グレンヴィル家
文字数 4,919文字
「今年は外部からのお客様も多いから、なんだか緊張しちゃうなー。」
ニナは自分が参加するという聖歌隊のことを言っているらしかった。森の木々の間を歩いて城へ戻る。
ニナは花冠を11個作り終え、そのうちアレックスが5個、ニナが5個持って呑気に歩いて村へ戻る。あとの1個はニナによりアレックスの頭に戴冠されている。この状況は呑気、という言葉がなんだかぴったりはまった。緊張しているというが、なんとも疑わしい。大型犬のニルンとヤギと鶏とアヒルがひょこひょことあとに続く。なんの隊列だろう。湖に流れ込んでいるであろう清流をたびたび超える。小さな木の橋を通ったり、岩を足場にして飛び越える。朝のトレーニングで走ったときや、先ほど遺跡に向かって歩いているときとまるで違う景色に見えた。ヤギか鶏かアヒルが隊列から外れそうになるとニルンが誘導して隊列に戻す。シカやカラス、リスなどの他の動物たちはそれぞれ森に帰っていった。
花冠は湖岸に誰かが用意していた大きなザルに並べた。そのまま祭りが始まるまでは湖にザルごと浮かべて、萎れないようにするらしい。祭りの準備をしている村人の視線を感じる。他所者が馴染みの村娘のニナといるからだろう。
中年の女が一人、こちらへ足早にやってきた。マーサおばさんだろうか。それともターシャおばさん?ニナに現地語で何かを言っている。それを受けてニナがアレックスに向き直った。
「アレックス、私もう行かないとだって。手伝てくれてありがとござました。ええと、お話できて良かった。」
手伝い、とは頼まれて花冠の材料になる花を摘んで集めたことを指しているらしかった。ニナは軽く膝を落として会釈した後、呼びに来た女に急かされるように小走りで城の方へと消えていった。犬、鶏、アヒルが後に続く。ヤギは自由に湖畔を散策し始めた。
端末で時間を確認すると、ソラに指定されている時間に近づいていた。ニナの後を追う動物のうちの一匹のようにアレックスも城へと向かった。
任務の依頼人である国王への謁見だが、流石にフォーマルなど用意していない。とはいえフード付きのコートが制服でもあるので、羽織ってしまえば問題なかった。いや、もしかしたら問題があるのかもしれないが、マナー的なものにアレックスは全く興味がないので判断し得ない上にどう思われようと気にしない性格だった。これが評価に影響するなら、その時に考えればいい。時間が近づいて、ソラが部屋に現れる。聖職者の正装をしていた。
「行きますかー。」
きれいに切り揃えられた前髪には、聖職者のコートがやたら似合っていた。アレックスはソラの後に続く。
「硬くならなくて大丈夫だからねー。王様っても田舎の村長さんと同じだから。一応ボクもこんな格好してるけど、中身はこれだから。」
ソラは長いマントの裾から足を上げて開けさせると、昨日と同じ短パンにスニーカーだった。ひざ下の刺青が覗く。緊張感がないのはこの国の国民性かもしれない。コートの下がスウェットのパーカーのアレックスにはちょうど良かった。いつか移住するならこんな村がいい。(蛇足ではあるが、コートにもスウェットにもフードがついていることは指摘されなくても自覚している。アレックスは自他共に認めるフーディスト(そんな言葉があるのなら)だ。)
「…寝てた?」
ソラがアレックスを見て言う。寝ぐせが出来てるよ、と指摘されたので適当にもしゃもしゃさせておく。
「全然硬くなってなかったね。」
寝ぐせを治すつもりのないアレックスを見てソラが笑う。そもそも元が癖毛だから適当にもしゃっておけばバレないだろう。バレても構わないが。
ソラに続いて到着した玉座の間は本棟の2階だ。正門からではなく別棟に続く脇の扉から入室した。ただの雇われ用心棒に謁見するのに玉座の間とは大袈裟な印象だ。そもそも外部からの客人が少ないためかもしれない。村人たちと同じで客人慣れしていないのは先方のようだ。
