辺境の小国へ ②
文字数 3,976文字
城門は番兵が簡素な装備で一人立っているだけだった。所属を名乗り用件を伝えると、来城の予定は聞いていると言って、特に持ち物の検査もせずに通してくれた。
城のすぐそばに大きな湖がある。湖と繋がっていると思われる手掘りの水路がそこかしこにあり、水草が揺れて水面が煌めく。案内された通り、正門ではなく裏に回って庭を抜ける。植物の特性を損なわずに、それでも人の手が細部に行き届いた庭だ。周囲の森と違和なく馴染んでいた。野生の小鳥が樹の上でその実を啄んでいる。冬支度に忙しいリスの駆け回る気配も感じた。各種野菜類が区画に分けて行儀良く植えられ、シーツやリネン類も風に揺られていた。
石造りの古く小さい城だ。いつの時代のものなのか、余計な装飾は少なく、周りの自然の景観にひっそりと溶け込んでいる。この建築がこの小国の国民性を象徴していることを、男は密やかに望む。
進むと風を入れるために開け放たれた古い扉があった。城の最も高い塔から一番離れた建物だ。扉の周りには、水を入れたら漏れてきそうな使い古したバケツや、軍手の載った手押し車がある。ここにもハーブの鉢植えが所々にあった。明らかに勝手口だ。中を覗くと通路になっており、両脇には厨房や洗濯場や使用人の仕事場があるようだった。通路にはイモや丸ネギや根菜類が入ったカゴが無造作に置かれている。間も無くして、厨房らしき部屋から恰幅の良い中年女性が前掛けで手を拭きながら通路に出てきた。すぐに訪問者の存在に気づく。
「yao...o...お客さま?」
先ほど荷車に乗せてくれた農夫もそうだったが、公用語は現地語(Lucunordia語)だというが、訛りが強いながらもFiol語も操れるというのは資料にあった通りだ。他国と距離を置いていたとは言え、完全な引きこもりを決め込んでいたわけでもないらしい。
男はフードを脱いで一礼し、身分と訪問の目的を伝えた。そして指定された通り、"ソラ・バサロヴァ" に面通りしたい旨を伝える。相手の母語でないという思いからか、無意識に口調がゆっくりになった。
ソラの名前を聞いて安心したのか、婦人の表情がぐっと和らいだ。呼んできますねすぐ、と少し不自然な語順で笑顔を作り、奥の階段を小走りで上がって行った。
昼を過ぎているせいか、周囲に慌ただしさはない。男は待つ間、脇のベンチに腰掛けさせてもらった。予定外の雪山越えと野宿で、流石に少し疲れを感じた。心地よい疲れではあったが。
暫くして婦人が上がっていった階段から、線の細い青年が軽い足取りで降りてきた。年頃は自分と同じくらいか。ボーダーのTシャツに短パン、スニーカーという簡素ではあるが自分にも馴染みがある現代的な服装だ。これまで見た数少ない村人より、明らかに都会寄りの雰囲気を醸し出している。
「初めまして。王女付きのソラです。」
人懐こい笑顔で手を差し出す。前髪を眉の上できれいなラウンドに切り揃えているのが特徴的だ。端整な顔立ちの彼にはよく似合っている。訛りのない綺麗なFiol語だった。
「アレックスだ。」
握手に応える。
「どうも。遠かったでしょ。遠路お疲れ様でした。予定通りの、ぴったりの到着だったね。」
高速飛空艇も合わせて3日かかった。遠過ぎて時間が読めない分早めに出たせいで、逆に時間が余ってしまって山を越えることにした。こんな辺境に赴くのは、アレックスも初めての経験だった。
「こんなところで立ち話もなんだし、早速部屋へ案内するね。」
ソラは今降りてきた階段に向かって歩き出す。アレックスも鞄を担いで後に続く。
「荷物それだけ?」
アレックスの背負い鞄を見てソラがいう。まあ、と答えると、少なっ、と笑いながら前を行った。
