座学 ②

文字数 3,547文字

 素直な5人組は、なるほど、と言って深く頷いた。神に守られている国なのだ。誇りに思っていい。

「ただ少数にする以上、そこらの雑兵は連れてこないだろう。ましてや老兵は来ない。」
 一言多かったかもしれない。タルソムが口を噤む。
「少数になればなるほど、個の能力は上がると考えるべきだ。つまりそれは相手の戦力が落ちるという意味ではない。トンネルの100人のほうがまだ勝てる見込みはあったかもしれない。」
 5人が顔を見合わせる。

「とりあえず、浮船2機、敵兵40人で続けてみようか。」
 アレックスは城より小さめの石をこの湖畔の位置に一つ置く。
「一機は物資船と同じく、ここに降りる、とする。これには機動力のある身軽な兵と通信兵が乗ってる。とりあえず集落一帯を抑え込んで拠点を作るだろう。運が良ければ村人は城に逃げ込んでいる。言い忘れたけど傘での降下はないものと考えていい。」
「なんで?」
 カイルは降下隊が見たかったのにとでも言いたげだ。
「この作戦なら、相手は堂々と攻めてくるだろう。小国に対して負けると思っていないし、船ごと降りてきたところでこの国にそれを打ち落とす能力はない。銃がないわけではないから傘で降りてきた場合は落とされる可能性は出てくる。」
 アレックスが簡単に説明すると、タルソムが唸った。続ける。

「もう一機は村の入り口に近い畑に降ろすかな。」
 アレックスは小石を村の入り口から少し離れたところに置いた。
「ここからは重装の兵が出てくる。すでに抑えてある集落内に悠々と入ってくるだろう。跳ね上げた橋の代わりになる橋をあっさり組んで、門も重火器で破壊される。そこへ、先に入った軽歩兵が城に突入する。」
「ジエンドかよ!」
 この場に慣れてきたのか、ジュネがそのハスキーな声で小気味いい突っ込みを入れてくれた。
「そうだな、城内でルクノルディア100人隊と軽歩兵20人とで正面衝突で戦闘が起きても、まあ、負けるかな…。相手は自動小銃を構えてるからなあ。固まっていたらやられるだけだな。」
「ジドウショウジュウ?」
 ジュネが顔の中心に皺を寄せながら繰り返す。齧歯類の動物みたいだった。
「要は、今どきの一般的な銃だよ。王子の猟銃で1発打つ間に10発の弾が打てる。」
 5人が黙り込む。

「さらに言えば、2機目の浮船には重装兵は2-3人、衛生兵やら工兵が各1名と機械兵くらいかな。機械は軽歩兵よりよっぽど撃つよ。」
「じゃあ、どうすれば…」
 カイルが意気消沈している。
「だから最初に降伏が一番いいと言ったわけだけど、まあ、続けてみようか。ところで彼らは全員が通信機で常時連絡が取りあえる。本部からの指令も瞬時に全員へ下すことができる。仲間がどこで何をしているかもお互いわかっている状態だ。それがどんな感じか想像つくか?」
 意気消沈気味の5人に問いかける。
「すごいな、それは…すごく心強いかもしれないさ。」
 素直なヘルマーがぼそぼそと答えた。
「そう、それ。彼らはずっとそういう状況下で訓練している。司令官は自分の手足を動かすかのように兵を動かせるってわけだ。」
「では、我々もその装備の準備をしたほうがいいのか。」
 午後にでも王に進言しそうな勢いでタルソムが言う。
「うーん、それも手かもしれないけど、相手に追いつこうとやりだしたらキリがないし、この国には資金もないだろ?」
 今後、聖樹教や帝都はこの国にどれほどの後押しをするつもりなのだろう。

「おそらく、この国も近々キャピラリーに繋げようという流れにはなるのではないかとは思う。そのために、アンテナが建てられる。まずはそれを制限したほうがいいと提言したいところだけどそれはまあ置いておいて、敵が襲ってきたらそれをまず切ることを進める。物理的に壊すみたいなイメージ。これで敵側の本部との連絡は絶てる。イメージつくかな。」
 全員がポカンとしている。ネットワークの話は別途したほうがよさそうだ。まずは、この作戦を止める方法を考えよう。

