3.イケメンコーチ
文字数 3,168文字
「今日から一緒に指導して頂く、
監督に紹介され、青年は緊張気味の固い表情で一歩前に出ると、深くお辞儀をした。
「主に、体力作りや体作りのアドバイスをさせて頂きます。何でも遠慮なく相談してください」
部員たちがざわつく。
(もしかしたら、とても厳しい人かもしれない。もしかして鬼コーチ⁉)
コーチは、本業の傍ら、勤務時間のシフトを調整して週に二、三回程度、大学の部活動時間にやって来た。一日目は、部内をよく観察し、一人一人の特徴や癖などを把握した。体重管理が、出場する体型別階級を左右するため、身体測定結果をタブレットパソコンで管理する。そして、それぞれに合ったトレーニングメニューを考える。颯香については、期待の一年生部員だと監督から聞いているので、特に情報収集に力が入る。
二日目、具体的なトレーニングを少しずつ実践した。強化ポイントが
かがみ指
になっている。そして足は、O脚
気味である。重い体を支える膝が、中心ではなく外側に負荷を受けている。このままでは、踏ん張りが効かず余計な力が入って膝を痛めてしまうかもしれない。「膝が痛むことはないか?」
「実は少しだけ、
「うん。颯香は自宅通いか? 食事はバランスよく食べてるか?」
「今、母が家にいないことが多くて、主に姉がご飯を作ってくれます。でも姉は今年就職して、病院で管理栄養士の仕事をしていて、料理、得意なんです」
舞香が就職したのは総合病院で、そこで新人管理栄養士として働いていた。診療科目は、内科・整形外科・循環器科・小児科など多岐に渡り、そこで、病院食メニューを考え、入院患者の栄養管理や外来患者に対する栄養指導を行う役割だ。母、美紗子といえば、ここのところ、度々どこかへ出かけてしまうことが多かったのだが、颯香たちは「執筆のための取材で忙しいんだろう」と理解していた。そのため、近頃の食事支度は、
「そうか・・・・お姉さんは管理栄養士か」
「あと、父はちゃんこ屋を経営しています。だから、時々ちゃんこ鍋を食べることもあって。
「うん。そうだな。ところで、きつい靴を履いていないか? 毎晩、風呂上がりに足の指をマッサージしろ。足の指は自由に動かないとだめなんだ。五本の指が伸びて開くように、しっかり指の体操をしなさい。足首の筋肉は、このゴムバンドで負荷をかけて繰り返し鍛えろ。
彼は淡々と指示を出し、颯香にO脚改善用の筋トレとストレッチのメニュープリントを手渡した。颯香は目を丸くした。イケメンだからといって、一気にこの注文は抱えきれない。仕事ぶりは熱心だが、生真面目で表情が硬く
三日目からはもう、地獄の日々だ。これまで意識の足りなかった筋肉を使うので、卒業したと思っていた筋肉痛がまた襲ってくる。それでも、コーチがいつも自分の変化を観察してくれ、次の対策はどうするべきかを真剣に検討した上でトレーニングを提案してくれているのを感じ取っていた。
(きっと、ただ厳しいだけの人じゃないよね。こんなに私のために熱心なんだもの。目の保養にもなるし、コーチと一緒なら、何でもがんばって乗り切れちゃうかも!)
颯香は少し浮かれていたが、一生懸命さだけは確かだった。その負けん気の強さで、トレーニングメニューを必死でこなした。臣は当然、他の部員たちも細かく観察しコーチングしていたが、『期待の星の更なる進化』という使命を背負っている。それを実現するべく、様々な角度から改善点を模索した。
「臣、コーチの仕事はどうだ? 女子相撲部は、テニスとはまた違った世界だろう」
伯父である監督に声を掛けられ、臣はデータ入力の手を休める。
「そうですね。皆、寡黙に何度も何度もコツコツと、トレーニングや練習に励んでいます。あの粘り強さは、とても感心します。声を掛けると
「ゆっくりでいい。少しずつ、自分を取り戻して行けばいいさ」
「はい・・・・。ところで監督、澤田颯香ですが、今後長期的な膝や足腰への負担を考えると、
「リスクばかりではないが、颯香の場合は、今の軽重量級のギリギリのところまで体重を絞って、筋力をアップさせるのはありだ。その方が、颯香の長所を生かせるかもしれないな。あいつは、瞬間の判断力が優れている。その判断を瞬時に体に伝達する、少しの身軽さが備わればいいな」
「わかりました。その方向で、考えてみます」
「どんどん君なりに提案してくれ。いやぁ、日頃、女子の指導は男子以上にメンタル面が大事だと実感しているよ。なかなかに難しいもんだなぁ」
そう言って、監督が自分の胸の内をふと
「そういえば、颯香の
「そうだったなぁ。颯香のおやじさん、
「最近、コンビニ弁当ばかりで・・・・」
「うちにも時々、気楽に食事しに来ればいいさ。ワイフが喜んで腕を振るってくれるよ。あまり