アレックスが入った厨房のある建物は2階建で、2階の通路を進むと隣の棟に連結しており、さらに上階に上がる階段が現れた。調度がより古く、高級なものに変わっていく。すれ違った使用人らしき初老の女性が異国人に驚いたように視線を向けたが、すぐに道を開けて頭を下げた。アレックスもなんとなく会釈をして通り過ぎる。
「実は僕、君のこと知っているんだ。『はじめまして』じゃないんだよ、」
再度階段を登り始めたところでソラは愉快そうに言った。
「実は僕もつい最近までヴロルトニク校に居たんだ。こないだ卒業したばっかり。つまり君と同級ってこと。」
ソラはアレックスが質問するまでもなく、一方的に喋った。彼がここの住民とは違う雰囲気を纏っている答えは直ぐに出た。
「聖樹学部?」
王女付きの侍従ということと、今回の任務の内容からの適当な推察だったが、合っていたようだ。
「まあね。君は有名だったからよく知ってるよ。ヴロルトニク学院始まって以来の優秀なヴァンサー候補生!ってさ。」
ソラが戯ける。
「どーも。」
聞き飽きた科白だ。アレックスが初対面のつもりでも、相手が既に自分を知っているという場面は今まででも何度も出くわした。そしてその度に彼らは口を揃えて今の言葉を吐く。何度経験しても、アレックスには返す言葉が判らない。
「今度の君のミッションには、僕も同行するんだ。選ばれたのが君だと知って、正直すごく心強かった。よろしくね。」
3階に着いたところで、階段は終わった。この棟の最上階らしい。上りきって繋がる廊下の奥に木製の扉が見える。先ほど庭から見えたところだ。
「あんたのその左睛、義眼?」
アレックスが前を行くソラに尋ねると、ソラは歩みを止めて振り返った。
「…さすがだね。噂は本当みたいだ。こんなに早く気付かれたのは初めてだよ。」
精巧な造りなのだろう。ぱっと見た感じは何の変哲もない正常な器官だ。動きも左右で連動していて違和感はない。しかし、左右の虹彩の明度がわずかに違うように見える。右眼の方が、僅かに明るい。それを踏まえて観察すると、左眼の方が人工的に見えた。
ソラは苦笑いして続けた。
「実は睛だけじゃなくて、体の左半分の殆どがマシン。幼い頃に魔物にやられたんだ。お陰でここに世話になってるんだけど。」
ソラが同情を求めているわけではないのはアレックスにもわかる。今時珍しい話でもない。ただ、半身が最先端の技術によって支えられている聖職者というのは稀かもしれない。
どのような心理からは推し量りかねるが、義体だというそのスラリとした左腕と左足には、子どもが描いたような柄のタトゥーが施されていた。
アレックスはいくつかある扉のうちの一番奥のそれに通された。客室のひとつのようだ。調度品はどれも年代物のようだが、大切に扱われているのが判る。北東に面した窓から湖と、更に奥には頂に雪を載せた山脈が見えた。集落とは逆の方角だ。小さいが、静かで美しい国のようだ。人々が云う『故郷』というのは、こういうところを指すのだろうか。
「とりあえずここが村にいる間の君の部屋だよ。王様には明日、謁見できると思う。今日はまだ準備が整っていないんだ。ごめんね。任務が始まるまでは君はお客人だから、ゆっくりしててよ。明日が麦星祭っていう感謝祭でさ、今は村もその準備で落ち着かないと思うけど。」
お腹空いてる?とソラは続ける。腹拵えより今はとりあえずシャワーを浴びたかった。昨夜は野宿で浴びれていない。ソラは了解して、タオル類はバスルームに用意されていること、お腹が空いたら先ほどの厨房へ行けば何かしにありつけること、水は部屋のキャビネットの盆の上にピッチャーで用意してあること、照明は電気ではないのでロウソクか蛍石を使ってほしいこと、城内は鍵がかかってないところなら自由に見学したり出入りしていいことなどを説明してくれた。そして、自分も使用人たちも麦星祭の準備で城の案内や打ち合わせを今はできないことを詫びた。また城内の使用人を含め、村人は田舎者であり、外部の人間にまだ慣れておらず、Fiol語も日常的には使用されておらず、スマートなもてなしができないかもしれないことを予め詫びた。構われることに慣れていないアレックスとしては、そうならむしろ有難いのだが。