「まあいいや、とにかくアンテナがあった場合はその機能を停止させる。それでも船本体に衛星アンテナがついているだろうし、隊内での通信は可能だろうから、まずは通信兵と彼の乗っているであろう1機目の浮船を狙うのがこちら側の作戦の肝と心得て欲しい。そこを断つことができれば、勝機は見えるかもしれない。」
「通信兵ってつまり連絡係みたいなものだら?」
 ジュネが解せぬ、という顔をしている。必死こいて連絡係と船を1機停止させるより戦闘兵の一人でも削ったほうがいいに決まっていると言いたげだ。
「そう、連絡手段を断つ。さっきヘルマーが言った心強さをへし折るところから始めようって話。」
 そんなことをしたって、銃の数は減らないだろう、もっと必殺技的な何かを教えろよとジュネの目が言っている。
「通信を止めたら、運が良ければ機械兵は止まる。止まらない可能性もあるけど。まあそれは置いておいて、あとは城以外の逃げ込む場所があったらいい。森の中とかだとなお良いな。村人が一か所に固まらないようにするのがいい。要は持久戦に持ち込むことだ。」
「敵の横のつながりを断てば、不安になる…。持久戦によって、不安を増長させるのか?」
 タルソムが隊長らしくなってきた。
「ご明察。彼らは通信に頼ることが当たり前になっている。攻略する土地の地理も、前もって頭に叩き込むという習慣がない。その場その場で情報は得られるからな。それを、未知の土地で手放したら途端に迷子の兵士になる。自国での防戦と言えば、地の利を生かせるのが最大の武器だ。高地であることで、人数と侵略経路は絞ることができたのと同じだ。地の利がある上で横のつながりを失った個人であれば、やっとおたくらも1対1で戦える可能性が出てくる。例えば真っ暗な森の中とか、真冬の雪の中なんかで長い間彷徨ったら、慣れていない人間は精神的に追い込まれて銃もまともに構えられなくなる。」
 要は原始的なこの村の人間が利便性になれた現代的な人間と戦う場合、より相手の身ぐるみを剥いで動物対動物の戦いに近づけることができれば、勝機が生まれるということだ。裸の殴り合いなら、彼らだって負けないだろう。
「昨日の練習で、おたくら4人はそれぞれ個別に俺に挑んできた。同時に攻める機会を与えたのに、それぞれ自分だけのタイミングで好き勝手に攻撃してきた。でももしこれを例えば二人一組で仕掛ける技なんかを身に着けたら、結果は違うものになるかもしれない。迷子の兵士も怖くないだろう。敵兵を村中に散らせて、相手の勝手のわからない場所で一人ずつ。50組対40人だから、一組当たり0.8人倒せれば勝てるな。」
 ただし、そのためには今以上の鍛錬を100人が永続的に続けなければならいが。

「いける気がしてきた!」
 カイルが目を輝かせる。
「ただし、今のはただ一例だ。ある程度の文明を有した組織が攻めてきた場合の一番あり得そうな攻撃パターンの見本に過ぎない。まずは何より敵を作らないことが重要なわけだから、王子君や君の父君がまずは外交でうまくやっていくのが何よりの防衛だよ。」
 あの王なら、のらりくらりと上手いことやりそうには見えるから、今のところ極端に恐れる必要もないと考えて問題は無さそうではあるが。
「そうだよね、相手を怒らせてミサイルを撃ち込まれたら、一撃だもんなあ。」
 カイルが真面目な顔をして、子供らしい極論を言う。
「まあね、そのためには敵がなんで攻めてきているのかを知るのも重要だな。侵略が目的なら、街や城をぶち壊す方法は取らないだろう。強奪の場合は向こうは脅しも兼ねて必要以上の破壊もするだろう。ここの民族に強い恨みがあれば、ミサイルで一撃かもしれない。目的によって相手の戦い方も変わる。そこを見定めて作戦を立てる必要があるな。この土地なら心配ないとは思うが、魔物が襲ってくる場合もある。そんな時はいまの考え方は全く役に立たない。」

 タルソムがふうと大きく息を吐いた。
「貴殿がなんで今日は座学にしてくれたのか、理解ができた。我々はただ剣の稽古をしていれば良いというわけではないのだな。難しいが…考え方はとても参考になった。まずは外の世界を知らねばならぬな。」
 残りの4人も深く頷いた。
「お前、本当に19か?」
 バートンが訝し気にアレックスを見た。他のものもそうだそうだ、という顔をする。
「ああ俺もまだ卒業したばかりの訓練生だよ。実戦経験はそこまで多くはない。だから、今の俺の言葉は机上の論理でしかない。ここの土地ならではの事情もあるだろうから、常に情報を得て、自分たちで常に考えている必要があると思う。」

 カイルからのやたら熱い視線を感じたが、今日はこれで終わりにしようとなった。
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登場人物紹介

アレックス

アレックス・レイバーン(19)。王都軍諜報部隊ヴァンサーの訓練候補生。ヴァンサー創立以来の逸材らしく、潜在能力特S評価。加えてその長身と整った顔立ちでモテまくっている(ソラ談)らしいが、本人はそんなことより普通にお金が好き。荷物が少ない。趣味は読書と昼寝。幼少期の記憶を失っているが本人は気にしてない。人混みが苦手。色弱。

ニナ

ニナ・グレンヴィル(20)。ルクノルディア王の長女であり、ど田舎娘。特技は絶品と呼び声の高い歌モノマネ。めちゃめちゃ似てると、村のおじさんおばさんには大人気。よく食べよく寝てよく笑う。ただし寝すぎには要注意。

ソラ

ソラ・バサロヴァ(19)。ルクノルディア王国王女ニナ付の侍従で聖樹教の聖職者。幼児の頃の事故で左半身の一部が義体。潔癖気味のギタリスト。彼に弾けない弦楽器はないらしい。アレックスに言わせると腹黒聖職者。ニナとは幼馴染で彼女だけには激甘。

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