5.虚弱体質

文字数 2,212文字

 三女の花香は、小さい時から虚弱体質で食も細く、喘息(ぜんそく)ぎみだった。相撲が大好きで、颯香の練習をいつも父に連れられ見に行っていたが、「一緒にやりたい!」と言ってお兄さんお姉さんを相手に挑んでは、すぐに軽々と持ち上げられ転がされていた。悔しくて父や姉に癇癪(かんしゃく)を起すこともあった。だが、小学一年生の時、風邪を(こじ)らせ喘息がひどくなり入院することとなる。そんな時、颯香が「お姉ちゃんが絶対、花ちゃんの分までがんばるから! 強くなるから! だから、花ちゃんは早く良くなって、喘息をやっつけるんだよ!」、と(なぐさ)め約束したことで、花香は姉の活躍を応援すると心に決め、相撲の道をきっぱりと(あきら)めたのだ。
 成長すると共に、花香は徐々に体力を付けて喘息を克服し、明るく活発な子に育った。いつの頃からか牛乳が大好きになり、お風呂上りに飲むコップ一杯の牛乳が日課となる。やがて高校生になると、部活動は吹奏楽部に所属して、主にパーカッションを担当した。細身で長身のスタイルに美貌(びぼう)もあったから、学校では男子が黙っていない。先輩も同級生も後輩までも、あらゆる方法で自分に振り向かせようと策を講じるが、当の本人は身近な男子に全く興味がなく、大好きなロックグループの音楽と大相撲中継に夢中だった。貯めたお小遣いでCDを買ったり、ライブに出かけたり。そして、いつもの親友三人グループで街に繰り出せば、カラオケとプリクラがお決まりのコース。それでも、大相撲の場所中には真っ直ぐ帰宅して、テレビ録画を再生し大相撲中継に見入っていた。
 唯一、花香にとって気になる存在だったのが、ひとつ年上の先輩、男子バレーボール部の「裕太(ゆうた)さん」だ。彼は、色白で端正な優しい顔立ちながら、時に真剣で厳しさのあるリーダーだった。体育祭などでは、よく自分のクラスを鼓舞し、様々な競技で自らも大活躍していたし、部活動では、得意のレシーブからセッターにトスをもらい、流れるようにバックアタックで得点を決める。その姿が見事な上に、その後に見せる笑顔もまるで(さわ)やかな風のようで、花香は親友たちと、放課後の体育館前で立ち止まり(のぞ)いては、ドキドキしながら見惚(みと)れていた。

 ある日の放課後。体育館いっぱいに、ボールのバウンドする音や強く手に当たる音が鳴り響いている。その時、裕太の繰り出す強烈なジャンプサーブがコートの対角を狙うと、後輩部員がギリギリ追い付き片手でレシーブするも、(はじ)いて花香の方向に猛烈な勢いで飛んで来た。
「わぁ、怖い!」
 花香は両腕で顔面を防御する。ボールは、花香たちの立っている入口の壁に思いっきりぶつかり、大きな音を立てて転がった。裕太が叫ぶ。
「悪い! 大丈夫?」
「・・・・はい! 大丈夫です!」
「ごめんごめん」

 言葉を交わしたのは、多分この時、一度きりだったかもしれない。
「あぁ、裕太先輩に限って、私の存在なんて、少しも興味無いみたい・・・・」
「告白してみたら? 花香の告白を断る人なんて、絶対いないよ」
 嘆く花香を、三人グループの真梨子(まりこ)が励ます。
「そうだよ。そんな男どうかしてる。アタックしてみなよ」
 絵理(えり)も、そう言いながらバレーボールのアタックの真似をして見せた。
「だめだめ、告白なんて無理無理。こうして見てるだけでいいの。・・・・実らなかったら、悲しいじゃん。あぁ、でも、かっこいいな・・・・」
 花香は、言い寄られることには慣れていても、自分からアタックする勇気は持ち合わせていなかった。更に、彼の放つ孤高の美しさには、近寄り難い感覚を覚えていたので、『観賞用の()し的存在』と自分にも友人にも言い聞かせ、アプローチすることはなかった。
「そこの三人! 早く講堂に移動して~! ステージ練習始まるよ!」
 同じ学年の吹奏楽部員が、移動を忘れてバレー部に夢中になっている三人を呼びに来た。
「やばっ! 先輩に叱られる! 」と、絵理が慌てる。
「ごめ~ん、 今すぐ行く! 花香、真梨子、行こう。ちゃんと楽譜持った?」
「持った!」
「やばいやばい!」