「じゃあ、なにか必要なものがあったら、気軽に言ってね。みんなFiol語ならある程度理解できるから。」
あとでお茶でも持たせるよ、と云ってソラは部屋を後にした。のんびりとした空気感の所為だろうか。領土に入ってから未だ幾分も経っていないが、もう随分といる気がしてきた。アレックスは早速バスルームを借りることにする。
今回のミッションは、アレックスがヴァンサーとなれるか否かを決める試験であった。アレックスの所属する士官養成部の卒業生は、その殆どがそのまま兵士として王立軍に仕える。アレックスのようなヴァンサー志望者は適任試験のために卒業後に1年間の試用期間があり、合格すれば晴れてヴァンサーになれる。ヴァンサーも軍の一組織ではあるが、主に特殊任務を請け負う少数精鋭部隊だ。単体での任務も多く、団体行動や体育会系なノリが苦手なアレックスは迷わず志願した。もちろん給与もヴァンサーの方が圧倒的に良い。
シャワーから出ると夕日が山脈の陰になろうとしていた。湖面で夕陽の光を受けた漣が水銀のように光っている。山麓の針葉樹の森は、闇に包まれ始めていた。
この国に魔物のいる気配は全くなかった。大気も水も土も、清浄すぎるのだ。こんな土地も未だにこの星には残っている。環境を汚さずとも、人間は生きていける術を持っているのだ。いつから人類は空や大地を破壊してまで便利を優先するようになったのだろう?アレックスはそんなことを想いながら、空が闇に包まれていくのを窓を開けて眺めていた。シャワーで温められた体に僅かな冷気が心地良かった。
風に乗って、どこか遠くで誰かが唄っている声が、微かに聞こえてきていた。
城のすぐそばに大きな湖がある。湖と繋がっていると思われる手掘りの水路がそこかしこにあり、水草が揺れて水面が煌めく。案内された通り、正門ではなく裏に回って庭を抜ける。植物の特性を損なわずに、それでも人の手が細部に行き届いた庭だ。周囲の森と違和なく馴染んでいた。野生の小鳥が樹の上でその実を啄んでいる。冬支度に忙しいリスの駆け回る気配も感じた。各種野菜類が区画に分けて行儀良く植えられ、シーツやリネン類も風に揺られていた。
石造りの古く小さい城だ。いつの時代のものなのか、余計な装飾は少なく、周りの自然の景観にひっそりと溶け込んでいる。この建築がこの小国の国民性を象徴していることを、男は密やかに望む。
進むと風を入れるために開け放たれた古い扉があった。城の最も高い塔から一番離れた建物だ。扉の周りには、水を入れたら漏れてきそうな使い古したバケツや、軍手の載った手押し車がある。ここにもハーブの鉢植えが所々にあった。明らかに勝手口だ。中を覗くと通路になっており、両脇には厨房や洗濯場や使用人の仕事場があるようだった。通路にはイモや丸ネギや根菜類が入ったカゴが無造作に置かれている。間も無くして、厨房らしき部屋から恰幅の良い中年女性が前掛けで手を拭きながら通路に出てきた。すぐに訪問者の存在に気づく。
「yao...o...お客さま?」
先ほど荷車に乗せてくれた農夫もそうだったが、公用語は現地語(Lucunordia語)だというが、訛りが強いながらもFiol語も操れるというのは資料にあった通りだ。他国と距離を置いていたとは言え、完全な引きこもりを決め込んでいたわけでもないらしい。
男はフードを脱いで一礼し、身分と訪問の目的を伝えた。そして指定された通り、"ソラ・バサロヴァ" に面通りしたい旨を伝える。相手の母語でないという思いからか、無意識に口調がゆっくりになった。