隅に配されたベンチでソラと並んで玉座の主を待つ。玉座の上手には槍を携えた兵士が一人、微動だにせず立っている。厚いカーテンが下がった通用口があり、王はその向こうにいるのだとわかる。兵士は一、二度、鋭い視線だけをアレックスに向けたが、アレックスは気づかないふりをした。正面扉から玉座までは細かい模様が織り込まれた絨毯が続き、天からは重量のありそうなシャンデリアが下がっている。今はその蝋燭に火は灯されていない。
玉座の背後の壁には等間隔に明り取りの窓があり、パターン模様のステンドガラスがはめ込まれていた。窓のと窓の間には、何かの物語の一場面を描いたと思われるタペストリーが下がっていた。また、広間の壁には等間隔に装飾の施された燭台がはめ込まれていた。こちらも火は灯されていない。
事前資料にも記載があったが、ソラによると現国王に世代交代してからまだ日は浅いとのことだった。先代は湖畔の別荘に移り住んで、悠々自適の日々らしい。広間は声が響くため、声を潜めながらソラが話す。
「今日のお祭り、一通りのセレモニーが終わったらまあ無礼講なんだけど、その時ボクとニナのバンドも演奏するから聴いてってね。」
ソラの意識は目の前の顔合わせではなく、完全に今夜のお祭りに持っていかれている。そういえばニナといえばさっき森で…と言いかけた時、玉座上手の兵士が手に持った槍で床を2度ついた。
「ルクノルディア国王、グレンヴィル王!」
広間に兵士の声が響き、アレックスとソラは起立して前へ出る。
兵士の脇の厚い織カーテンから、ビロードのマントをまとい髭を蓄え、頭に王冠を載せたいかにも国王という風体の、中年とはいえ精悍な男が現れた。アレックスとソラは一礼する。王は広間に入るや好奇の目でアレックスを見た。
「どうもどうも、お待たせしたね、王様でーす。」
アレックスは先ほどソラが言っていたことを瞬時に理解した。
王の後から、后と思われる女性と、息子であろう若い男が現れた。肝心の姫らしき人物は続かない。王が中央の玉座に座り、后が右隣、王子左隣に配された椅子に座る。后のさらに右隣りが一つ空いているのでそこが王女の席ということだろう。王子も父親と同じ好奇の目でアレックスを見るが、后は目を伏せている。
「見りゃわかると思うけど、私がニナの父ね、隣が母親、そこにいるのが弟、肝心のニナは遅刻だね。申し訳ない。」
まるで申し訳なさそうではなかったが、この人柄では敵は少ないだろう。一国の王たる資質として、このような要素は有効だろうなとアレックスは思った。
「アレックス・レイバーンです。」
改めて頭を下げる。
「噂通りの男前だね、モテるでしょ??ねえ、ヒルダ。」
話を振られて、后は初めてまともにアレックスを見た。王に比べると、彼女はいかにも后然としている。高貴の出なのだろうが、事前資料にはそこまでの詳述はなかった。
「ええ、本当に。」
上品な笑みと共に、アレックスと目を合わせる。アレックスは答える代わりに軽く頭を下げる。誰もがそうだろうが、外見の指摘についてはいつも回答に困る。モテないわけではないとは思うが、この場合はモテます、が正しい回答だろうか。
「めちゃめちゃモテてましたー。」
代わりににソラが答えた。何と(誰と)比較してめちゃめちゃなのかアレックスには分らなかったが、わからないので否定もできない。そして同級とはいえ、接点のなかったソラがなんでそんなことまで知っているのかもわからない。
でしょうでしょう、と王が満足げに笑う。
王家ともなると、Fiol語も自然に使いこなすらしい。となると、さっきの少女はやっぱりただの村娘なのかもしれないな、などと考える。
「そのうえ、ソラによれば物凄く優秀らしいじゃないか。天は二物を与えるねえ。」
娘の護衛を任せるにしてはお気楽だな、という印象である。訓練生で本当に大丈夫か、と訝しまれるものだと覚悟していたので、肩透かしを食らった気分だ。
