15.ハートをつかむ
文字数 4,332文字
同じ頃、裕太は、ひたすら後悔の念に苛 まれていた。
(このままで、いいはずがない・・・・)
自分の言動が原因で、すれ違ったまま離ればなれになってしまった花香とジョンミン。裕太自身、花香を諦 め切れないが、このやり方はフェアではないことぐらいわかっている。そして、そのせいで彼女は、悲しみに沈んでいるのだ。裕太は、ジョンミンが読んでくれるともわからないメッセージを、携帯電話に送った。
『悪かった。俺は嘘をついた。今は、自分のしたことを、恥ずかしく思っている。
花香と俺は、付き合う約束なんてしていない。
彼女は、君を選んだ。初めから、君を好きだった。
実は、出発の日、花香と絵理と俺と三人で、空港へ会いに行ったんだ・・・・』
そして裕太は、『ポラリス』の外で彼女を待った。午後八時過ぎ、仕事を終え店から出て来た花香は、裕太の姿に驚いた。
「は、花香・・・・この前は、悪かった・・・・。俺が、全部悪かった」
「・・・・裕太さん」
「少し、話できる?」
「はい」
ふたりは、近くの公園のベンチに座り、三人に起こった出来事を振り返る。
「ジョンミンに、LINEを送って謝ったんだ。いつ読んでくれるかわからないが・・・・」
裕太は花香に、メッセージの画面を見せた。『既読』がまだ付いていなかった。
「きっと、まだ、厳しい訓練のさなかなんだろうな・・・・」
花香は黙って画面を見つめる。
「忘れられないんだろう? ジョンミンのこと・・・・」
その言葉に、枯れたと思っていた涙が再び溢 れ出す。裕太は、花香とその悲しみごと全部抱きしめたい衝動に駆られるのをぐっとこらえ、彼女の肩にトンと触れるだけにした。
「ちゃんと、気持ち、伝えるべきでした・・・・。当たって砕けたなら割り切れるのに、当たってもいない・・・・」
「砕けたりしないさ。ジョンミンも、君を想ってる」
「だって、美桜さんは?」
「美桜? 美桜の片思い。ジョンミンにとっては、先輩の妹・・・・それ以上でもそれ以下でもない。気にしてたの?」
「はい・・・・」
「花香・・・・。あ、いや」
裕太は何かを言おうとして、その言葉を飲み込んだ。今さら「まだ花香が好きだ」なんて、やっぱり言える立場じゃない。
「お前たちがホンモノだってとこ見せてくれないと、俺と美桜の恋心が浮かばれないな。ジョンミンから返信来たら、また連絡する。じゃあ、また」
「裕太先輩!」
自転車に乗って走り出そうとする彼を、花香は呼び止めた。
「ん?」
「怒ってませんから。先輩のこと」
「・・・・うん」
裕太は、その言葉にほっと胸を撫で下ろし、花香に小さく手を振った。
ジョンミンからの返信は、きっと、まだないのであろう。日々のカリキュラムを、ただ黙々と無心で消化するだけの毎日。だが、花香はそんな自分を変えたかった。ある日の夕食時、三姉妹で食卓を囲んでいると、花香が突然箸 を置き、真剣な表情で舞香を見つめて言った。
「まい姉、お願いがあるの」
「お願いって、お姉ちゃんにできること?」
何事かと思い、舞香もまた箸を置く。
「お姉ちゃんのこのから揚げ、作り方教えて欲しいの。他にも、お姉ちゃんがお嫁に行く前に、いろいろお料理教えて欲しい」
「なんだ、そういうことならお安い御用よ。もちろんいつでも教えてあげる。でも、急に改まってどうしたの?」
「何、花香、花嫁修業?」
颯香は茶化すように言ったが、花香は真剣だった。
「まあ、そんな感じ」
花香があっさり認めたので、冗談交じりで言った颯香は驚いた。
