第6話 人の心への配慮がない

文字数 7,692文字

<村岡良子の母からの手紙>
独身寮の玄関の脇に郵便受けがある。127号室の郵便箱に手紙が入っていた。
封筒の裏には村岡と苗字だけが書いてあった。
食堂に寄らずに急いで部屋に帰った。何かいやな予感がする。
苗字だけ? 何かドキドキしてきた。

まだテープも聞いていない。洗濯してしまったので手紙も読んでいない。
あれからまだ村岡良子には1枚の手紙も出していない。
開けるのがけるのが怖かった。罪悪感が体いっぱいに広がった。
開きたくない。腹のすいたのも忘れてしまった。
7時には清水が来る。それまでに読んでおかなければ。
なぜ苗字だけなんだ。恐る恐る封筒を開けた。

こんばんは、良子の母です。・・・・から始まっていた。
村岡良子のお母さんからの手紙はきれいな青いインクで書かれていた。
流れるようなきれいな字だった。一字一字が優しい形をしていた。
文字の形からも人柄が分かるような気がした。

・・・・良子は福祉大学に入学して福祉の勉強をしています。
・・・・家に帰ってくるといつも郵便受けを見に行きます。
・・・・あなたからの手紙を待っているようなのです。
・・・・そのあと、さびしそうに机に座って泣いています。
・・・・もうそうした日が1ヶ月近く続いています。
・・・・「手紙なんか出さなければよかった」と一言だけ言ってくれました。
・・・・二人に何があったか分かりませんが、親としては何もできません。
・・・・私も辛くなり、思い切ってあなたに手紙を出しました。
・・・・この手紙のことは良子は知りません。
・・・・もうすぐ夏休みになりますね。
・・・・帰ってきたら、気軽に寄ってください。
・・・・私もあなたが来るのを楽しみに待っています。

ああ、あれから1ヶ月も経っていたんだ。あっという間の1ヶ月だった。
まだ一度も手紙を出していない。テープも聞いていない。手紙も読んでいない。
村岡良子には長い1ヶ月だったに違いない。嫌われたと思っているのかもしれない。
ワイシャツを貰ったお礼もしていなかった。

人の事を考えていない自分がいる。目の前の事しか考えていなかった。
人の心への配慮が欠けている。何もしないというのも人が傷つくことを知った。
無視している事は一番罪が重い。
テープが聞けない事を、手紙を洗ってしまった事を、、、
一行でもいいから返事を出しておくべきだった。
便箋も封筒も持っていなかった。自分の事しか考えていなかった。

自分の楽しい日々の裏側には悲しい日々を送っている人がいた。
自分が勉強している間にも何もできずに悲しんでいる人がいる。
雑貨屋に行って封筒、便箋、切手を買ってきた。
村岡良子とお母さんに宛てて2通の手紙を書いた。
テープが聞けない事と手紙を洗ってしまった事を正直に書いた。
ワイシャツのお礼も書いた。夏休みには家に遊びに行きたい事も書いた。
少しだけ近況も書いた。女の子がいるコーラス部に入ったことは書かなかった。

自分の事よりも相手の事を先に考えなければならならなかった。
賄いのおばさんだって私のために微笑んでくれる。
決して思い出し笑いをしているわけじゃない。
運転手さんだって、自分に向かって挨拶してくれている。
一瞬だけでも私の事を気にかけてくれる。

清水も市原も自分に言葉をかけてくれる。
無視されていたら、悩んでしまって勉強なんて手に付かないだろう。
村岡良子にそれをしてしまった。一ヶ月も無視してしまった。
取り返しのつかない事をしてしまった気がした。

雑貨屋さんの前にある郵便ポストに手紙を入れた。
この手紙は自分の身からから離れていっても、相手に渡って生きている。
相手の心の中で生き続けていく。
手紙は遠い距離や会えない時間を埋める言霊なのだ。

