二人の魔術士 2

文字数 2,837文字

 元々杖を用いない魔術士であるアミルは、何も持たずに会場入りをした。
 元々魔術士ではないサフは破幻杖を持って会場入りしている。ローブを纏っているのは魔術士らしく見せるためであるが、それ以外にも『虚ろ』対策もある。その為露出している手にも手袋をさせているし、万が一の為に結界も張った。
 この場においての二人の偽名は、サフはルビーで、彼自身はクラウンと名乗っている。
 道化師という意味も持つそれを敢えて使ったのは揶揄も含まれているが、単純にあまり無いだろうと思われる名前だからというのもある。珍しい名前は、覚え易い。
 受付で札を貰った時にアミルはそれが直ぐにレヌリトリス試験紙だと解ったから、自分の分はともかくサフの分の紙の接続先をこっそり杖に塗り替えた。この紙は基本設定された対象の魔力を表示するが、紙の構成を知っていれば変更出来ない事も無い。
 そしてサフの方もアミルと同じ色に染まっている。
 破幻杖がアミルと全く同量の魔力を常に収集しているから当然なのだが。
(これでサフも一応通るだろうな)
 この紙を使う目的を完全に見抜いてアミルは苦笑いする。例え具象化術しか使えなくとも、これだけの魔力を主張しておけば万が一にも落ちる事は無い筈だ。
 会場に入ってすぐに、アミルは視線をそこかしこから感じて肩を落とす。
 目立つ状態なのは、正直皇国の中をやって来る時から十分に理解している。失踪宝石姫と全く同じ色を持つのだから。一応今では男である事を隠そうともしていないし、隠す為の術も解いている為に性別を疑われる事までは無いが、どうしても視線を集めてしまう。
 そして傍らの少女も同様だ。色こそ既にアミルのそれで塗り替えているが、手にしている杖は正直かなり目立つ。普通に入手できるような杖ではないし、やはり実務用として見るとあまりに派手派手し過ぎた。見た目はこうだが実際にはどんな衝撃にも耐える天界製だとはいえ、知らない魔術士から見れば派手なお飾りだろう。
 それにサフ自身、色を変えた所で美少女である事に変わりはない。
 戦士学校を卒業した事で性別の縛りが解けているのだろう。日に日に美少女ぶりに拍車がかかっていく様は近くで見ているアミルですら動揺させる程なのだから、相当なものだ。
 視線の先を一通り確認していたアミルだが、その中に一つ毛色の異なるそれを感じて上を見上げる。会場の二階部分に作られている出っ張ったバルコニーのような所から、金髪の青年がこちらを真っ直ぐに見下ろしていた。
(ありゃ、もしかして、あれって)
「なぁ、ルビーさんや」
「…………あ、うん、何?」
 未だ偽名に慣れないサフが反応遅れて返事をするのを、その肩を叩いて視線だけで目標物を示す。
「あのヒトがクリアか?」
「え!? …………あ、うん、そうだよ。間違いない。うわぁ、変わってないなぁ」
 やはり、と思うのは金髪の青年の視線が何かを疑うように真っ直ぐサフに向けられていたからだ。ずっと彼女を護ってきた色の称号の魔術士を誤摩化せるとは思っていなかったけれど、此処でばらされる訳にもいかない。一応、サフの目的を理解しているのだろうからこの場で軽率な行動をとりはしないのだろうけれど。
 しばらくクリアの視線を受け止めていたサフが、杖を持っていない方の手を顔まで上げると、人差し指を立てて唇に当てる。
 それを見た瞬間にクリアが目を見開き、そして踵を返していなくなった。
 ほ、とサフが息を吐くのが解る。
「なぁ、今のは?」
「うん。イガルドの母国の表現で、『内緒』って意味だって」
「成る程」
 それでは今のやり取りで完全にサフの事は相手にバレただろう。さてどう出て来るだろうかと思いながら、アミルはそろそろ始まるらしい選別試験の方に意識を戻した。


 その頃、城の廊下を時間を惜しむように金の称号を持つ魔術士が走っていた。
 向かっているのは黒の戦士の自室。
 今の時間なら白の魔獣と共に寛いでいる事だろう。今日は選別試験の為に鍛練場等の施設は全て使えなくなっている。クリアも暇を持て余し会場を覗き込んでいた訳だが、その中でとんでもない者を見つけてしまった。否、再会してしまった。
 勿論嫌な訳が無い。ただ、酷く驚いてしまっただけだ。
 他でもない彼女がまさかこの時期に魔術士という形で潜り込んで来るとは思わなくて。色は完全に変えていたからすぐに気付く者は殆どいないだろう。クリアすら、色の魔術士であったからこそ、その色の違和感に気付けたからこそ、思い至った程だ。
 面影は残っていた。成長していた。出来れば今すぐ話したいけれど、今はまだそれは許されない。
 だからせめてとばかり、盟友の部屋に飛び込んで問答無用に結界を張る。誰にも聞かれないように、誰にも知れないように。
「なんだ? どうした、血相変えて。試験見に行ったんじゃなかったのか?」
 白の獣をブラッシングしていたらしいイガルドが呆れた顔をして問いかけて来る。
 クリアの方は完全に息を切らせて、汗も流れていた。普段に無い取り乱しようだ。だがその理由を知ればイガルドだって同じように平静ではいられなくなる筈だ。
「行った! 行ったら、いた!」
「何が? 他の色の称号でもいたってか?」
「それよりもっとありえないものっ!」
「何だよ」
 はぁ、と息を吐きクリアは床にしゃがみ込む。毛足の長い絨毯は何時も綺麗に掃除されていて、綺麗なものだ。
「サフ」
「…………は?」
「サフが、いたの。髪の色とか変えてたけど、間違いないよ。あれは、サフだ。視線が合ったら。イギーとよくやってたアレ、『内緒』ってやつ、された。こっそり潜り込んでるんだよ、今回の試験にっ!」
「ままま待て、サフは魔術士には『なれない』筈だろう!? 何で入れるんだよ、魔術士の試験だろ?」
 漸く状況を理解した黒髪の戦士は驚きを隠せもせずに金の称号の魔術士の方に詰め寄る。
「解んないよっ! でもいたんだ!」
 そう、そこにいたのは間違いなく彼等が仕える主で、慈しむ少女で。
 癇癪気味に叫んだクリアの様子に、それが真実だと理解したイガルドの方は白の魔獣と顔を合わせる。
 かの王女の『事情』に関しては、クリアから聞かされていた。だから、魔術士になれない事を知っているし、そういう場所があの王女にとってあまり良く無い事も知っている。仮に彼女がそこにいるとしても彼等が表立って近付けば明らかに怪しまれるだろう。
 解っているけれど。
「一人、か?」
「いや、誰か、男の子が一緒だった。多分相当な腕の魔術士だと思う」
 クリアにそう言わしめる『男の子』の存在は非常に気になる所ではあるが、それよりも先ずイガルドがしたいことは唯一つ。
「…………なぁ、俺も見に行きたいんだけど、駄目かな? こっそり、でいいから、見たい」
「そう言うと思った」
 直ぐ傍に彼女がいると解っていて、我慢出来る筈が無かった。
 期待に満ちた目をした黒の戦士に、同じく目を輝かせる白の魔獣を前にクリアは肩を落とした。
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