花香は目を潤ませながら話し始めた。
「今、ジョンミンさんは兵役で、きっと辛い訓練の真っ最中でしょ。このまま私たち、終わりかもしれないけど、でも私も何かを努力したい。このまま時間だけが通り過ぎて行ってしまうの、耐 えられない。だから、勉強もがんばるけど,自分をステップアップさせて待っていたいの。お姉ちゃんのこのから揚げ、世界一美味しいし、いろんなお料理作れるから、私もたくさん覚えたい。そして、いつかチャンスがあったら、彼に食べさせてあげたいと思って・・・・」
「わかった。花ちゃんの愛情がたっぷり入ったら、きっとお姉ちゃんのお料理の何十倍も美味しくなるね。いつでも、教えてあげる!」
「花香、偉いじゃん! きっと、ジョンミンさん、花香を想ってがんばってるよ。花香のところに帰って来るに決まってる!」
颯香はから揚げを頬張りながら、にっこり笑顔を見せる花香の背中を、ポンっと叩いた。
「そよちゃんも一緒に作ろうか?」
舞香がニヤリとしながら誘う。
「えっ? 何で?」
「そよちゃんは、コーチにお弁当作ってあげたら? なんかコーチ、生徒の栄養管理はとても一生懸命考えてるのに、自分のことは二の次って感じだったよ。インスタントや外食で済ませてます、って」
「そよ姉、一緒に作ろうよ!」
「でも・・・・最近、コーチ来てない。一週間に一回くらいのペースだもん」
颯香がしょんぼりしている。
「あら、そうなの?」
「うん・・・・。ねぇ、やっぱりコーチのこと、好きになったらいけない?」
「いけなくないよ! だってもう、こんなに好きじゃん。素直にぶつかってみなよ!」
花香の答えは、直球ストレートだ。
「でも・・・・怖いよ」
沈み込む颯香に、舞香は思慮深く状況を分析する。
「そよちゃんが卒業してからならば、きっとチャンスはあるよね。今はきっと彼も、立場的に難しいのよ。コーチは指導者だから、そしてとても真面目だから、生徒に恋愛感情を持つなんて、もってのほかだと思っているはず。でも、お弁当でハートを掴んでおけば、そよちゃんの印象は、卒業後もコーチの中に強く残るんじゃないかしら。卒業したら、もう二人とも自由! 誰にも文句は言わせない。アタックするのみよ!」
舞香は、自分自身のことでなければとても楽天的に分析できるらしい。力強く颯香の背中を押した。しかし、ひとつの疑問が残る。
(彼は何か抱えているようだ、ってお父さん言ってたのよね・・・・)
「でもね、ちょっと気になるの。なんかコーチ、何かを抱えているようなの。お父さんの勘 よ。どこか訳ありの雰囲気だって。放っておけないって・・・・」
「私も、少しそれ感じてた。部活中でも、なんだか時々、憂いを感じるの。家族関係に何か・・・・」
「何か悲しい過去を抱えているのかな? もしかして失恋を引きずってるとか?」
花香の洞察 に、舞香はハッとして花香と目を合わす。
「花ちゃん、それだね! 忘れられない恋だよ!」
「え~! 忘れられない人がいるの? 私、もう見込み無いじゃん!」
「いやいやいや、尚更、お弁当作って届けようよ! ねっ、そよちゃん!」
こうして、まんまと颯香は、ふたりの言う「胃袋キャッチ作戦」に巻き込まれてしまった。
「私食べるの専門だからな。コーチに上手に作ってあげられるかなぁ?」
颯香は、姉の特訓を受けた。少しだけ料理に慣れた頃、臣が学校に来る土曜日の部活の日に、早起きしてお弁当を作った。
「あの、コーチ、姉からインスタント食品生活だって聞いたので・・・・あの、お弁当です。姉に教わって作りました」
