第3話 441Hz

文字数 758文字

◇◇ 441Hz ◇◇


とある音楽教室で発表会をしたときのこと。
会場のピアノの音が、どうにも気持ち悪いので、ピアノ講師をしてる妻が、会館の人に聞いたそうだ。

「あの..ピアノのピッチが..」

「あ、あれですか。昨日コンサートをやった声楽家の○○さんが、441Hzにしてくれとのことだったので、調律したばかりですよ。」

これには妻は唖然としたらしい。おもわず、

「そのまま放置しないでください!」

と叫んだそうな。

ふつう、442Hzでピッチをあわせるので、妻は1Hzの違いを聞き分けたことになる。恐るべし。道理で、ダンナの隠し事なぞ、ちょっとの声の上ずりで、露呈するわけだ。


また、ある時、教室で弾いたさい、前回は何も起こらなかったのに、その日に限って、壁の額縁のガラスがブルブル震える。ごく、ごく、かすかな異音もする。

なんでも、調律したばかりとのことだったので、ピアノ線の締め方かとも思ったが、どうにも納得いかず、奥の奥まで懐中電灯で照らしてみた。すると、ピアノの奥の方に、鉛筆が1本転がっていたのを発見。たぶん、だれかが譜面に書き込んでいるうち、うっかり内部に落としてしまったのだろう。

「調律の人は、よく、気が付かなかったものよねえ。」

あきれ顔である。

「ま、調律の時、いちいち懐中電灯で奥まで隅々に検査してから..なんてやらないんじゃあ..」という私に

「あの異音に気が付かないわけはないのに..。結果、周波数が変わって、額縁の振動数と合ってしまったわけね。」

原因は分かったものの、なんだか納得いかない様子である。


音大の学生時代、ピアノの下に布団を敷いて寝ていた妻にとって、ピアノは静的な物体としてではなく、体と同化した躍動的なものとして捉えているのだろう。

調律師のうっかりというより、案外、ことの本質は、このあたりにありそうだ。



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