13.四角関係⁉

文字数 5,813文字

 花香は、絵理と真梨子を誘い、ジョンミンのアルバイト先のバル『ステラ』を再び訪れた。今日は、土曜日のランチタイム。店内はそこそこ混んでいて、店員たちは忙しそうだ。
「ジョンミンさん、この前、すごく美味しかったから、今日は友達とランチに来ました」
 久々に集まった三人は、ランチメニューの定食やパスタを注文した。
「ありがとうございます。ゆっくりしていってください」
「はい。ジョンミンさんも、お仕事がんばって」

「ジョンミンくん、がんばってるね」
 真梨子が言うと、彼と同じ大学の絵理は、
「成績優秀らしいよ。頭いいんだね。私は、遊んでばっかり。そろそろ真面目にやらなくちゃなぁ」
と、長い髪を掻き上げた。そして尋ねる。
「花香は、最近どう? ジョンミンくんと進展は?」
「特に進展は何も。あっ、でも、たまに韓国語教えてもらって、韓国のドラマとかアニメ、字幕無しで見れるようになってきた」
「へぇ、花香すごい! あれ見た? 『俺の彼女と結婚して』」
「それ、今見てるところ! 真梨子もう見終わったの?」
「見た見た。予想外の展開!」
「真梨子、だめ! ネタバレしないでね」
「あれも面白かった。ええと、タイトル何だっけ? 花香が好きな俳優さんのあれ・・・・」
 花香と真梨子がドラマの話で盛り上がっていると、絵理が二人に小声で呼びかけた。
「ねえねえ、あの女子に、ジョンミンくん捕まってる」

 三人が視線を向けた先に、ジョンミンと親しそうに話す女性の姿があった。と言っても、高校生だろうか。椅子に腰かけたまま、彼の両手首を掴んで振り回し、何かわがままを言っているようだった。
「ジョンミンさ~ん、ねぇ、また遊ぼうよ。お兄ちゃんもジョンミンさん誘ってよ」
美桜(みお)、もうやめろ、しつこいと迷惑だぞ。悪いな、ジョンミン。まあ、そのうちまた、よかったら一緒に遊んでくれ」
「あぁ、そうですね、はい・・・・」
 ジョンミンは、苦笑いをしている。

「待って。あの男性、あの女のお兄ちゃんって、健介(けんすけ)じゃない?」
 最初に絵理が気付く。
「あの、合コンでうるさかった? 車屋の?」と真梨子もその男性を凝視(ぎょうし)する。
 花香も少し背伸びして、遠目に顔を確認した。
「ホントだ!」
「健介、『みお』って呼んでたね。みお、ジョンミンくんのこと(ねらっ)ってる?」
 真梨子の一言が、花香の不安を助長させた。
「気がありそうだよね。お兄ちゃんの友達っていうのをいいことに、一緒に遊んでチャンスを狙おうって魂胆(こんたん)じゃない?」
「でも絵理、見たよね? ジョンミンさん、すごく困ってたよね。うん。困った顔してた」
 花香は、絵理というより自分に言い聞かせる。しかし、不安は最高潮に達する。
(どうしよう・・・・。何でこんなに私、動揺してるの? でも、いやだ! 彼が他の女性と一緒にいるの、いやだ!)
 それからしばらく、美桜たちが帰るまで、三人は気になってそちらをちらちらと観察していた。花香は、目の前に置かれたパスタを口いっぱいに詰め込み、力強く噛み締めた。