勇気を出して紙袋に入ったお弁当箱を手渡し、足早にその場を去った。
臣は昼休み、教官室でコンビニおにぎりと飲む栄養ゼリーで済ませようと思っていたが、恐る恐る、大きめのお弁当箱を開けてみる。一瞬で臣の表情が綻 ぶ。
「かわいいな・・・・」
カラフルな彩りの、かわいらしいお弁当だった。ハートの卵焼きにから揚げにタコさんウインナー。おいなりさんには、海苔 で作った目と鼻と、耳に見立てたカイワレ大根の葉、それが五匹の『クマさん』の顔をしてこちらを見ている。ちょっぴりとぼけた表情が、愛嬌 たっぷりだ。プチトマトにも顔がある! もう一つの入れ物にはフルーツ。パイナップルとキウイとオレンジにミントの葉、そして、
「あっ、スミレの花」
食べるのが勿体 ないと思いつつ、箸を入れる。
「美味い」
箸が止まらなかった。美味しさが骨身に染み渡る。臣は鼻をすすった。涙が一粒ポロリと落ちた。
「ごちそうさま。美味かった。ありがとう。美味いもの食べると元気出るな」
「よかったぁ。また作りますね」
颯香は、満面の笑みで臣を見つめた。こんなに堂々と真っ直ぐに臣の顔を見つめたのは、初めてかもしれない。臣は、その笑顔にドキッとして、自分の頬が紅潮したのを感じた。心の奥をくすぐるような、忘れていた感覚だった。
帰宅後、颯香がお弁当箱を洗おうとふたを開けてみると、もう既 にきれいに洗ってあった。そして中には『飲む栄養ゼリー』が入っていた。
(コーチ素敵! 最高! またお弁当作ってあげよう。忘れられない恋があるのなら、私が忘れさせてあげられたらいいのにな)
「そよ姉、コーチ喜んでくれた?」
花香が、暖簾 を上げてキッチンを覗く。
「うん。美味しかったって」
「やったじゃん!」
「花香もレシピ増えてきた?」
「だいぶね。オムレツ上達したし、大根の桂 むきもできるよ」
その時、花香の手元の携帯が、メッセージの着信を知らせた。
「えっ? 待って。ジョンミンさんだ」
「えっ! 何て?」
「そよ姉、ごめん、後で報告するから」
花香は、二階の部屋へと急いで上がって行った。
『花、今、電話できる?』
ジョンミンのその一言に、迷わず『はい』と返信する。
すぐに電話がかかって来た。
「もしもし、ジョンミンさん?」
「あぁ、花の声だ。とても、久しぶり・・・・。ホッとします」
「ジョンミンさん!」
「黙って、出発して、ごめん」
「私こそ、誤解を招いてしまって、ごめんなさい」
「空港に来てくれたんだね。会いたかった」
「あの時は・・・・美桜さんが・・・・。私は嫌われたのかと・・・・」
「花に会いたい」
「こんな私のこと、想ってくれるんですか?」
「いつも想ってる。だから、辛い基礎訓練も乗り切れた。これからも、僕の心には、花がいる」
「ジョンミンさん、会いたいです。大好きです」
「僕も、花を愛してます。もう戻らないと。また、連絡するから」
「はい・・・・。体に気を付けて」
「うん」
心拍数は、最高潮に達したかに思えた。電話を終えると、ベッドの上に倒れ込み安堵 するや、会いたい気持ちが溢れて胸が張り裂けそうになる。これから約一年半の会えない日々を、どうしてやり過ごしたらよいものか。
だが、その日からは、全く連絡が取れないという状況は解消した。短時間だが、電話で話すことも可能になった。その一瞬の安否確認と互いを想う言葉を糧 に、再会の日をひたすら待ち望む。
(未来を拓 くための時間にしなくちゃ。お料理、韓国語検定、英語検定・・・・、私が韓国で生活するためには、あと何が必要?)
