テスト勉強

文字数 1,061文字

「ねえ、テスト勉強、教えてよ」
 それは僕がいつものように部室で時間をつぶしていたときのことだった。
 部室にやってきた水城はそう言って、古典の教科書を机の上に広げる。
「国語、得意でしょ」
「そりゃあ、な」
「なら古典もできるでしょ」
「まあな」
「じゃあ、古典教えて」
「……古典担当の新島先生に聞きにいけよ」
「にいじいちゃんの説明わかりにくいんだもん」
「新島先生、な」
 またも人を珍妙なあだ名で呼んでいる水城をたしなめてから、彼女が示した教科書をのぞき込む。決して難しい問題ではない。これくらいなら簡単に答えられるだろう。
 だが、彼女に答えを教えてやりたくないと思う自分も居る。それはなぜだろうか。
 尋ねれば何でも教えてもらえると思っているかのような彼女の態度が少しだけ癇に障ったのかもしれない。
 ——知りたいと思ったことは何でも教えてもらえるわけではない。
 どんなに願い、求めても手に入らない答えもある。
 なあ、水城。解るか。
 そんな思いを、僕は無言の視線に乗せた。
 水城はその視線を受けとめた。
 そして、言う。
「こないだ美鳴ちゃんには古典も教えてたじゃん」
「………………」
 彼女は僕の圧をひらりとかわして、微笑んでいた。
「……はあ、どの問題だよ」
 彼女の態度に気勢を削がれた僕はため息を吐いて、彼女の言葉に応じる。そもそも、僕の今の立場で本気で彼女の要求を断ることなどできるはずがない。
「これ。なんでこれは『ヤ行上一段活用』って解るの? 『ア行』じゃないの?」
「まあ、もっともな質問だが、これはそういう決まりなんだというしか――」
 僕は彼女の質問に順に答えていく。
「ああ、なるほど」
「納得できたか?」
「うん。まあ、大体は」
「そうか……」
 僕は彼女の顔見て、そして、彼女の手元の教科書をもう一度見る。教科書の中には何か所も蛍光ペンが引かれ、赤いペンでいくつも注意書きがされていた。それはきちんと勉強をしているものの教科書だった。
「……おまえ、最初からわかってたんじゃないのか?」
 僕はふと気になってそんなことを聞いてみる。彼女の質問は的確だった。これだけの質問ができるのなら、あとは自力で答えにたどり着けていたのではないだろうか。
 彼女は僕の視線を受け止め、わずかに口元を緩めた。
「さあ、どうかな? ことりくん」
 そんな彼女の顔を見ていると――
「その呼び方はやめろ」
 僕は心に浮かんだ甘くてふわふわとしたわたあめのような何かを、ぐしゃりと握りつぶした。
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登場人物紹介

小鳥遊祐介

真面目な優等生だが、少し斜に構えたところがある。ややプライドが高く、自分の周囲の人間を見下す嫌いがある。

眼鏡をかけている。結衣曰く「眼鏡を取るとイケメン」。


結衣からの呼び方を不服に思っており、事あるごとに呼び名を改めるように言う。

水城結衣

明るい性格で、誰にでも話しかけ、仲良くなるタイプだが、その実、心に闇を抱えている。

援助交際をしている。


祐介のことを「『小鳥遊』って書いて『たかなし』と読むなんて変」という理由で「ことりくん」と呼ぶ。

小林翼

祐介の友人で腐れ縁。

お調子者で軽いが、その実、仲間思いの善人。

鈴谷美鳴

裕介の従妹。裕介のことを「ゆう兄」と呼ぶ元気な少女。

翼のことは幼い頃から知っており「つば兄」と呼ぶ。

学校でも裕介と翼をあだ名で呼ぶので、裕介からはよく窘められるが、直る気配はない。

森中葉月

国語科教師。祐介と結衣の担任。おっとりとした性格。

社会人三年目であり、まだどこか頼りないところがある。

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