 やがて先輩は卒業し、彼の姿を鑑賞する楽しみが無くなると、真梨子と絵理の影響で、遅ればせながらもいよいよKーpopの魅力に目覚める。三人集まると必ず、韓流アイドルの『推し』との恋愛妄想で盛り上がった。
「昨日のライブ配信見た?」
「見た見た!」
「深夜まで歌番組の収録して、とっても疲れているはずなのに・・・・」
「会いに来てくれたね」
「ねっ。画面越しじゃなくて、いつか実際に会えたらいいのに」
「だよねぇ。せめて日本公演に来てくれないかな」
「コンサート、早く行きたいよね」
 推しの写真を切り取り、自作キーホルダーを作ったり、ペンケースをカスタマイズしたり、日常使いのボールペンに推しの名前を刻印してみたり。そして三人集まって遊ぶ度に、誰からともなく必ず「彼らは過酷な練習とたくさんの苦労をして、こうして輝く姿と笑顔を見せてくれる。だから、私たちもがんばらなくちゃ!」、という結論に行きつく。彼女たちにはそれが励みとなり、それぞれの場所に戻って、日々の生活の困難な課題をも乗り越えられるのだ。
 そしていつしか花香の中に、「英語と韓国語を学び、韓国で活躍したい」という漠然とした夢が芽生える。
「語学大学ってどこも倍率高いもんなぁ。このままじゃ、まずいな」
 しかし、目標を得た者は強い。
「よし! とにかく勉強あるのみ!」
 彼女は、大学受験に向けての対策に取り組んだ。
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登場人物紹介

澤田颯香《さわだそよか》

澤田三姉妹の次女。小さい頃から、父の影響で女子相撲に打ち込んでいる。食べることと可愛いものが好き。



澤田舞香《さわだまいか》

澤田三姉妹の長女。忙しい両親やがんばる妹たちを支えながら、病院の管理栄養士として働いている。

澤田花香《さわだはなか》

澤田三姉妹の三女。大学で語学を学びながら、喫茶「ポラリス」で働いている。その美貌から、男性によく言い寄られる。

澤田栄一《さわだえいいち》

澤田三姉妹の父。埼玉県出身の元力士で、現在はちゃんこ鍋屋「豪傑ちゃんこ」を経営している。

澤田美紗子《さわだみさこ》

澤田三姉妹の母。岩手県出身の元ファッションモデル。現在は、夫のちゃんこ屋を手伝う傍ら、雑誌のコラムの執筆をしている。

木村臣《きむらじん》

清城学園大学女子相撲部のトレーニングコーチ。女子相撲部監督の甥。普段は、スポーツジムのインストラクターとして働いている。

川井壱《かわいいち》

舞香の大学の先輩。石川県金沢市の出身。大学時代は、軽音楽同好会でボーカルとして活動。舞香と同様、病院の管理栄養士として働く。

ユン・ジョンミン

韓国人留学生。花香の友人である絵理と同じ大学に通う。

森山裕太《もりやまゆうた》

花香の高校の先輩。高校時代はバレーボール部に所属。ジョンミンと同じ大学で、一つ上の先輩として世話をしている。

松田園《まつだその》

臣の元カノ。高校時代の実力を評価され、大学のテニス部にスカウトされる。やがてプロテニスプレイヤーとして活躍する。

吉田太一《よしだたいち》

栄一のちゃんこ屋のアルバイト店員。花香の幼馴染。

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