愛想笑いの仮面

文字数 1,064文字

「ことりくん……じゃなかった、小鳥遊くんって、どんな人なの?」
 私はクラスメイトの女の子たちに彼のことを尋ねてみる。
 すると、彼と同じ中学出身だという子がこんなことを教えてくれた。
「なんか家がお金持ちらしいよ」
 彼女の話を要約すると、彼はいわゆる名家のお坊ちゃんであるらしい。
「だけど、その分、勉強とかしつけとかも厳しいらしいよ。まだ高一始まったばかりなのに、もう予備校通っているらしいし」
 そういえば、彼もそんなことを言っていたような気がする。
 彼女の話を聞いた別の子が言う。
「だったら、もっと上の学校行けたんじゃねえの? うちの学校の偏差値、悪くはないけど、通える範囲でももっと上あるじゃん」
 確かにそうだ。なぜ、彼はうちの学校に来たのだろう。
「噂じゃあ、本番でミスったって話だよ。だから、逆に大学受験で逆転しようと思ってるんじゃない?」
 クラスメイトは、まるで芸能人のスキャンダルでも口にするような無責任な調子で言った。
 でも確かにそれはおそらく事実なのだろう。彼は今朝も一人英単語帳をめくっていた。テスト前でもないのにそれだけ勉強に熱心なのは、過去の過ちを取り返そうとしているからなのかもしれない。
「なるほどねー。じゃあ、小鳥遊落としたら玉の輿って奴なわけ?」
 仲間の一人が能天気な調子でそんなことを言う。
 周りも「玉の輿いいね」「ありあり」などと適当な言葉ではやし立てる。中身も何もない空虚な言葉だ。
 自分とは身分が違う。そういう風には考えないのだろうか。いや、身分が違うのは私だけなのか。
 名家のおぼっちゃまと身体を売って生きる卑しい女。
 そんな二人が同じ空気を吸っている。それだけでも、本当はおかしなことなのかもしれない。
「ていうかさあ、結衣は小鳥遊狙いなわけ?」
 クラスメイトの一人が、そう言って、形の悪い薄茶色い歯を見せて笑った。
 ああ、またか。
 男子のことは知らないけど、女子は少なくとも誰かとつるまずに穏当な学校生活を送るということは不可能。それは、誰もが直感で知る真理だ。だから、私にも「友達」と呼ぶことができる存在は幾人も居る。たとえば、彼女たちのように。
 だけど、それはただの張りぼてだ。
 誰も本当の私を知らない。
 私が男と寝て得た、汚い金で生きているという事実を。
 ――私が穢れのない「恋」などというものができるはずがない存在だということを。
「ううん。ちょっと気になっただけ」
 そう言って、うまくなった愛想笑いの仮面を、私はそっと被った。

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登場人物紹介

小鳥遊祐介

真面目な優等生だが、少し斜に構えたところがある。ややプライドが高く、自分の周囲の人間を見下す嫌いがある。

眼鏡をかけている。結衣曰く「眼鏡を取るとイケメン」。


結衣からの呼び方を不服に思っており、事あるごとに呼び名を改めるように言う。

水城結衣

明るい性格で、誰にでも話しかけ、仲良くなるタイプだが、その実、心に闇を抱えている。

援助交際をしている。


祐介のことを「『小鳥遊』って書いて『たかなし』と読むなんて変」という理由で「ことりくん」と呼ぶ。

小林翼

祐介の友人で腐れ縁。

お調子者で軽いが、その実、仲間思いの善人。

鈴谷美鳴

裕介の従妹。裕介のことを「ゆう兄」と呼ぶ元気な少女。

翼のことは幼い頃から知っており「つば兄」と呼ぶ。

学校でも裕介と翼をあだ名で呼ぶので、裕介からはよく窘められるが、直る気配はない。

森中葉月

国語科教師。祐介と結衣の担任。おっとりとした性格。

社会人三年目であり、まだどこか頼りないところがある。

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