ソラの名前を聞いて安心したのか、婦人の表情がぐっと和らいだ。呼んできますねすぐ、と少し不自然な語順で笑顔を作り、奥の階段を小走りで上がって行った。
昼を過ぎているせいか、周囲に慌ただしさはない。男は待つ間、脇のベンチに腰掛けさせてもらった。予定外の雪山越えと野宿で、流石に少し疲れを感じた。心地よい疲れではあったが。
暫くして婦人が上がっていった階段から、線の細い青年が軽い足取りで降りてきた。年頃は自分と同じくらいか。ボーダーのTシャツに短パン、スニーカーという簡素ではあるが自分にも馴染みがある現代的な服装だ。これまで見た数少ない村人より、明らかに都会寄りの雰囲気を醸し出している。
「初めまして。王女付きのソラです。」
人懐こい笑顔で手を差し出す。前髪を眉の上できれいなラウンドに切り揃えているのが特徴的だ。端整な顔立ちの彼にはよく似合っている。訛りのない綺麗なFiol語だった。
「アレックスだ。」
握手に応える。
「どうも。遠かったでしょ。遠路お疲れ様でした。予定通りの、ぴったりの到着だったね。」
高速飛空艇も合わせて3日かかった。遠過ぎて時間が読めない分早めに出たせいで、逆に時間が余ってしまって山を越えることにした。こんな辺境に赴くのは、アレックスも初めての経験だった。
「こんなところで立ち話もなんだし、早速部屋へ案内するね。」
ソラは今降りてきた階段に向かって歩き出す。アレックスも鞄を担いで後に続く。
「荷物それだけ?」
アレックスの背負い鞄を見てソラがいう。まあ、と答えると、少なっ、と笑いながら前を行った。
アレックスが入った厨房のある建物は2階建で、2階の通路を進むと隣の棟に連結しており、さらに上階に上がる階段が現れた。調度がより古く、高級なものに変わっていく。すれ違った使用人らしき初老の女性が異国人に驚いたように視線を向けたが、すぐに道を開けて頭を下げた。アレックスもなんとなく会釈をして通り過ぎる。
「実は僕、君のこと知っているんだ。『はじめまして』じゃないんだよ、」
再度階段を登り始めたところでソラは愉快そうに言った。
「実は僕もつい最近までヴロルトニク校に居たんだ。こないだ卒業したばっかり。つまり君と同級ってこと。」
ソラはアレックスが質問するまでもなく、一方的に喋った。彼がここの住民とは違う雰囲気を纏っている答えは直ぐに出た。
「聖樹学部?」
王女付きの侍従ということと、今回の任務の内容からの適当な推察だったが、合っていたようだ。
「まあね。君は有名だったからよく知ってるよ。ヴロルトニク学院始まって以来の優秀なヴァンサー候補生!ってさ。」
ソラが戯ける。
「どーも。」
聞き飽きた科白だ。アレックスが初対面のつもりでも、相手が既に自分を知っているという場面は今まででも何度も出くわした。そしてその度に彼らは口を揃えて今の言葉を吐く。何度経験しても、アレックスには返す言葉が判らない。
「今度の君のミッションには、僕も同行するんだ。選ばれたのが君だと知って、正直すごく心強かった。よろしくね。」
3階に着いたところで、階段は終わった。この棟の最上階らしい。上りきって繋がる廊下の奥に木製の扉が見える。先ほど庭から見えたところだ。
「あんたのその左睛、義眼?」
アレックスが前を行くソラに尋ねると、ソラは歩みを止めて振り返った。
「…さすがだね。噂は本当みたいだ。こんなに早く気付かれたのは初めてだよ。」
精巧な造りなのだろう。ぱっと見た感じは何の変哲もない正常な器官だ。動きも左右で連動していて違和感はない。しかし、左右の虹彩の明度がわずかに違うように見える。右眼の方が、僅かに明るい。それを踏まえて観察すると、左眼の方が人工的に見えた。