花香は、前を向いた。
(このままで、いいはずがない・・・・)
自分の言動が原因で、すれ違ったまま離ればなれになってしまった花香とジョンミン。裕太自身、花香を
『悪かった。俺は嘘をついた。今は、自分のしたことを、恥ずかしく思っている。
花香と俺は、付き合う約束なんてしていない。
彼女は、君を選んだ。初めから、君を好きだった。
実は、出発の日、花香と絵理と俺と三人で、空港へ会いに行ったんだ・・・・』
そして裕太は、『ポラリス』の外で彼女を待った。午後八時過ぎ、仕事を終え店から出て来た花香は、裕太の姿に驚いた。
「は、花香・・・・この前は、悪かった・・・・。俺が、全部悪かった」
「・・・・裕太さん」
「少し、話できる?」
「はい」
ふたりは、近くの公園のベンチに座り、三人に起こった出来事を振り返る。
「ジョンミンに、LINEを送って謝ったんだ。いつ読んでくれるかわからないが・・・・」
裕太は花香に、メッセージの画面を見せた。『既読』がまだ付いていなかった。
「きっと、まだ、厳しい訓練のさなかなんだろうな・・・・」
花香は黙って画面を見つめる。
「忘れられないんだろう? ジョンミンのこと・・・・」
その言葉に、枯れたと思っていた涙が再び
「ちゃんと、気持ち、伝えるべきでした・・・・。当たって砕けたなら割り切れるのに、当たってもいない・・・・」
「砕けたりしないさ。ジョンミンも、君を想ってる」
「だって、美桜さんは?」
「美桜? 美桜の片思い。ジョンミンにとっては、先輩の妹・・・・それ以上でもそれ以下でもない。気にしてたの?」
「はい・・・・」
「花香・・・・。あ、いや」
裕太は何かを言おうとして、その言葉を飲み込んだ。今さら「まだ花香が好きだ」なんて、やっぱり言える立場じゃない。
「お前たちがホンモノだってとこ見せてくれないと、俺と美桜の恋心が浮かばれないな。ジョンミンから返信来たら、また連絡する。じゃあ、また」
「裕太先輩!」
自転車に乗って走り出そうとする彼を、花香は呼び止めた。
「ん?」
「怒ってませんから。先輩のこと」
「・・・・うん」
裕太は、その言葉にほっと胸を撫で下ろし、花香に小さく手を振った。
ジョンミンからの返信は、きっと、まだないのであろう。日々のカリキュラムを、ただ黙々と無心で消化するだけの毎日。だが、花香はそんな自分を変えたかった。ある日の夕食時、三姉妹で食卓を囲んでいると、花香が突然
「まい姉、お願いがあるの」
「お願いって、お姉ちゃんにできること?」
何事かと思い、舞香もまた箸を置く。
「お姉ちゃんのこのから揚げ、作り方教えて欲しいの。他にも、お姉ちゃんがお嫁に行く前に、いろいろお料理教えて欲しい」
「なんだ、そういうことならお安い御用よ。もちろんいつでも教えてあげる。でも、急に改まってどうしたの?」
「何、花香、花嫁修業?」
颯香は茶化すように言ったが、花香は真剣だった。
「まあ、そんな感じ」
花香があっさり認めたので、冗談交じりで言った颯香は驚いた。
花香は目を潤ませながら話し始めた。
「今、ジョンミンさんは兵役で、きっと辛い訓練の真っ最中でしょ。このまま私たち、終わりかもしれないけど、でも私も何かを努力したい。このまま時間だけが通り過ぎて行ってしまうの、
「わかった。花ちゃんの愛情がたっぷり入ったら、きっとお姉ちゃんのお料理の何十倍も美味しくなるね。いつでも、教えてあげる!」
「花香、偉いじゃん! きっと、ジョンミンさん、花香を想ってがんばってるよ。花香のところに帰って来るに決まってる!」
颯香はから揚げを頬張りながら、にっこり笑顔を見せる花香の背中を、ポンっと叩いた。
「そよちゃんも一緒に作ろうか?」
舞香がニヤリとしながら誘う。
「えっ? 何で?」
「そよちゃんは、コーチにお弁当作ってあげたら? なんかコーチ、生徒の栄養管理はとても一生懸命考えてるのに、自分のことは二の次って感じだったよ。インスタントや外食で済ませてます、って」
「そよ姉、一緒に作ろうよ!」
「でも・・・・最近、コーチ来てない。一週間に一回くらいのペースだもん」
颯香がしょんぼりしている。
「あら、そうなの?」
「うん・・・・。ねぇ、やっぱりコーチのこと、好きになったらいけない?」
「いけなくないよ! だってもう、こんなに好きじゃん。素直にぶつかってみなよ!」
花香の答えは、直球ストレートだ。
「でも・・・・怖いよ」
