第14話 天祐

文字数 561文字

◇◇ 天祐 ◇◇


知人で、富士山写真専門のセミ・プロがいる。
彼は、毎朝、早起きをして、富士山の写真を撮り続けている。365日。まるで富士山の魅力に憑かれた求道者である。

私は、彼の写真を理解できているつもりでいた。
主題や構図はいうに及ばず、画角の外側に感じられるもの、省略したもの、露出の工夫、日中シンクロの工夫、さらには寒い中、〇時間くらい粘ったのだろうな、などの状況も読み取っているつもりでいた。

その彼が、富士山と彗星の写真撮影に出かけたそうな。
わたしは、それを聞いた時、てっきり、富士山の上方に北極星を取り込み、露出を開放して、星々の描く同心円の中を、彗星が軌跡を描いて横切る構図だろうかと、勝手に想像していた。
ところが、彼の撮った写真を見せられた時、びっくりした。
彼が撮ったのは、文字通り、彗星が真っすぐな軌跡を描き、富士山頂のちょうどド真ん中に垂直に突き刺さる写真だったのだ。

わたしは、唖然とした。
これは、狙って撮れる写真ではない。

「すごいですねえ!」
「いえ、たまたま撮れちゃったんで...」
彼は、こともなげに言う。

これは、彼には天祐を引き寄せるだけの力を持っているにちがいないと、その時、確信した。


どの分野においても、第一人者といわれる人は、常人には奇跡としか思えないものを引き寄せる何かを、もっているものらしい。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み