7時半ごろ清水が部屋にやってきた。楽しい話を聞かせにやってきてくれた。
清水は私のために時間を使ってくれている。
「早川、もうお風呂にはいったん?」
「まだなんだよ、あとで一緒に入りに行くか」
「うんいいよ、コーラでも飲むか」
「うんそうだな」
「ちょっと待って、買いに行ってくるよ」
清水は部屋を出て行った。清水の髪の毛はちょっと濡れていた。
石鹸の香りが部屋に残っている。ああ、清水はもうお風呂を済ませてきたんだ。
それなのに、また入ろうと気持ちよく返事をしてくれた。
勉強は本の中ばかりではなかった。
人の言葉の一つ一つに、人の仕草の一つ一つに学ぶべき事がある。
自分の言葉、自分の態度が人を動かしてしている。
相手を楽しくさせるのも、相手を悲しませるのも、みんな自分の言葉や態度にある。

清水が部屋に帰ってきた。手にはコーラとオレンジジュースの缶を持っている。
「どっち飲む?」
「ああ、ジュースにする」
「やっぱりな、そうだと思ったよ」
「なんでわかった?」
「このあいださ、コーラ持ってきたんべ」
「うん・・・」
「あのときさ、早川さ、あんまり旨そうに飲んでなかったもん」
「へえ~、そんなことがわかるん?」
「ばあか、誰だってそのくらいわかるよ」

心は態度に出る。微妙な表情でも人は分かる。
「ジュース、いくら」
「いいよ、このくらい」
「いいよ、出すよ」
「ばあか、いいの、おごってやるんだよ」
「わるいな」
「こんなんあたりまえだよ」
清水は自然にやっている。人の事を先に考えている。
それも意識せずにやっている。新鮮な感覚がした。

「俺の先輩なんてさ、この間キャバレーに行ってさ、三千円も払ったぞ」
「うっそだろう」
「うそじゃねえよ、おごってくれたんだよ」
「キャバレーってそんなにかかるん」
「あったりめえだよ」
「横に女が座るんだぞ」
「えええ、なんで」
「なんでじゃねえよ」
「横に座って何するん」
「なんにもしねえよ」
「何のために横にいるん」
「知らねえよ、ビールをついでくれるんだよ」
「かわいい子だった」
「薄暗くてよくわかんなかったけどな」
「どんな感じの女の人」
「けっこう化粧が濃かったな」
「どんなかっこうしているん」
「それがさあ、胸のところが開いているんだよ」
「うっそだろう」
「うっそじゃねえよ、話し聞けよ」

「うっそ」というのは話が続きにくそうだ。
これからは「ほんと」にしようと気が付いた。
「うん、それから」
「見えるんだよ、おっぱいが」
「ほんと!」
「そうなんだよ、目のやり場に困っちゃったよ」
「ほんと!どのくらい見えた」
「それがさあ、ビールをつぐ時ちょっと屈むだろ」
「うん、うんうん・・」
「中のボッチまで見えたんだよ」
“うっそ”といいたい所をこらえた。
「ほんと、信じられない」
「そうだろ、初めてだよ、そしたらさ」
「それからどうなったん」
村岡良子の口癖が出てきた。これか相手が話しやすくなるのは。

「先輩がさあ、“清水何を見ているんだよ”って」
「それからどうしたん」
「女がさあ、ゲラゲラ笑っているんだよ」
「ほんと!」
「この子かわいいっていうんだよ」
「うっそだろう」
「うっそじゃねえよ」
また癖が出てしまった。

それからしばらく。「ほんと」「それからどうなった」
の組み合わせで清水の話が滑らかに続いた。
楽しい話だった。自分で体験しているような錯覚をした。

あっという間に1時間以上経っている。勉強している時間と長さが違う。
「タバコ吸うか?」
「うん吸ってみるかな」
「そうか、早川も不良になるか」
「うん、そうじゃないけどさ、なんか面白そうだな」
「そうだよ、何でもやってみるといいんだよ」
「じゃあ、一本くれよ」
「灰皿はこの空き缶でいいか」
「なんか隠れて悪い事をしているようで、緊張するな」
「うん、俺はもう慣れちゃったけどな」
親父に貰ったタバコとは全然違った。
“ルナ”と書いてあった。芳ばしい香りがする。