 木枯らしが吹き始め、冬の足音が聞こえて来る季節、いつものようにジョンミンが喫茶店に現れた。今日は誰かを連れて来たようだ。
「いらっしゃいませ。ジョンミンさん」
 花香が出迎えると、彼の後ろにいる男性は、見覚えのある顔だった。その若者は、店内をきょろきょろと隅々(すみずみ)まで眺めながら歩き、ジョンミンと向かい合って座った。花香が席まで水を運ぶと、ジョンミンはその若者を紹介した。
「花香さん、こちら、僕の先輩の森山裕太(もりやまゆうた)さんです」
(あれっ? 裕太さん?)
 私服の裕太先輩を見るのは、思えばこれが初めてで、茶色に染めた髪色と少し大人びた風貌(ふうぼう)に、すぐには彼が裕太先輩であるとは気付けなかった。だが、先輩と分かった途端、急に心臓が高鳴る。しかし、ジョンミンの手前、この動揺を感じさせまいと平静を装った。ところが、
「あれ? 君、一緒の高校だったよね。君のこと知ってる。いつも体育館でバレー部の部活見てたよね」
と彼の方も、花香に気付いたのだ。花香は、先輩が当時の自分を記憶していることに、とても驚いた。
「はい。先輩、私のこと覚えてるなんて、ちょっとびっくりしました」
「覚えてる覚えてる。吹部(すいぶ)だったでしょ?」
「そうです・・・・。あぁ、とりあえずご注文をどうぞ!」
「じゃあ僕は・・・・、ホットカフェラテにしようかな」
 ジョンミンは、二人が話す様子を静かに眺めていたが、花香に笑顔を向けると、
「僕はいつもの『アア』で。花香さん、先輩と知り合いだったんですね。高校以来?」
と問いかける。しかし、答えたのは裕太だった。
「そうなんだよ。懐かしいな。こんな形で君に再会できるなんて、思ってもみなかった。記念にさ、今度三人でご飯行かない?」
 裕太は親しい教授から、「留学生にいろいろ教えて面倒をみてくれないか」とジョンミンのことを任されていたのだった。花香の動揺をよそに、三人での食事会の約束は確定し、裕太はその場で店を予約した。

 週末、三人はイタリア料理店に集まった。
「ここの生パスタ、美味いんだよ。ピザは定番マルゲリータと、あとどれにする? ジェラートとかパンケーキもあるから、デザートも頼んで」
 裕太は、女子が一緒だから居酒屋よりもおしゃれな雰囲気の店が良いだろうと考え、この店を選んだ。それが、彼流の思いやりではあったが、「何食べたい?」とは聞かず、段取りを独断で進めるタイプだ。
「ところでさ、ふたりが知り合ったきっかけは?」
 料理が届くのを待ちながら、裕太はふたりの出会いについて尋ねる。
「僕が彼女の喫茶店をよく利用していて、たまたま合コンでも会いました」
「あぁ、この前言ってたやつね。健介に絡まれたの、もしかして花香さん? お酒入るとあいつブレーキ効かなくなるからな」
「先輩のお知り合いだったんですね。私、頭痛がして、途中で帰ったんです」
「そうだったの? 俺、あの日用事あって行けなかったからさ。あいつも同じ学部でね、普段はもう少し、いいやつなんだよ。健介の名誉のために言えば、あれでもすごく妹思いでさ。妹の美桜には、甘いんだ」
「妹さん、高校生くらいですか?」
「そうそう、今、高三だね」
「時々、健介さんと、うちの店のランチタイムに来てますよ。明るくて元気で、かわいい方ですね」、とジョンミンが言う。
「まあね。でも、美桜、押しが強くてちょっと、面倒だから。ジョンミン、お前に気があるらしいぞ」
「あぁ、そうなんですか・・・・。もしかして、先輩も、押されたんですか?」
一時(いっとき)、そういう時もあったね」
 美桜がジョンミンばかりか裕太先輩をも狙っていたのが、明白になった。花香は、裕太を目の前にしている動揺と、ジョンミンに対する美桜という存在に、冷静ではいられなかった。
「花香さん、食欲ありませんか?」と顔色をうかがうジョンミンに、
「・・・・いいえ、大丈夫よ」と、ピザを一口かじって見せる。でも、
(面倒って、どう面倒なんだろう・・・・?)
 美桜のことが、頭を離れない。
「先輩はバレーボール、小さい頃からやっていたんですか?」
 ジョンミンが裕太に尋ねる。
「小学校のスポ少で始めて、中高と続けて、高校では仲間に恵まれて、結構いいところまで行ったんだ。花香、よく体育館に見に来てたよね、いつも三人組で。あの二人は元気?」
 裕太が突然『花香』と呼び捨てにしたので、驚き、耳が熱くなった。やばい!
「・・・・あ、あの、アタックを決めるところ、気持ちがいいなぁ、と思って見ていました。真梨子も絵理もそれぞれの大学でがんばっています。そうだ、絵理は先輩と同じ大学ですね」
 ジョンミンにも、そして裕太にも、憧れで見つめていた気持ちを気付かれまいと、言葉を選び懸命に冷静さを取り(つくろ)う。
 一通り食事が終わりデザートを待つ間に、
「僕、ちょっと電話入ってた。掛け直して来ます」
 そう言って、ジョンミンは席を離れた。
「は~い、行ってらっしゃい」
 花香が軽く笑顔で手を振ると、彼が距離を置いたのを見計らい、裕太が身を乗り出した。
「ねぇ花香、ジョンミンのこと好きなの? 君たち、付き合ってる感じ?」
 この機会を待ってましたとばかりに、彼女を見つめ、問い質す。
「LINEとか交換してるし、たまに君、彼に韓国語で通訳しているから、もしかして」
「いえ・・・・付き合っては、いないですけど・・・・」
「ホント? じゃあ、今度さ、二人で会わない? あの頃はさ、君を見かけるといつも、『かわいいな』って思っていたんだ。でも部活ハードで忙しくてさ、彼女作る余裕とか全然無くて、友達と