「これが最終試験になりますので、優秀か否かの評価が下されるのはその結果次第かと。」
失敗は王女の身の危険を意味するし、最悪はアレックスの命もないだろう。生き延びたとしても、試験に失敗となったら軍の一兵卒かフリーの傭兵といったところが残された将来の展望となるが、どちらも御免被りたい。
「わはははは、謙遜するねえ~。最近の都会の若者はこんな遠慮深いの?」
アレックスとソラの両方に向かって愉快そうに笑いながら言った。都会と田舎で違いがあるのだろうかと思ったそのとき、カーテンの向こうから「おくれましたーー!」と少女が現れた。まさかと思えばいいのか、やっぱりと思えばいいのか、まさしく先ほど森で一緒にいたニナだった。
やはり、彼女が王女ニナだったのだ。20歳、という事前資料の情報に惑わされ、自分の洞察が狂っていたことを認めざるを得ない。アレックスとソラは王女の登場に、形だけでも身を屈める。先ほども行動を共にしていた大型犬のニルンが横についてきていたが、ニナは先ほどとは違う出で立ちであった。急いで后の横の椅子に腰を掛ける。その脇にニルンが侍る。横の王妃が眉を顰めて、走らないではしたない、と密やかに咎める。
「あれ、アレックスだ。」
王妃の小言もそこそこに、ニナがアレックスの姿を認める。王女らしい風格はまったくなく、先ほど森で邂逅したときと変わらぬ態度だった。20歳?といまだにアレックスの脳内を疑問符が駆け巡る。もしかしたら事前資料のほうに不備があったのかもしれない。
「なんだ、もう知り合ってるのか。」
王と同じように、ソラも驚いたようにアレックスをみた。
「あのね、さっき、森で聖歌隊の花冠づくり、手伝ってもらったさ、ね。」
屈託のない笑顔をアレックスに向ける。まるで、以前からの知り合いのようである。そのニナの回答に、王妃がまた密やかに噛みついた。あなたもしかしてまたひとりで森に入ったの、といったような内容だ。
「ひとりじゃないさお母さま。アレックスとニルンとゴトと、ココとダコが一緒。」
ニナは喧嘩を売っているのではなく、大真面目に事実を伝えているつもりらしい。心配ないら?とでも言いたげである。ゴト、ココ、ダコはおそらくヤギと鶏とアヒルの名前だろう。それがひとりって言うのよ、それに何なのその恰好、マリサは何してるの?と王妃の密やかな小言は皆に聞こえるように続いた。ニナはおくれ毛が目立つとはいえその明るい髪をアップにして、先ほどの村娘然とした木綿のワンピースから深い色合いの絹のドレスに着替えていたが、王妃には気に食わなかったらしい。
「なかなか始まらないね。」
アレックスにだけ聞こえるように、愉快そうにソラが言った。
「まあまあ、堅苦しい会でもないからいいじゃないか、ヒルダ。」
話が進まなくなったことで王が場を納める。王妃は納得いかないようだったが大人しく居直った。ニナが登場してから、場の空気が一気に変わったのはこの場にいる全員が感じているはずだった。当の本人以外は。
「はっはっは、我が国は来客に慣れてなくてね、すまないねえ。では、改めて、これが長女のニナだ。今回、君に護衛をお願いすることになる。見ての通り、世間知らずの田舎娘だ。迷惑を掛けることも多いと思うが、どうかよろしく頼みたい。」
王が玉座に坐したまま、頭を下げる。アレックスも合わせて深く礼をした。ニナが、え、そうなの?と状況を初めて知ったというような反応をしているのが、視界の外でも感じられた。この接見の目的を聞かされてこなかったのだろうか。
「ソラもいることだし、二人で力を合わせて楽しく元気に旅をしてくれたらと思っているよ。」
王が一瞬だけ、寂しそうな表情を見せた気がした。やはり、愛娘が長期間に渡って離れるのが心配なのだろうか。旅は六聖樹の巡礼だ。予定では早く回れて半年から一年とされていた。現時点では契約は9か月である。9か月を超えた場合はアレックスの試験期間も終了するので、状況をみて次の後継者またはヴァンサーにでも引き継がれると予測している。それは未定事項のはずだ。