すべて人生にはステージがあるようだ。タバコ一つでも階級がある。
自分にはタバコを買う余裕はない。
「な、うめえだろ~」
「うん、若葉とは違うな」
「あったりめえだよ、値段が違うよ」
「よ~く、こんなん買えるな」
「他で贅沢しなけりゃいいだろう」
清水が楽しそうに話している。
「ところでさ、中学の時のさあ、小中可南子って知っている」
「ほら、前から読んでも後ろから読んでも同じ名前の子」
ええええええ~~~、何でここに初恋の小中可南子の名前が出るんだ。

どんな話に続くのかドキドキしてきた。
「俺さ、中学の時さ、3年6組中野先生だったんだよ」
「俺は、3年1組、渋沢先生」
「それでさ、あいつ近所なんだよ」
「へえ~、それであの子とどうだったん」
「どうってわけじゃないけど、かわいいんな、あの子」
「俺2年の時にあの子と同じクラスだったよ」
「そうか、早川、2年3組 菊池先生だったんか」
「うん、それでなに、彼女と何かあったん」
「何もねえよ、かわいいなと思っていただけだよ」
「あの子んっち、何してるん」
「親父は市役所の都市計画課の課長、えらいんみてえよ」
「へえ~、すげえな」
「お母さんはさあ、なんていったっけな、なんとか流のお花の先生だよ」
「ふ~ん、レベルが違うな」

清水の初恋も同じ小中可南子らしい。
「近所だから、たまに、姿を見るんだけどさ」
「ほ~んと、どんな感じだった」
「すげえ美人になっちゃったよ」
「へえ~、話した事があるん」
「話したことなんかねえよ、ちょっと挨拶する程度だよ」
「あの子、いま何してるん」
「わかんね、たまに本を何冊も持っていたから、大学でもいったんかなあ」
「もしかして清水、好きなんだろう、彼女が?」
「ばあか、そんなんじゃないよ」
「早川、あの子のことどう思う。2年のときブラスバンドで一緒だったろう」
清水は、彼女の事なら何でも知りたいようだ。

小中可南子にはあま~い思い出がいくつかある。
彼女とは中学2年生の時クラスが一緒になった。
見た時からかわいい子だなあと思っていた。
貧しい生活の影響だったのか、私から相手に話しかける事はなかった。
着ている服も履いている靴も、持っている鞄もみんな体裁の悪いものだった。
すぐに貧しい生活が分かってしまうようなものだった。
小中可南子は上品な顔立ちと甘ったるい声で誰にも話しかける子だった。
中学にブラスバンドが創設された時、音楽の先生が20人の部員を選抜した。
私も小中可南子もその中の一人だった。
何の基準で選抜されたかは分からないが、なぜか自分もその中へ入っていた。

放課後ブラスバンドの練習がある。彼女がそばに来ると緊張する。
今までに味わった事のないようなあま~い気持ちになってくる。
横顔をずっと見ていたい。そんな気持ちになっていた。

この頃は島崎藤村の詩が好きだった。詩集の中ではすでに初恋をしていた。
初恋にあこがれていた。小中可南子はそんな初恋の相手にふさわしかった。
島崎藤村の「初恋」は今でも覚えている。
何回も暗記した詩のひとつだった。
・・・・まだあげ初めし前髪の
・・・・林檎のもとに見えしとき
・・・・前にさしたる花櫛の
・・・・花ある君と思ひけり
・・・・やさしく白き手をのべて
・・・・林檎をわれにあたえしは
・・・・薄紅の秋の実に
・・・・人恋初めしはじめなり
・・・・わがこころなきためいきの
・・・・その髪の毛にかかるとき
・・・・たのしき恋の盃を
・・・・君が情に酌みしかな
・・・・林檎畠の樹の下に
・・・・おのづからなる細道は
・・・・誰が踏みそめしかたみとぞ
・・・・問ひたまふこそ恋しけれ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・島崎藤村『初恋』

