第4話

文字数 1,592文字

二月一日
 診察を受けてきた。主治医は中尾という四十代前半くらいの男の医者だ。

 最初から診察の経緯を書く。今日は昨日に診察を受けられなかったこともあって、医師に対する不信感に満ちたまま、夕方まで過ごしていた。

「このまま診察も受けられないまま、この病院に幽閉されるのだろうか」
そんなことまで考えた。風呂に入っても、食事をしても四六時中、頭の中は診察のことでいっぱいだった。僕にはやはり妄想癖がある。一つのことに囚われると、どうもいけない。

 そんな中、夕方四時くらいに看護師に呼び出され、
「中尾先生が今から診察したいっておっしゃっているんだけど」
と廊下を歩いている最中に言われた。

 待つのにウンザリしていた僕は、急ぎ足で診察室へ行った。文句の一つでも言ってやろうという気でいた。そうしなければ、自分の中の不信感や怒りを鎮めることができない。

 感情の赴くままに、ドアを強くノックした。中尾先生から返事があったので、
「失礼します」
と不機嫌な感じで言った。

 先生は昨日診察できなかったことを謝ってくれた。当然と言えば当然の話だが、
「忙しいんだから、予定変更して当然だ」
などといった非常識な発言や振る舞いを見せなかっただけで不思議と許すことができた。こういうところが甘いと言われる要因なのだが、「これ以上責めるのは可哀想だ」という気持ちが先行してしまう。クレーマーなら、謝罪など物ともせずに責めることができただろう。

 それにしても、驚いたのは先生の風貌だった。見てみると、ボサボサ頭に血走った目をしていて、毛玉だらけのセーターにスキニーパンツのようなズボンを履いている。見た目をあまり気にしない人なのだろうと推測する。

 血走った目は何日か徹夜が続いたように伺えた。忙しいと言っているが、何日も夜通し仕事をするくらい忙しいのだろうか?
「入院されて四日経ちましたけど、少しは落ち着きましたか?」
 と聞かれて、
「ええ、時間がかなり経ちましたから、落ち着きました」
などと自分なりに嫌味を込めて、返してやった。

 すると、充血気味の目を見開いて
「そうですか、それではどういう経緯で薬を飲んでしまったのか、説明できますか?気持ち的に辛いようなら、構いませんが」
 と平然と聞いてきた。どうやら、嫌味は通じなかったようである。あるいは、余りにもさりげなくて気がつかないのかもしれない。

 僕はその質問には、安易に回答しないでおこうと決め込んでいた。まだまだ自分の中での整理が付かないからだ。
「そうですか、また気持ちの整理が付いたら聞かせて下さい。あなたの回復のためにも必要なことですからね」
 先生はそう囁くような声で言うと、パソコンに向かってキーボードを叩いて、何かの文章を打ち込んだ。

 そうかと思うと、
「では看護師との付き添いで病院内の外出を許可しましょう。落ち着いた様子ですからね。四日も院内に缶詰めにさせて、申し訳ないです」
 と言い、外出許可を出してくれた。謝るのは当たり前だと思いながらも、
「ありがとうございます」
 と一言だけ言って、後は黙った。

「何か、質問したいことはありますか?」と聞かれても、首を横に振った。
「分かりました。お大事にして下さい」
 と先生が言うと、急いで診察室を後にした。

 ここ一番で何も言えないのはどういうことなのだろうか。単に意気地がないだけか、それとも複雑なモノを含んでいるからなのか、どうなのかは自分でも分からない。無責任に思われるかもしれないけれど、それが事実なのだから仕方がない。自分のひ弱さをつくづく恨んでしまう。

 ただ一つ良かったことは、看護師付き添いながら外出が出来るようになったことである。これで少しは滅入る気持ちともおさらばできるだろう。明日を待つことにする。今日は消灯時間になったのでここまでしか書けない。落ちるところまで落ちたから後は浮上していくのみだと信じたい。
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