麦星祭 第2部

文字数 1,647文字

 ステージの周辺ではニナを始め聖歌隊の面々が観光客たちに捕まって、撮影会が始まっている。聖歌隊のメンバーはステージ上と違って皆靴を履き、上着も羽織って妖精から人間の少女へ戻ったようだった。

 ステージでは、先程と打って変わって髭面や禿頭の村の親父たちがそれぞれの使い込んだ楽器を携えて、完全な生演奏を始めていた。全世代に音楽が根付いた文化のようだ。アレックスはそっち方面には明るくないが、彼らの技量が一朝一夕で身についたものではなさそうなことくらいはわかる。

 他にやることがないからね、とソラが言った。テレビも城に1台あるだけだし、受信できても1局だけ。もちろんネットワーク《キャピラリー》には繋がっていない。農作業のない時期は、本を読むかギターを弾くか呑むか歌うことくらいしかやることがない、と言うのがソラの弁だった。それって最高に天国だとアレックスは思う。

 おやじバンドはまったりと何曲かを演奏し終えると、ステージ上の親父たちの一人がマイクを通してソラを呼んだ。どこだ、はよ来い、お前も参加しろ、と少し酔っ払った様子で言っている。観客たちも興味深げに呼ばれている相手を探している。

「ごめん、ちょっと行ってくるね。」

 ソラは苦笑いしてから、小走りでステージへ向かった。アレックスは空いたグラスを返しがてら、さらにワインを1杯もらった。近くの屋台の女性に呼び止められて、おつまみにどうぞ!と串に刺してある何かを半ば強引に渡された。礼を言ってその場を後にした瞬間、彼女たちが何だかキャッキャとはしゃいでいるのが聞こえた。

 適当に空いている椅子に座る。ステージではソラがアコースティックギターを片手にステージに上がった所だった。観客に拍手で迎えられている。親父バンドの中に若手が一人混じるだけで、空気がガラリと変わった。

 先程ソラを呼び出した、眼力が鋭く立派な髭を蓄えたリーダーらしき初老の男の合図で曲が始まった。この地方の伝統歌謡のようであった。陽気な雰囲気でダメ親父が人生を謳歌している、ような印象の曲だった。髭親父が、ギターを弾きながら年季の入った低い声で軽く歌い上げる。ソラや他のメンバーも時折合いの手を入れる。例の如く、現地の言葉なので何を歌っているのかはわからないが、陽気で簡単な合いの手はすぐに観客も覚えて参加し始めていた。

 先程半ば強引に渡された串は、甘辛く味付けされた鶏肉と野菜が交互に刺されたものだった。美味い。酒が進む。ワインも美味い。

 ステージ上では、曲のテンポがだんだん早くなっていっていた。合いの手もそれに合わせてどんどん早くなっていく。ステージ上の演者も観客もボルテージが上がって、もうこれ以上は無理です、という限界までスピードが上がったところで、曲は終わった。曲が終わってもソラがギターを鳴らし続け、イタズラな顔をして観客を煽る。村人も観光客も一体となって歓声を上げた。

 ステージ上の親父たちもその様子を楽しげに眺めている。屋台番をしている村人も、その場から拍手を送る。皆いい顔をしていた。この夜のことはきっと、アレックスも一生忘れないと思った。

 親父バンドの出番が終わって、ステージはまたセット変更に入る。それを背中にして国王がステージに上がり、主に外部の客に向かって挨拶を始めた。
 まずは、この国に訪れてくれたことに対する感謝。辺境の田舎であり、刺激的なレジャーはないが、村人が日々の営みで生み出した美味い地場のものを楽しんで欲しいこと。そして、これから外の世界へ門戸を開いていくこの国を今後も見守ってほしいことなどを述べ、この夜を楽しんで是非欲しい、と言った。最後に麦星に今日この夜を感謝し、世界の平和を祈り、挨拶を締めた。

 拍手が湧き起こる。皆程よく酒が回り、どちらかというと力が入っていた村人たちも肩の力が抜け始めて、会場は和やかに一体化しているように感じられた。
 子供達は焚き火の周りをぐるぐると回って遊んでいる。日常と異なる夜に興奮が醒めないようだった。
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登場人物紹介

アレックス

アレックス・レイバーン(19)。王都軍諜報部隊ヴァンサーの訓練候補生。ヴァンサー創立以来の逸材らしく、潜在能力特S評価。加えてその長身と整った顔立ちでモテまくっている(ソラ談)らしいが、本人はそんなことより普通にお金が好き。荷物が少ない。趣味は読書と昼寝。幼少期の記憶を失っているが本人は気にしてない。人混みが苦手。色弱。

ニナ

ニナ・グレンヴィル(20)。ルクノルディア王の長女であり、ど田舎娘。特技は絶品と呼び声の高い歌モノマネ。めちゃめちゃ似てると、村のおじさんおばさんには大人気。よく食べよく寝てよく笑う。ただし寝すぎには要注意。

ソラ

ソラ・バサロヴァ(19)。ルクノルディア王国王女ニナ付の侍従で聖樹教の聖職者。幼児の頃の事故で左半身の一部が義体。潔癖気味のギタリスト。彼に弾けない弦楽器はないらしい。アレックスに言わせると腹黒聖職者。ニナとは幼馴染で彼女だけには激甘。

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