミルはそんな状態すら享受する。魔力を自動収集する世界樹で出来た破幻杖、アミルの分身にも近いソレには、魔力充電交換式による式への組み込みが行なわれていない。それは杖本体が世界樹で出来ている事やその他様々に細工がされているからなのか、それとも天界で作られた杖故に魔族召還の式に対し何らかの反発が発生しているのか定かではないが、杖自身はこの場に広がっているこの古代魔術の外にあるのは確かだった。
 故に杖からは魔力は収集されていない、どころかさすが世界樹の幹だけあってか杖のエーテル拾集力の方が勝っているらしく、杖がこの場の魔力を利用している程だ。
 そしてアミルは同調者として破幻杖経由で、異常な魔力場を感知が出来る。
 そういう事だった。
「ずるーい」
「ずるい」
「へへへー。魔術士には秘密が多いんですー」
 この場合正しくは『色の称号を持っていると』という注釈がつくのだが、不満を零すサフとイガルドにクリアが平然とそんな事を言っている様子は、やはりほのぼのとして、差し迫った事態を感じさせなかった。
 けれど実際は、相当に不味い状態なのだ。
 違う意味で、クリアと二人話す時間を用意しなければならないとアミルは思案にくれるのだった。
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