呼びかけに振り返る

文字数 892文字

「ゆう兄!」
 その耳慣れた呼びかけに僕はゆっくりと振り返る。
「おーい、ゆう兄ー!」
 そんな風に叫びながら、子供のような満面の笑みで廊下をこちらに向かってかけてくるのは、僕の従妹の鈴谷美鳴だ。
 もう高校一年生だというのに、彼女は何かと幼いところがある。見た目もお世辞にも大人びているなどとは言えないし、中身だってまだまだ子供だ。周囲の目もはばからず、大声で僕を呼んでしまうあたりがまさにそうだ。
「やっほー、ゆう兄」
「鈴谷、その呼び方はやめろと言ったはずだが」
 僕はわざと普段と違い、彼女を「鈴谷」と苗字で呼びながら言う。
「ここは学校だ。家とは違うんだぞ」
 僕のそんな言葉を聞き、美鳴は口先をとがらせる。
「むう……ゆう兄はゆう兄なのに……」
 そんな風に拗ねる姿は微笑ましいと言えば微笑ましいが、一高校生の態度としてはどうなのだろうと老婆心も抱いてしまう。
「だいたい、何の用だ。バカでかい声で呼びやがって」
 僕は美鳴に尋ねる。
 すると、彼女はそっと首をかしげる。
「ん?」
 なぜか彼女はきょとんとしている。
「いや、おまえがわざわざ廊下をかけてきてまで俺を呼んだんだろうが。何か用があったのではないのか?」
 僕がそう尋ねると、美鳴はようやく得心したというように、ぽんと手を叩いて言う。
「あー。別に用はないよ」
「……じゃあ、なぜ呼び止めた」
「いやあ、ゆう兄を見つけたから思わず」
「………………」
 僕はこの娘の将来について、一度本気で本人と話し合うべきなのだろうか……。
 僕がそんなことを思案していると、
「あ、そうだ。友達待たせてるんだ」
 そう言って、振り返った視線の先には一人の女子生徒。あれは……確か、彼女の同級生だったはずだ。
「じゃあ、行くね」
「ああ、いけいけ」
 僕は彼女を適当にあしらう。
「じゃあね、ゆう兄」
 僕はその背中を見送りながら呟く。
「だから、その呼び方はやめろと言っているだろうに……」
 最近、僕のことを珍妙なあだ名で呼ぶ奴が多すぎる。
 美鳴と一緒に居たクラスメイトは僕に向かってぺこりと頭を下げ、去って行った。
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登場人物紹介

小鳥遊祐介

真面目な優等生だが、少し斜に構えたところがある。ややプライドが高く、自分の周囲の人間を見下す嫌いがある。

眼鏡をかけている。結衣曰く「眼鏡を取るとイケメン」。


結衣からの呼び方を不服に思っており、事あるごとに呼び名を改めるように言う。

水城結衣

明るい性格で、誰にでも話しかけ、仲良くなるタイプだが、その実、心に闇を抱えている。

援助交際をしている。


祐介のことを「『小鳥遊』って書いて『たかなし』と読むなんて変」という理由で「ことりくん」と呼ぶ。

小林翼

祐介の友人で腐れ縁。

お調子者で軽いが、その実、仲間思いの善人。

鈴谷美鳴

裕介の従妹。裕介のことを「ゆう兄」と呼ぶ元気な少女。

翼のことは幼い頃から知っており「つば兄」と呼ぶ。

学校でも裕介と翼をあだ名で呼ぶので、裕介からはよく窘められるが、直る気配はない。

森中葉月

国語科教師。祐介と結衣の担任。おっとりとした性格。

社会人三年目であり、まだどこか頼りないところがある。

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