第10話 裏技

文字数 732文字

◇◇ 裏技 ◇◇


妻のピアノ教室の生徒さんのなかには、自宅では安価なデジタル・ピアノで練習している子もいる。
生徒さんの家では、近所の手前、大きい音を出せないので、音量を最小にして練習しているのだそうだ。

最近では、ピアノと同じ鍵盤タッチ・音の響きを再現した高級なデシタル・ピアノもある。
鍵盤ごとに質量を変え、ピアノそっくりのアクションや材質にし、PCM音源は最上級コンサートピアノのものを使い、センサーにも工夫を凝らし、高級スピーカーも何か所か組み込んで...と、際限がない。当然のことながら、猫脚のアップライトより高くなる。
子供を音大に進ませようという親を除いて、ふつうなら、場所をとらない、安価なデジタル・ピアノを子どもに買い与えようとするのは、当然の成り行きだろう。

ところが、安価なものでは、いろいろと問題が起こる。

自宅練習のさいは、ボリュームを小さくしているので、子供としては、当然、打鍵が強くなる。

また、デジタル・ピアノ特有の離鍵の癖がついてしまう。

その癖の付いた状態でピアノ演奏をすると―――音符にいちいちアクセントがつくようになるし、加えて、離鍵が遅れ、前の音の残響でピアノの音が濁ってしまうのだ。


そこで、妻は、ある解決法を編み出した。

自宅練習のさいはデジタル・ピアノのボリュームを'最大'にして練習させるのだ。


すると、どうだろう。

近所に大きい音を出すわけにはいかないので、生徒は、柔らかく、繊細に弾かなければならなくなる。
そうして練習してきた方が、ピアノ指導をする側での修正が少なくて済むのだそうだ。


かくして、安物デジタルピアノで練習をしていながら、ピアノでの脱力演奏に近づく、という次第。

脱力に結びつく裏技は、ホンモノなのだろう。


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