辺境の小国へ ①
文字数 1,418文字
天は高く、畑の作物はおおかた刈り取られている。畑のあちこちに積まれた麦穂が山になって点在していた。周囲を取り囲んで聳える峰々は既に雪を被っている。空からはたっぷりと陽光が降り注いでいたが、山から流れてくる穏やかに風には、短い季節の終わりを告げる粒子が含まれているようだった。
盛りには緑一面であったであろう今は金色に染まった小麦畑を縫ったかのように、舗装のない一本道が続いていた。そこを毛足の長い大山羊が引く荷車がのんびりと進んでいく。
荷台には収穫した小麦が積まれ、御者である農夫は穏やかな陽光に揺られて居眠りをしているかもしれなかった。荷台の小麦の穂の山に寄りかかるように埋もれ、揺られて居眠りしている男がもう一人。鈍く深い色合いのフードを目深に被っており、年端や顔立ちは判然しない。時折、艶やかな塗装の自動車やキャンピングカーが大山羊がひく木製の荷車を追い抜いて行った。僅かに砂塵が舞う。
「兄ちゃん、山を越えてぎたって本当さー?」
耳馴染みのないイントネーションで、初老の農夫が荷台の男に声をかける。農夫はちゃんと起きていた。車輪が時折音を立ててはいても、動力に機械を使っていない荷車なら声は届く。
「うん、まあ。」
フードの男は、夢の中から返事をしたのかもしれない。小脇には厚い麻布でできた背負い鞄がひとつ。まだ容量にはゆとりがありそうだった。
「そりゃけったいなことさ。最近、トンネルが開通したら。知らんがったさ?」
農夫は目尻を下げて笑った。そのトンネルを抜けてきたであろう、古びたワゴン車がまた一台、荷車を抜いていった。
「兄ちゃんも麦星祭を見にきただら?」
麦星祭。渡された資料にも簡単に記述があった。この村の伝統の収穫祭だという。時折追い抜いていく自動車は、それを目的にやってきた外部からのものだろう。トンネルが開通するまでは、この村はここ十数年は外部への門戸を閉じて、外の人間も文明の利器も受け入れていなかったという。
「いや俺は…仕事、みたいな…。」
正確にはこれが資格試験となる任務であるが、説明が難しい。
「仕事だのにわざわざ雪山を超えてきたさ?」
初老の農夫は愉快そうに笑う。山越えを選んだ理由は、約束の到着日より早くついてしまいそうだったので時間潰しのためだ。
目的の村が近づいてくる。一帯に集落はここしかない。石造りの民家が並んだ街並みの奥に飛び出して高い建物がひとつ。この小さな王国ルクノルディアの城だ。そこが男の目的地だった。城の向こうには針葉樹林が広がっており、その奥には剣先鋭い山脈。この地域に魔物の気配は全くなかった。
集落の入り口で荷馬車から降ろされた。農夫の家は集落からは少し離れているとのことだった。フードの男は一礼して荷馬車を見送る。
城までは石畳の緩やかな勾配になっており、左右に民家や各種の小さな店が点在していた。道に沿って水路が張り巡らせられていおり、民家の敷地にはそれぞれ専用の小さな橋がかけられている。そこかしこに積まれた石垣に生した苔や着生した植物たちがこの地域の歴史が浅くないことを物語っていた。現代の都市では味わえない風情を外部からの観光客も楽しんでいるようだ。
現地の人間との見分けはその服装で一目瞭然だった。また、大陸の辺境で長い期間に渡り外部の世界と距離を置いてきた国の人種は単一だった。祭りが近いためか現地の人間もそれなりに往来があり、これが日常ではない空気を感じた。
盛りには緑一面であったであろう今は金色に染まった小麦畑を縫ったかのように、舗装のない一本道が続いていた。そこを毛足の長い大山羊が引く荷車がのんびりと進んでいく。
荷台には収穫した小麦が積まれ、御者である農夫は穏やかな陽光に揺られて居眠りをしているかもしれなかった。荷台の小麦の穂の山に寄りかかるように埋もれ、揺られて居眠りしている男がもう一人。鈍く深い色合いのフードを目深に被っており、年端や顔立ちは判然しない。時折、艶やかな塗装の自動車やキャンピングカーが大山羊がひく木製の荷車を追い抜いて行った。僅かに砂塵が舞う。
「兄ちゃん、山を越えてぎたって本当さー?」
耳馴染みのないイントネーションで、初老の農夫が荷台の男に声をかける。農夫はちゃんと起きていた。車輪が時折音を立ててはいても、動力に機械を使っていない荷車なら声は届く。
「うん、まあ。」
フードの男は、夢の中から返事をしたのかもしれない。小脇には厚い麻布でできた背負い鞄がひとつ。まだ容量にはゆとりがありそうだった。
「そりゃけったいなことさ。最近、トンネルが開通したら。知らんがったさ?」
農夫は目尻を下げて笑った。そのトンネルを抜けてきたであろう、古びたワゴン車がまた一台、荷車を抜いていった。
「兄ちゃんも麦星祭を見にきただら?」
麦星祭。渡された資料にも簡単に記述があった。この村の伝統の収穫祭だという。時折追い抜いていく自動車は、それを目的にやってきた外部からのものだろう。トンネルが開通するまでは、この村はここ十数年は外部への門戸を閉じて、外の人間も文明の利器も受け入れていなかったという。
「いや俺は…仕事、みたいな…。」
正確にはこれが資格試験となる任務であるが、説明が難しい。
「仕事だのにわざわざ雪山を超えてきたさ?」
初老の農夫は愉快そうに笑う。山越えを選んだ理由は、約束の到着日より早くついてしまいそうだったので時間潰しのためだ。
目的の村が近づいてくる。一帯に集落はここしかない。石造りの民家が並んだ街並みの奥に飛び出して高い建物がひとつ。この小さな王国ルクノルディアの城だ。そこが男の目的地だった。城の向こうには針葉樹林が広がっており、その奥には剣先鋭い山脈。この地域に魔物の気配は全くなかった。
集落の入り口で荷馬車から降ろされた。農夫の家は集落からは少し離れているとのことだった。フードの男は一礼して荷馬車を見送る。
城までは石畳の緩やかな勾配になっており、左右に民家や各種の小さな店が点在していた。道に沿って水路が張り巡らせられていおり、民家の敷地にはそれぞれ専用の小さな橋がかけられている。そこかしこに積まれた石垣に生した苔や着生した植物たちがこの地域の歴史が浅くないことを物語っていた。現代の都市では味わえない風情を外部からの観光客も楽しんでいるようだ。
現地の人間との見分けはその服装で一目瞭然だった。また、大陸の辺境で長い期間に渡り外部の世界と距離を置いてきた国の人種は単一だった。祭りが近いためか現地の人間もそれなりに往来があり、これが日常ではない空気を感じた。