深い意味は分からないが恋に恋していた時期があった。
この詩を暗記して心の中で何度も繰り返してみた。
響きのいい言葉の組み合わせで気持ちが癒された。

ブラスバンドには男女各10人で合計20人だった。
成績のいいのばかりが集まっていた。私以外はかっこいい男子生徒が揃っていた。
女子生徒も同じように頭がよさそうな人ばかりいた。
私に渡された楽器はコルネットという金管楽器だった。
小中可南子はクラリネットという木管楽器を渡されていた。
小中可南子がこっちへやってきた。
「ねえ、早川君、それなんていうの」
「うん、先生がコルネットっていっていたよ」
「ふ~ん、ちょっと貸してくれる」
「いいよ」
心の中はドキドキ物だった。声が上ずっていたかもしれない。
私が今まで吹いていたコルネットのマウスピースを、そのまま口に当てた。
「ぜ~んぜ~ん音が出ないじゃない」
もうびっくりして周りが見えなくなった。

私が吹いていた生温かいマウスピースを、拭かずにそのまま口に当てている。
そして思い切り息を吹き込んでいる。
「だめね、音が出ないね」
「うん、俺もまだうまく吹けないんだよ」
「じゃあ、あたしのを吹いてみて」
小中可南子は私にクラリネットを渡してくれた。
「うん、おれはいいよ、できないよ」
「やってみてよ、ねえ、早くう」

クラリネットのマウスピースは少し湿っていた。
口に当ててクラリネットを吹いてみた。マウスピースの先が生温かく濡れていた。
不思議な感覚が体全体に回っていった。トロ~ンとした気持ちになった。
隣では橋本君がほっぺを膨らまして、トロ~ンボンを練習している。
橋本君がチラチラ横目で見ているのが気になっていた。

クラリネットの音は出なかった。音は出なかったが心臓がバクバク鳴っていた。
彼女は私の口元をじっと見ている。彼女のおさげ髪から甘い匂いが伝わってくる。
女の子がこんなに近くに来たのは生まれて初めてだった。
その間にも私のコルネットに時々唇を当てている。
彼女にはあどけなさと大人っぽさが混在している。
「やっぱり、俺も音がでないよ」
「ねっ、むずかしいでしょ」

音楽の先生がやってきた。彼女は自分の席に戻っていった。
手元には彼女の吹いたコルネットのマウススピースが光っている。
そのマウスピースは彼女の唾液で湿っていた。
その時から彼女の顔が天使よりかわいく見えた。
その後彼女との仲が進む事はなかった。
口数が少なく消極的な自分の性格が恨めしかった。
彼女が男子生徒と話しているのを見るだけで嫉妬していた。
楽しそうに話すほど悔しい気持ちが強くなっていた。
でも、どうすることもできなかった。

彼女の手を握った事が一回だけあった。一生忘れられない思い出だ。
それを思い出すだけで辛くても頑張れる気持ちになった。
私の人生の支えとなっている気がする。思い出はいつまでも老いる事はなかった。
青春はその日のままで蘇る。たった一片の思い出のかけらでも心の中で生きている。

清水が部屋に来てもう2時間以上経っている。
それでも時間が惜しいとは思わなかった。勉強なんかあとでいいと思えた。
小中可南子の話になると小さな断片的な思い出でも段々膨らんで大きくなっていく。
彼女が片思いの相手だということは話さなかった。

清水が思い出話を話し始めた。
「中学3年のときさあ、運動会の練習でダンスがあったよな」
「うん、フォークダンスの時のことか」
「あん時は楽しかったよな」
「ああ、女の子となんか、めったに手がつなげないもんな」
「おれさ、いやな子とはさ、指一本でつなぐんだよ」
「みんなおんなじだな」
「好きな子が来るとさ、ぎゅっと握ったよ」
「へえ、みんなおんなじことを考えていたんだ」
「そのときさあ、小中が近づいてくると、ドキドキしたよ」