ニナは自分が参加するという聖歌隊のことを言っているらしかった。森の木々の間を歩いて城へ戻る。
ニナは花冠を11個作り終え、そのうちアレックスが5個、ニナが5個持って呑気に歩いて村へ戻る。あとの1個はニナによりアレックスの頭に戴冠されている。この状況は呑気、という言葉がなんだかぴったりはまった。緊張しているというが、なんとも疑わしい。大型犬のニルンとヤギと鶏とアヒルがひょこひょことあとに続く。なんの隊列だろう。湖に流れ込んでいるであろう清流をたびたび超える。小さな木の橋を通ったり、岩を足場にして飛び越える。朝のトレーニングで走ったときや、先ほど遺跡に向かって歩いているときとまるで違う景色に見えた。ヤギか鶏かアヒルが隊列から外れそうになるとニルンが誘導して隊列に戻す。シカやカラス、リスなどの他の動物たちはそれぞれ森に帰っていった。
花冠は湖岸に誰かが用意していた大きなザルに並べた。そのまま祭りが始まるまでは湖にザルごと浮かべて、萎れないようにするらしい。祭りの準備をしている村人の視線を感じる。他所者が馴染みの村娘のニナといるからだろう。
中年の女が一人、こちらへ足早にやってきた。マーサおばさんだろうか。それともターシャおばさん?ニナに現地語で何かを言っている。それを受けてニナがアレックスに向き直った。
「アレックス、私もう行かないとだって。手伝てくれてありがとござました。ええと、お話できて良かった。」
手伝い、とは頼まれて花冠の材料になる花を摘んで集めたことを指しているらしかった。ニナは軽く膝を落として会釈した後、呼びに来た女に急かされるように小走りで城の方へと消えていった。犬、鶏、アヒルが後に続く。ヤギは自由に湖畔を散策し始めた。
端末で時間を確認すると、ソラに指定されている時間に近づいていた。ニナの後を追う動物のうちの一匹のようにアレックスも城へと向かった。
任務の依頼人である国王への謁見だが、流石にフォーマルなど用意していない。とはいえフード付きのコートが制服でもあるので、羽織ってしまえば問題なかった。いや、もしかしたら問題があるのかもしれないが、マナー的なものにアレックスは全く興味がないので判断し得ない上にどう思われようと気にしない性格だった。これが評価に影響するなら、その時に考えればいい。時間が近づいて、ソラが部屋に現れる。聖職者の正装をしていた。
「行きますかー。」
きれいに切り揃えられた前髪には、聖職者のコートがやたら似合っていた。アレックスはソラの後に続く。
「硬くならなくて大丈夫だからねー。王様っても田舎の村長さんと同じだから。一応ボクもこんな格好してるけど、中身はこれだから。」
ソラは長いマントの裾から足を上げて開けさせると、昨日と同じ短パンにスニーカーだった。ひざ下の刺青が覗く。緊張感がないのはこの国の国民性かもしれない。コートの下がスウェットのパーカーのアレックスにはちょうど良かった。いつか移住するならこんな村がいい。(蛇足ではあるが、コートにもスウェットにもフードがついていることは指摘されなくても自覚している。アレックスは自他共に認めるフーディスト(そんな言葉があるのなら)だ。)
「…寝てた?」
ソラがアレックスを見て言う。寝ぐせが出来てるよ、と指摘されたので適当にもしゃもしゃさせておく。
「全然硬くなってなかったね。」
寝ぐせを治すつもりのないアレックスを見てソラが笑う。そもそも元が癖毛だから適当にもしゃっておけばバレないだろう。バレても構わないが。
ソラに続いて到着した玉座の間は本棟の2階だ。正門からではなく別棟に続く脇の扉から入室した。ただの雇われ用心棒に謁見するのに玉座の間とは大袈裟な印象だ。そもそも外部からの客人が少ないためかもしれない。村人たちと同じで客人慣れしていないのは先方のようだ。