方が楽でね。でも今は・・・・もっと君を知りたくなった」
 突然の告白に花香は赤面した。
(どうしよう・・・・私が好きなのはジョンミンさん? だよね?)、と予想外に自分の心が揺らいでいる。
「これ僕の電話番号。君の番号教えて」
 裕太は、小さなメモを手渡す。
「は、はい・・・・後で着信入れます」
 花香は、心にもない返事をしてしまった。
 ジョンミンは、裕太とのやり取りを途中から聞いていた。心がざわついた。ジョンミンは、花香との間にはお互い友情以上の感情が存在すると感じていた。だが確証は無いし、自分の気持ちを伝えた訳でもない。付き合っていると言えば嘘になる。だが今、彼女と再会して先輩の恋心に火がついたのは明らかだ。彼は、席を離れたことを、そしてそもそも、『ポラリス』に裕太を連れて行ったことを心の底から後悔した。

 解散して、三人がそれぞれの帰路についた後、裕太に気付かれないように、ジョンミンは花香の後を走って追いかけた。彼は焦っていた。
「花! 待って」
 息を切らしながら、やっとの思いで追いついた。寒空の下、激しく呼吸をするたび、白い息が舞い上がる。
「ジョンミンさん、どうしたの?」
「花香さん・・・・僕は、あなたのことが好きです。ずっと一緒にいたいですけど・・・・、もうすぐ僕は、兵役(へいえき)に行きます。二年間会えなくなります。でも、待っていてくれませんか。・・・・花、待っていて欲しい」
 サーっと血の気が引いて、目の前が暗くなり倒れそうになった。たった今、告白された。なのに、すぐに離れ離れにならなければならない、『兵役』という現実。容易に理解し受け入れられるものではなかった。思わず、彼の胸に飛び込み引き留めたい衝動(しょうどう)に駆られる。でも、韓国人の彼にとってそれは義務であり、遅かれ早かれその日は訪れるのだ。国籍が違うだけでも様々な覚悟が必要な上に、本当に自分は、彼のことを二年間も待ち続けられるのだろうか。
「戸惑う気持ちはわかります。突然過ぎました。ごめんなさい・・・・。この気持ちだけでも、伝えたかった。今ここで返事しなくても大丈夫だから」
 何も言えずに立ち尽くす花香に、ジョンミンはそれ以上何も言えず、その場を立ち去った。