やばいな、片思いの相手が清水とおんなじだった。
中学3年の秋の運動会の練習の時だった
あの頃はフォークダンスだけが男女で一緒にする種目だった。
生涯で一番忘れられない思い出があった。
オクラホマミキサ、マイムマイム、ジェシカ等の曲だった。
音楽に合わせて手をつないだり肩を組んだりして踊る。
この時に小中可南子の手を握る事ができたんだ。
あの感触はいつでもどんなときでも思い出すことができる。
彼女が近くなってくるとドキドキしていた。
曲がず~っと終わらないように祈りたい気持ちだった。
着実に進んでくる。あと二人。あともう一人。

順番が来た。曲に合わせて小中可南子と手をつなぐ。
彼女はこの手を握ってニコッと笑ってくれた。
強くにぎり返してニコッと笑い返したかった。
上がってしまって、顔が歪んでしまって、だらしなくニヤニヤッとなってしまった。
柔らかい手だった。しっとりとした感触だった。小さめの手だった。
指がきれいだった。細い指だった。しっかりと握ってくれた。

私の目を見てにっこりと笑ってくれた。えくぼが小さくホッペにできた。
透き通った目だった。大きな真っ黒な瞳だった。睫毛が長かった。
正面から見たのは初めてだった。そして、ちっちゃな声で言った。
「早川君って、いい感じね!」って言ったんだ。
この言葉がオクラホマミキサの曲とセットになって蘇ってくる。
「早川君って、いい感じね!」
生まれて始めて優しく言われた言葉だった。何にも言葉が返せなかった。
どんな言葉も思いつかなかった。馬鹿みたいにニヤニヤしていただけだった。

その時から、小中可南子と一緒になれるような人間になりたい。
彼女にふさわしい人間になりたいと心に誓った事を覚えている。
なにか辛い事があると
『早川君って、いい感じね』を思い出した。
あの手のぬくもりを思い出した。嬉しくなってニヤニヤして心がほのぼのとした。
その言葉を思い出すとたいがいの事には耐えられる。

私は優しさに弱い。ちょっとでも優しくされると涙が出てきてしまう。
それは今でも変わらない。
『早川君って、いい感じね』
なにげないこんな言葉でも人の一生を左右する。

誰に気兼ねをする事もなく、自分の意思で自由になる空間だった。
楽しい思い出話が続く。大事な所をベールに包みながら話した。
小中可南子が片思いの初恋の人とは知られたくなかった。
冷やかされて笑い話にされるのが嫌だった。清水は受験勉強の事は知らない。
大学受験を企んでいる事は話さなかった。
夜の12時を過ぎた。時間が気にならない。清水がアイデアを出してきた。
「こんどさ、田舎に帰ったら、あいつ誘ってみるか」
「どうやって・・」
「電話かけてみるんだよ、家に」
「なに、清水はあの子の電話番号知ってるん」
「電話帳で調べれば分かるよ」
「そうだな、作戦でも練ってみるか」
「早川、電話かけてみろよ」
「何で俺が電話するん」
「早川さ、真面目で通っているからさ」
「おれがさ、電話をかける理由がないよ」
「考えれば何か出てくるよ」
「うん、そうだな、清水、お風呂どうする」
「遅いからもう寝るか」
「うん、そうするか」
「じゃあ、また来るよな」
清水は自分の部屋に帰っていった。
たわいのない会話がこんなに楽しいものとは知らなかった。
こんな風にして人と話すんだなと感じた。
とりとめのないと思える話のほうが人をリラックスさせてくれる。
疲れを感じなかった。ああ、楽しかった。

歴史の参考書を取り出し、眠くなるまでに何ページか暗記した。
うつらうつらと眠くなってくる
歴史の参考書をたたんで、傍らにある詩集を開く。
・・・・・・わが手にしたたるものは孤独なり
・・・・・・身をみやこの熱闘のなかに置けども
・・・・・・深深として夜はむせべるごとし
・・・・・・したたるものは孤独なり
・・・・・・窓を閉して(まどをとざして)
・・・・・・なにものをか見出さんとするごとく
・・・・・・眼(まなこ)のみいや冴えかへる
・・・・・・・・・・・・・・室生犀星

目をつむり暗記した詩を繰り返す。これで眠りに就ける。
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