隅に配されたベンチでソラと並んで玉座の主を待つ。玉座の上手には槍を携えた兵士が一人、微動だにせず立っている。厚いカーテンが下がった通用口があり、王はその向こうにいるのだとわかる。兵士は一、二度、鋭い視線だけをアレックスに向けたが、アレックスは気づかないふりをした。正面扉から玉座までは細かい模様が織り込まれた絨毯が続き、天からは重量のありそうなシャンデリアが下がっている。今はその蝋燭に火は灯されていない。
玉座の背後の壁には等間隔に明り取りの窓があり、パターン模様のステンドガラスがはめ込まれていた。窓のと窓の間には、何かの物語の一場面を描いたと思われるタペストリーが下がっていた。また、広間の壁には等間隔に装飾の施された燭台がはめ込まれていた。こちらも火は灯されていない。
事前資料にも記載があったが、ソラによると現国王に世代交代してからまだ日は浅いとのことだった。先代は湖畔の別荘に移り住んで、悠々自適の日々らしい。広間は声が響くため、声を潜めながらソラが話す。
「今日のお祭り、一通りのセレモニーが終わったらまあ無礼講なんだけど、その時ボクとニナのバンドも演奏するから聴いてってね。」
ソラの意識は目の前の顔合わせではなく、完全に今夜のお祭りに持っていかれている。そういえばニナといえばさっき森で…と言いかけた時、玉座上手の兵士が手に持った槍で床を2度ついた。
「ルクノルディア国王、グレンヴィル王!」
広間に兵士の声が響き、アレックスとソラは起立して前へ出る。
兵士の脇の厚い織カーテンから、ビロードのマントをまとい髭を蓄え、頭に王冠を載せたいかにも国王という風体の、中年とはいえ精悍な男が現れた。アレックスとソラは一礼する。王は広間に入るや好奇の目でアレックスを見た。
「どうもどうも、お待たせしたね、王様でーす。」
アレックスは先ほどソラが言っていたことを瞬時に理解した。
王の後から、后と思われる女性と、息子であろう若い男が現れた。肝心の姫らしき人物は続かない。王が中央の玉座に座り、后が右隣、王子左隣に配された椅子に座る。后のさらに右隣りが一つ空いているのでそこが王女の席ということだろう。王子も父親と同じ好奇の目でアレックスを見るが、后は目を伏せている。
「見りゃわかると思うけど、私がニナの父ね、隣が母親、そこにいるのが弟、肝心のニナは遅刻だね。申し訳ない。」
まるで申し訳なさそうではなかったが、この人柄では敵は少ないだろう。一国の王たる資質として、このような要素は有効だろうなとアレックスは思った。
「アレックス・レイバーンです。」
改めて頭を下げる。
「噂通りの男前だね、モテるでしょ??ねえ、ヒルダ。」
話を振られて、后は初めてまともにアレックスを見た。王に比べると、彼女はいかにも后然としている。高貴の出なのだろうが、事前資料にはそこまでの詳述はなかった。
「ええ、本当に。」
上品な笑みと共に、アレックスと目を合わせる。アレックスは答える代わりに軽く頭を下げる。誰もがそうだろうが、外見の指摘についてはいつも回答に困る。モテないわけではないとは思うが、この場合はモテます、が正しい回答だろうか。
「めちゃめちゃモテてましたー。」
代わりににソラが答えた。何と(誰と)比較してめちゃめちゃなのかアレックスには分らなかったが、わからないので否定もできない。そして同級とはいえ、接点のなかったソラがなんでそんなことまで知っているのかもわからない。
でしょうでしょう、と王が満足げに笑う。
王家ともなると、Fiol語も自然に使いこなすらしい。となると、さっきの少女はやっぱりただの村娘なのかもしれないな、などと考える。
「そのうえ、ソラによれば物凄く優秀らしいじゃないか。天は二物を与えるねえ。」
娘の護衛を任せるにしてはお気楽だな、という印象である。訓練生で本当に大丈夫か、と訝しまれるものだと覚悟していたので、肩透かしを食らった気分だ。
「これが最終試験になりますので、優秀か否かの評価が下されるのはその結果次第かと。」
