第11話 感動空間

文字数 830文字

◇◇ 感動空間 ◇◇


息子が幼いころ、幼稚園の運動会に出かけたことがある。
バルーンといって、保母さんが園児たちといっしょになって、大きな布を半球状にふわっとふくらませるお遊戯がある。園児たちは、膨らんだ布の端を持ったまま仰向けになり、顔だけ出して、体はバルーンの中に隠すのだ。簡単そうに見えるが、皆の気持ちが揃わないと、きれいに膨らまないものらしい。

見ていると、どの子も、帽子の後頭部に、べったりと運動場の土がついている―――と、園児らといっしょにやっていた20代前半と思しき保母さんの後頭部の髪にも、直接、べったりと土がついているではないか!

大人なら、頭をひょいと上げれば髪が汚れずに済むものなのに...ほんとうに子供たちが好きで、同じ目線で生きているのだなと思った。髪の汚れが、その遊戯の感動をすべて持っていった。


また、万年筆を調整してもらったときのこと。
メーカー派遣の技術者が女性の方で、その指先が、まるで、インク壺に指を突っ込んだようにインディゴ・ブルーに染まっているではないか。爪周りにも染み込んでいる..。ネイルアートを楽しむどころの話ではない。

いくら、万年筆が好きで、その業界に入ったとしても、妙齢の女性である。そのまま色が落ちなかったら...と思うと、心配でしようがなかった。

修理ついでに、うっかり軸を折ってしまった万年筆の修理方法も聞いた。
その残骸を目にした瞬間、その女性は「きゃっ!」と小さく叫び、「ああっ....」と、まるでかわいそうな万年筆を慈しむかの様子。プロ意識云々以前に、この人は、本当に万年筆が好きなんだな..と思った。


その職業が好きで、誇りを持つことが、おのずと行動になって表れ、周りに感動を呼び起こす。プロ意識といわれる所作は、後からの評価にすぎない。

さらに集団の中にあっても、一人ひとりの個性が埋没せずに活きていて、「好き」の一体感が美しい所作やハーモニーを生み出すとき、感動空間を生み出すのだろう。とある吹奏楽部のように。


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