 花香は(うつむ)きうなだれながら、なんとか家に帰りつく。
「まい姉、花香。入るよ」
 花香は舞香の部屋のソファーの上に、コートを脱ぐのも忘れ、そのままドサッと全身を投げ出した。
「どうしたの⁈」
「私、何が正解なのかわからない」
「話してごらん」
 舞香は、パソコンに向かっていた手を休めると、椅子を移動し花香と向かい合った。
「まい姉・・・・私、高校の頃の憧れの先輩と再会したの」
「先輩って、あのバレー部のキャプテン?」
「うん。今夜は、ジョンミンさんと裕太先輩と三人での食事会だった。だけど先輩、今度二人で会いたい。もっと君のこと知りたくなったって。これってどういう意味だと思う?」
「そうね・・・・普通に、『好き』の告白に聞こえるけど・・・・」
「そして、ジョンミンさんからも、今日、告白されたの」
「良かったじゃない! あれ? 良くなかったのかな?」
 浮かない顔の妹に、何と声を掛けたら良いものか。しかし、花香のジョンミンへの思いや兵役に行くという事実、裕太とジョンミンの関係性や美桜の存在など、今夜身の上に起こった事を聞かされると、なるほど状況は複雑に思えた。
「そっかぁ・・・・。お姉ちゃんには、ジョンミンさんへの気持ちの方が、強いのかなって思えたんだけど、花ちゃんの気持ちのベクトルは、ジョンミンさんの方を向いてない?」
「うん・・・・そうなのかもしれない・・・・」
「だけど、兵役中、ひたすら彼を待つ覚悟があるかどうかね。会えないって辛いね。待つ自信ある? もしも待っている間に、再び先輩がアプローチして来たら・・・・それでも大丈夫?」
「・・・・自信って言われると、自分でもわからない。私、先輩になびいてしまったりするのかなぁ・・・・。だけど、裕太さんと私、実はまだお互いをよく知らない・・・・」
「そうよね・・・・。でも彼が『君のことをもっと知りたい』って言ったのは、花ちゃんに好意を(いだ)いたから。彼の恋心は、もう走り出してる。花ちゃんは、彼の人柄的なところを知りたいのに対して、彼の方は、もう只々(ただただ)花ちゃんの魅力を深堀りしたい欲求なんだよ。きっとアプローチしてくるよ」
「そっかぁ。どうしよう。ときめいてドキドキしたのは確かだけど、私のこの気持ちは、好意なのかなぁ? お姉ちゃん、裕太先輩には申し訳ないことかもしれないけど、その気持ちを確認するために一対一で会うのは有りだと思う? そして、『先輩は違う』と分かったら、はっきり伝えなくちゃ・・・・」
「有りだと、お姉ちゃんも思う。先輩にはっきりお返事しないとね。だけど、ジョンミンさんとのことだって(いばら)の道よ。国籍のこととか、ふたりの気持ちでひとつひとつ乗り越えるしかない。そして、お父さん、交際に反対しないかしら? 時間をかけて、ふたりの行動で信頼を勝ち取るのね。その覚悟はできてる? でも・・・・先輩にしてもジョンミンさんにしても、彼らのこと信用していいよね。悪い人と繋がっていたり、花ちゃん(だま)されたりしてないよね。よく見極めてよ」
「まい姉、不安にさせないで!」
 しかし舞香には、自分の父親の(かす)かな記憶がある。正直その辺が心配なのは確かだ。付き合い始めたら急に暴力的になったら? 浮気っぽい男だったら? 不誠実だったら? 変な趣味を持つ人だったら? まるで親心のように、あれこれ心配は尽きない。国籍の違いは関係ない。(ちまた)で起こる、様々な男女間のトラブルに妹が巻き込まれることのないように祈る。
(花香を泣かせる男は、お姉ちゃんが許さない!)
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登場人物紹介

澤田颯香《さわだそよか》

澤田三姉妹の次女。小さい頃から、父の影響で女子相撲に打ち込んでいる。食べることと可愛いものが好き。



澤田舞香《さわだまいか》

澤田三姉妹の長女。忙しい両親やがんばる妹たちを支えながら、病院の管理栄養士として働いている。

澤田花香《さわだはなか》

澤田三姉妹の三女。大学で語学を学びながら、喫茶「ポラリス」で働いている。その美貌から、男性によく言い寄られる。

澤田栄一《さわだえいいち》

澤田三姉妹の父。埼玉県出身の元力士で、現在はちゃんこ鍋屋「豪傑ちゃんこ」を経営している。

澤田美紗子《さわだみさこ》

澤田三姉妹の母。岩手県出身の元ファッションモデル。現在は、夫のちゃんこ屋を手伝う傍ら、雑誌のコラムの執筆をしている。

木村臣《きむらじん》

清城学園大学女子相撲部のトレーニングコーチ。女子相撲部監督の甥。普段は、スポーツジムのインストラクターとして働いている。

川井壱《かわいいち》

舞香の大学の先輩。石川県金沢市の出身。大学時代は、軽音楽同好会でボーカルとして活動。舞香と同様、病院の管理栄養士として働く。

ユン・ジョンミン

韓国人留学生。花香の友人である絵理と同じ大学に通う。

森山裕太《もりやまゆうた》

花香の高校の先輩。高校時代はバレーボール部に所属。ジョンミンと同じ大学で、一つ上の先輩として世話をしている。

松田園《まつだその》

臣の元カノ。高校時代の実力を評価され、大学のテニス部にスカウトされる。やがてプロテニスプレイヤーとして活躍する。

吉田太一《よしだたいち》

栄一のちゃんこ屋のアルバイト店員。花香の幼馴染。

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