失敗は王女の身の危険を意味するし、最悪はアレックスの命もないだろう。生き延びたとしても、試験に失敗となったら軍の一兵卒かフリーの傭兵といったところが残された将来の展望となるが、どちらも御免被りたい。
「わはははは、謙遜するねえ~。最近の都会の若者はこんな遠慮深いの?」
アレックスとソラの両方に向かって愉快そうに笑いながら言った。都会と田舎で違いがあるのだろうかと思ったそのとき、カーテンの向こうから「おくれましたーー!」と少女が現れた。まさかと思えばいいのか、やっぱりと思えばいいのか、まさしく先ほど森で一緒にいたニナだった。
やはり、彼女が王女ニナだったのだ。20歳、という事前資料の情報に惑わされ、自分の洞察が狂っていたことを認めざるを得ない。アレックスとソラは王女の登場に、形だけでも身を屈める。先ほども行動を共にしていた大型犬のニルンが横についてきていたが、ニナは先ほどとは違う出で立ちであった。急いで后の横の椅子に腰を掛ける。その脇にニルンが侍る。横の王妃が眉を顰めて、走らないではしたない、と密やかに咎める。
「あれ、アレックスだ。」
王妃の小言もそこそこに、ニナがアレックスの姿を認める。王女らしい風格はまったくなく、先ほど森で邂逅したときと変わらぬ態度だった。20歳?といまだにアレックスの脳内を疑問符が駆け巡る。もしかしたら事前資料のほうに不備があったのかもしれない。
「なんだ、もう知り合ってるのか。」
王と同じように、ソラも驚いたようにアレックスをみた。
「あのね、さっき、森で聖歌隊の花冠づくり、手伝ってもらったさ、ね。」
屈託のない笑顔をアレックスに向ける。まるで、以前からの知り合いのようである。そのニナの回答に、王妃がまた密やかに噛みついた。あなたもしかしてまたひとりで森に入ったの、といったような内容だ。
「ひとりじゃないさお母さま。アレックスとニルンとゴトと、ココとダコが一緒。」
ニナは喧嘩を売っているのではなく、大真面目に事実を伝えているつもりらしい。心配ないら?とでも言いたげである。ゴト、ココ、ダコはおそらくヤギと鶏とアヒルの名前だろう。それがひとりって言うのよ、それに何なのその恰好、マリサは何してるの?と王妃の密やかな小言は皆に聞こえるように続いた。ニナはおくれ毛が目立つとはいえその明るい髪をアップにして、先ほどの村娘然とした木綿のワンピースから深い色合いの絹のドレスに着替えていたが、王妃には気に食わなかったらしい。
「なかなか始まらないね。」
アレックスにだけ聞こえるように、愉快そうにソラが言った。
「まあまあ、堅苦しい会でもないからいいじゃないか、ヒルダ。」
話が進まなくなったことで王が場を納める。王妃は納得いかないようだったが大人しく居直った。ニナが登場してから、場の空気が一気に変わったのはこの場にいる全員が感じているはずだった。当の本人以外は。
「はっはっは、我が国は来客に慣れてなくてね、すまないねえ。では、改めて、これが長女のニナだ。今回、君に護衛をお願いすることになる。見ての通り、世間知らずの田舎娘だ。迷惑を掛けることも多いと思うが、どうかよろしく頼みたい。」
王が玉座に坐したまま、頭を下げる。アレックスも合わせて深く礼をした。ニナが、え、そうなの?と状況を初めて知ったというような反応をしているのが、視界の外でも感じられた。この接見の目的を聞かされてこなかったのだろうか。
「ソラもいることだし、二人で力を合わせて楽しく元気に旅をしてくれたらと思っているよ。」
王が一瞬だけ、寂しそうな表情を見せた気がした。やはり、愛娘が長期間に渡って離れるのが心配なのだろうか。旅は六聖樹の巡礼だ。予定では早く回れて半年から一年とされていた。現時点では契約は9か月である。9か月を超えた場合はアレックスの試験期間も終了するので、状況をみて次の後継者またはヴァンサーにでも引き継がれると予測している。それは未定事項のはずだ。