沈み込む颯香に、舞香は思慮深く状況を分析する。
「そよちゃんが卒業してからならば、きっとチャンスはあるよね。今はきっと彼も、立場的に難しいのよ。コーチは指導者だから、そしてとても真面目だから、生徒に恋愛感情を持つなんて、もってのほかだと思っているはず。でも、お弁当でハートを掴んでおけば、そよちゃんの印象は、卒業後もコーチの中に強く残るんじゃないかしら。卒業したら、もう二人とも自由! 誰にも文句は言わせない。アタックするのみよ!」
舞香は、自分自身のことでなければとても楽天的に分析できるらしい。力強く颯香の背中を押した。しかし、ひとつの疑問が残る。
(彼は何か抱えているようだ、ってお父さん言ってたのよね・・・・)
「でもね、ちょっと気になるの。なんかコーチ、何かを抱えているようなの。お父さんの
「私も、少しそれ感じてた。部活中でも、なんだか時々、憂いを感じるの。家族関係に何か・・・・」
「何か悲しい過去を抱えているのかな? もしかして失恋を引きずってるとか?」
花香の
「花ちゃん、それだね! 忘れられない恋だよ!」
「え~! 忘れられない人がいるの? 私、もう見込み無いじゃん!」
「いやいやいや、尚更、お弁当作って届けようよ! ねっ、そよちゃん!」
こうして、まんまと颯香は、ふたりの言う「胃袋キャッチ作戦」に巻き込まれてしまった。
「私食べるの専門だからな。コーチに上手に作ってあげられるかなぁ?」
颯香は、姉の特訓を受けた。少しだけ料理に慣れた頃、臣が学校に来る土曜日の部活の日に、早起きしてお弁当を作った。
「あの、コーチ、姉からインスタント食品生活だって聞いたので・・・・あの、お弁当です。姉に教わって作りました」
勇気を出して紙袋に入ったお弁当箱を手渡し、足早にその場を去った。
臣は昼休み、教官室でコンビニおにぎりと飲む栄養ゼリーで済ませようと思っていたが、恐る恐る、大きめのお弁当箱を開けてみる。一瞬で臣の表情が
「かわいいな・・・・」
カラフルな彩りの、かわいらしいお弁当だった。ハートの卵焼きにから揚げにタコさんウインナー。おいなりさんには、
「あっ、スミレの花」
食べるのが
「美味い」
箸が止まらなかった。美味しさが骨身に染み渡る。臣は鼻をすすった。涙が一粒ポロリと落ちた。
「ごちそうさま。美味かった。ありがとう。美味いもの食べると元気出るな」
「よかったぁ。また作りますね」
颯香は、満面の笑みで臣を見つめた。こんなに堂々と真っ直ぐに臣の顔を見つめたのは、初めてかもしれない。臣は、その笑顔にドキッとして、自分の頬が紅潮したのを感じた。心の奥をくすぐるような、忘れていた感覚だった。
帰宅後、颯香がお弁当箱を洗おうとふたを開けてみると、もう
(コーチ素敵! 最高! またお弁当作ってあげよう。忘れられない恋があるのなら、私が忘れさせてあげられたらいいのにな)
「そよ姉、コーチ喜んでくれた?」
花香が、
「うん。美味しかったって」
「やったじゃん!」
「花香もレシピ増えてきた?」
「だいぶね。オムレツ上達したし、大根の
その時、花香の手元の携帯が、メッセージの着信を知らせた。
「えっ? 待って。ジョンミンさんだ」
「えっ! 何て?」
「そよ姉、ごめん、後で報告するから」
花香は、二階の部屋へと急いで上がって行った。
『花、今、電話できる?』
ジョンミンのその一言に、迷わず『はい』と返信する。
すぐに電話がかかって来た。
「もしもし、ジョンミンさん?」
「あぁ、花の声だ。とても、久しぶり・・・・。ホッとします」
「ジョンミンさん!」
「黙って、出発して、ごめん」
「私こそ、誤解を招いてしまって、ごめんなさい」
「空港に来てくれたんだね。会いたかった」
「あの時は・・・・美桜さんが・・・・。私は嫌われたのかと・・・・」
「花に会いたい」
「こんな私のこと、想ってくれるんですか?」
「いつも想ってる。だから、辛い基礎訓練も乗り切れた。これからも、僕の心には、花がいる」
「ジョンミンさん、会いたいです。大好きです」
「僕も、花を愛してます。もう戻らないと。また、連絡するから」
「はい・・・・。体に気を付けて」
「うん」
心拍数は、最高潮に達したかに思えた。電話を終えると、ベッドの上に倒れ込み
だが、その日からは、全く連絡が取れないという状況は解消した。短時間だが、電話で話すことも可能になった。その一瞬の安否確認と互いを想う言葉を
(未来を
花香は、前を向いた。