ソラは苦笑いして続けた。
「実は睛だけじゃなくて、体の左半分の殆どがマシン。幼い頃に魔物にやられたんだ。お陰でここに世話になってるんだけど。」
ソラが同情を求めているわけではないのはアレックスにもわかる。今時珍しい話でもない。ただ、半身が最先端の技術によって支えられている聖職者というのは稀かもしれない。
どのような心理からは推し量りかねるが、義体だというそのスラリとした左腕と左足には、子どもが描いたような柄のタトゥーが施されていた。
アレックスはいくつかある扉のうちの一番奥のそれに通された。客室のひとつのようだ。調度品はどれも年代物のようだが、大切に扱われているのが判る。北東に面した窓から湖と、更に奥には頂に雪を載せた山脈が見えた。集落とは逆の方角だ。小さいが、静かで美しい国のようだ。人々が云う『故郷』というのは、こういうところを指すのだろうか。
「とりあえずここが村にいる間の君の部屋だよ。王様には明日、謁見できると思う。今日はまだ準備が整っていないんだ。ごめんね。任務が始まるまでは君はお客人だから、ゆっくりしててよ。明日が麦星祭っていう感謝祭でさ、今は村もその準備で落ち着かないと思うけど。」
お腹空いてる?とソラは続ける。腹拵えより今はとりあえずシャワーを浴びたかった。昨夜は野宿で浴びれていない。ソラは了解して、タオル類はバスルームに用意されていること、お腹が空いたら先ほどの厨房へ行けば何かしにありつけること、水は部屋のキャビネットの盆の上にピッチャーで用意してあること、照明は電気ではないのでロウソクか蛍石を使ってほしいこと、城内は鍵がかかってないところなら自由に見学したり出入りしていいことなどを説明してくれた。そして、自分も使用人たちも麦星祭の準備で城の案内や打ち合わせを今はできないことを詫びた。また城内の使用人を含め、村人は田舎者であり、外部の人間にまだ慣れておらず、Fiol語も日常的には使用されておらず、スマートなもてなしができないかもしれないことを予め詫びた。構われることに慣れていないアレックスとしては、そうならむしろ有難いのだが。
「じゃあ、なにか必要なものがあったら、気軽に言ってね。みんなFiol語ならある程度理解できるから。」
あとでお茶でも持たせるよ、と云ってソラは部屋を後にした。のんびりとした空気感の所為だろうか。領土に入ってから未だ幾分も経っていないが、もう随分といる気がしてきた。アレックスは早速バスルームを借りることにする。
今回のミッションは、アレックスがヴァンサーとなれるか否かを決める試験であった。アレックスの所属する士官養成部の卒業生は、その殆どがそのまま兵士として王立軍に仕える。アレックスのようなヴァンサー志望者は適任試験のために卒業後に1年間の試用期間があり、合格すれば晴れてヴァンサーになれる。ヴァンサーも軍の一組織ではあるが、主に特殊任務を請け負う少数精鋭部隊だ。単体での任務も多く、団体行動や体育会系なノリが苦手なアレックスは迷わず志願した。もちろん給与もヴァンサーの方が圧倒的に良い。
シャワーから出ると夕日が山脈の陰になろうとしていた。湖面で夕陽の光を受けた漣が水銀のように光っている。山麓の針葉樹の森は、闇に包まれ始めていた。
この国に魔物のいる気配は全くなかった。大気も水も土も、清浄すぎるのだ。こんな土地も未だにこの星には残っている。環境を汚さずとも、人間は生きていける術を持っているのだ。いつから人類は空や大地を破壊してまで便利を優先するようになったのだろう?アレックスはそんなことを想いながら、空が闇に包まれていくのを窓を開けて眺めていた。シャワーで温められた体に僅かな冷気が心地良かった。
風に乗って、どこか遠くで誰かが唄っている声が、微かに聞こえてきていた。