第7話
文字数 1,278文字
二月四日
妻が面会に来た。娘を連れてである。
「よく来てくれたな。遠いのに」
とこっちが言うと、すかさず妻は
「ショッピングモールに買い物に来たついでよ」
と返してきた。二歳になる娘がショッピングモールでのキャラクターショーに行きたがったということだった。ふと、
「じゃあ、それがなかったら、退院まで来ないということか?」
という考えが頭をよぎった。しかし、直ぐに冗談だろうと頭の中から打ち消した。実際に冗談であってほしかった。そうでなければ、惨めすぎる。
この病棟には面談ルームという「ルーム」というにはお粗末な、擦りガラスで間仕切りされたスペースがあり、看護師は僕らをそこに案内した。妻は着くや否や、机の上にトートバッグを置き、頼んでいたシャツや菓子、飲み物の差し入れを僕に渡した。
「これだけあったら、十分でしょ」
「うん、十分だ」
この会話の中にもお互いにこの面会が面倒くさくて、何も生み出さないだろうと思う要素が込められていたように思う。
それから妻は近況について話してくれた。実の両親や妻の両親にも入院したという報告をしたこと、入院に至った経緯を伏せたこと、近所の人や幼稚園の先生も心配していることなどを。それらの話が一巡すると、僕と妻は少し沈黙した。その間、娘は持参した人形で遊んでいる。不意に、
「パパはなんでここにいるの?」
と尋ねてきた。
「体の調子が悪くてね、治してもらいにここにいるんだ」
そう答えるしかなかった。こういう問題で子どもにどう伝えるのかはとても難しい。妻はどう伝えているのだろうか。
そう思っていると、
「ここってなんだか陰気な病院ね。変わった人がやたら多いし」
と突然言い始めた。
「何言ってるんだ?」
と思って、たしなめようとしたところ
「さっきすれ違った人、いかにも精神病って感じよね。ウロウロ歩き回って」
妻は立て続けに言った。
「よせよ、聞こえるだろう」
語気を強めて言ったが、
「いいじゃない、どうせ聞いてなんかないわよ」
意に介さない妻。自分も貶められているように感じられ、
「もう帰ってくれ」
と言おうとした。しかし、その言葉を制するように
「もう帰るわ。長居してたら、こっちまで気がおかしくなりそうだわ」
と言い放った。立ち上がると、
「バイバイ、パパ」
と言い、振り返ることなく、まっすぐに出口へ向かっていった。
僕はしばらくその場を離れられず、呆然としてしまった。自分が傷付けられたこともそうだが、子どもへの影響を考えずにはいられなかった。
「もし子どもが精神障害を負った人に偏見の目を向けるようになったら…」
想像すると恐ろしかった。それ以上先のことは考えたくもなかった。
それからの自分は抜け殻のようだった。雑誌も読む気なく、テレビも新聞も見る気にならなかった。このメモさえ、ギリギリで書いているくらいだ。もういいだろうか?十分書けただろうか?備忘録としては十分成立しているに違いない。という訳で、今日はおしまいにする。
二月五日
今日はメモ書くのも面倒くさくなるくらい気力が削がれている。という訳で、メモは休ませてもらう。
妻が面会に来た。娘を連れてである。
「よく来てくれたな。遠いのに」
とこっちが言うと、すかさず妻は
「ショッピングモールに買い物に来たついでよ」
と返してきた。二歳になる娘がショッピングモールでのキャラクターショーに行きたがったということだった。ふと、
「じゃあ、それがなかったら、退院まで来ないということか?」
という考えが頭をよぎった。しかし、直ぐに冗談だろうと頭の中から打ち消した。実際に冗談であってほしかった。そうでなければ、惨めすぎる。
この病棟には面談ルームという「ルーム」というにはお粗末な、擦りガラスで間仕切りされたスペースがあり、看護師は僕らをそこに案内した。妻は着くや否や、机の上にトートバッグを置き、頼んでいたシャツや菓子、飲み物の差し入れを僕に渡した。
「これだけあったら、十分でしょ」
「うん、十分だ」
この会話の中にもお互いにこの面会が面倒くさくて、何も生み出さないだろうと思う要素が込められていたように思う。
それから妻は近況について話してくれた。実の両親や妻の両親にも入院したという報告をしたこと、入院に至った経緯を伏せたこと、近所の人や幼稚園の先生も心配していることなどを。それらの話が一巡すると、僕と妻は少し沈黙した。その間、娘は持参した人形で遊んでいる。不意に、
「パパはなんでここにいるの?」
と尋ねてきた。
「体の調子が悪くてね、治してもらいにここにいるんだ」
そう答えるしかなかった。こういう問題で子どもにどう伝えるのかはとても難しい。妻はどう伝えているのだろうか。
そう思っていると、
「ここってなんだか陰気な病院ね。変わった人がやたら多いし」
と突然言い始めた。
「何言ってるんだ?」
と思って、たしなめようとしたところ
「さっきすれ違った人、いかにも精神病って感じよね。ウロウロ歩き回って」
妻は立て続けに言った。
「よせよ、聞こえるだろう」
語気を強めて言ったが、
「いいじゃない、どうせ聞いてなんかないわよ」
意に介さない妻。自分も貶められているように感じられ、
「もう帰ってくれ」
と言おうとした。しかし、その言葉を制するように
「もう帰るわ。長居してたら、こっちまで気がおかしくなりそうだわ」
と言い放った。立ち上がると、
「バイバイ、パパ」
と言い、振り返ることなく、まっすぐに出口へ向かっていった。
僕はしばらくその場を離れられず、呆然としてしまった。自分が傷付けられたこともそうだが、子どもへの影響を考えずにはいられなかった。
「もし子どもが精神障害を負った人に偏見の目を向けるようになったら…」
想像すると恐ろしかった。それ以上先のことは考えたくもなかった。
それからの自分は抜け殻のようだった。雑誌も読む気なく、テレビも新聞も見る気にならなかった。このメモさえ、ギリギリで書いているくらいだ。もういいだろうか?十分書けただろうか?備忘録としては十分成立しているに違いない。という訳で、今日はおしまいにする。
二月五日
今日はメモ書くのも面倒くさくなるくらい気力が削がれている。という訳で、メモは休ませてもらう。