勧誘活動
文字数 5,507文字
これから春休みに向けての楽しい話題を振りまき続ける登校中の生徒の群れの中、異彩を放つ一角があった。
『部員求む(かけもちOK)』
朝の生徒玄関のロビーに机と看板を持ち込んで部活の勧誘を始めた野球部の四人がいる。
受付は大久保で、あくびをしながら『ミスター魔女っこ』を読んで部員を待っている。
「よろしくお願いしまーす」
ビラ配りに慣れた上野は、制服も他と違って怖そうで目立つ外見にも関わらずテキパキと勧誘のチラシを男子にのみ配って(押し付けて)いた。
「よ……よろしくー」
対照的に、一見人畜無害そうな外見の新宿のチラシは、本人が配るのに照れて誰も受け取ってくれないというか、受け取ったら彼にしつこく付き纏われそうなので通行人が避けて歩いていた。
一方、
「キャー、拓海様~」
「素敵~」
品川は野球部に関係の無さそうな女子に囲まれて大変迷惑な目に遭っていた。
男子部員勧誘のチラシを巡って品川のファンが争奪戦を行って、チラシを配る本人は女子にもみくちゃにされていた。
嫌そうに眉間に皺を寄せるでもなく、無表情を貫き通して女子の渦の中にいる品川……。
そんな時、女子の渦が弱まった。
「キャー!」
その嬌声は品川に向けられたものではなかった。
玄関の違う方向から、ファンクラブ以外の女子が沢山なだれ込んでくる。
芸能人でもこの学園に来たのではないのかという女子の騒ぎっぷりに野球部員達の勧誘の手が止まる。
通称『ホスト部』と呼ばれる美形男子数人が集まったグループが固まって集団登校している姿に一部の女子が騒いでいるようだ。
このホスト部は最近結成された新しい同好会のようなもので、部員はまだ10人程度しかいない……ぶっちゃけ、現在活動している野球部の人数よりも多かった。活動の内容は奉仕を目的とするが謎に包まれている。
「キャーKAZU!」
品川を囲んでいた筈の女子が輪から外れてホスト部の集団に群がっていく。
きつい拘束から若干逃れられた品川は安堵しつつホスト部のいる方向を見る。
ホスト部の中に見知った顔がいる様だ。
「あ!」
ホスト部の中で一際派手な髪色をした美少年が品川を指差して声を上げた。「見つけた」とばかりに品川の方へ近づいてくる。
「おはよう拓ちゃん!」
軽く親しげに挨拶したのはホスト部の1年で、品川の従弟の恵比寿一好(えびすかずよし)という派手な美少年だ。金色がかった襟足の長い髪にピンクのメッシュを入れており、制服も華美に装飾して着崩している。
ちょっとビジュアル系にも似た雰囲気をかもし出す美少年はニコニコと笑顔で品川に接する。
「最近家にいないから捜したのでRよ。YOUはどこにいたのサ?」
日本語離れした独特のイントネーションで話しながら、気安く品川に近づく。彼に近づく際、取り巻きはモーセの十戒のように割れる。
恵比寿が日本人らしくない発音で話すのは帰国子女だからである。
「一好君か。おはよう」
品川は恵比寿に挨拶するだけで、勧誘活動に戻ろうとする。
とりあえず任務を果たそうと、女子の取り巻きの中にいるホスト部の面々に真面目な顔で部員募集のチラシを配る。
「野球部? 俺達には」
「関係ないね」
ホスト部の部長と副部長らしき派手な顔立ちの男子生徒が同時に野球部のチラシを破いた。凄いシンクロ率だが、誰もがシンクロ率よりもその行動に驚いた。
「ところで、品川拓海君、ウチの部に来る気は無いか?」
「君なら確実にエースの座は奪えるぞ」
現在のエースと呼ばれる男、恵比寿をホスト部の面々と取り巻きが彼を囲って強調する。恵比寿は自覚してなかったみたいで少し戸惑っている様子だ。
逆にホスト部に勧誘された品川は無表情かつ無反応だった。
つまり、ホスト部に全く興味が無かった。
その勧誘に一番気に食わない奴と+@が人垣を強引に掻き分けて近づいてきた。
「ちょっと待てやぁぁぁ!」
野球に一番熱心な上野と、ついでに流されてきた新宿が輪の中に入ってきた。
「うちのエースを勝手に引き抜く下衆な真似する野郎は俺が許さねえ!」
上野はホスト部の部長に食って掛かるようにして強烈な睨みを利かせた。
だが、ホスト部の部長には何十人もの取り巻きと部員が付いているので全く怯まない。飄々と佇んで涼しい顔で上野を見ている。
「やんのかコラ?」
上野がホスト部の部長に接近してガン垂れながら喧嘩を売ってみるが、相手は涼しい顔で首を横に振るばかりだ。
無駄な喧嘩は得意じゃないとアピールしているみたいだ。
「ねえ、君、君も顔だけなら合格だから、ウチの部に来ない?」
ホスト部の副部長が上野にくっついてきた新宿を勧誘し始める。
「ど……どういう意味ですか?」
意味がわからなかった新宿は戸惑いつつ、副部長に尋ねた。
「我々ホスト部は、女性においしいお茶を振舞ったり会話を楽しんだりする気楽なクラブだ。汗臭いユニフォームなんて脱いでウチの部に来ればいい。高校生だから酒を振舞ったりする事は一切無いから安心だよ」
顔だけは合格点な新宿を熱心に勧誘する副部長を、何か文句を言うつもりで来た新宿はきょとんとした表情で見返すだけしか出来ない。
「……ホスト部……」
優しい眼差しで勧誘してくるホスト部の副部長の前で、新宿は色々と考えた。
この部活なら自分が活躍して女子にモテるかも知れないと。そもそも野球部に入部した動機は目立ったりモテたりする事だったのだから。
新宿の心が揺らぐ時、
「ざっけんじゃねえよテメエ!」
その言葉は新宿に向けられていなかった。
上野は品川をホスト部に勧誘した事についてホスト部の部長に激怒しているだけだったが、新宿の思考を元に戻すには充分な一言だった。
上野はホスト部の部長に掴み掛かっていた。
喧嘩っ早い上野は無抵抗のホスト部の部長を叩きのめそうとしている。
「「キャー!」」
黄色い声援とも悲鳴とも付かない絶叫が周囲の取り巻きやファンから上がった。
ホスト部の部長が上野に殴られようとしたその時。
「ねえ、やめるのでRよ」
素早い動きで上野を恵比寿が取り押えた。
一方で、傍観していた品川はホスト部の部長が気に入らなかった為、上野が部長を殴ろうとしても一切止めない姿勢だ。
「YOUはMEと同じ転校生みたいだから、この学園に慣れてないみたいでRね」
恵比寿の力はあまり強くないみたいだが、動作が素早くて上野の背後に回りこむ姿が全く見えなかった。
「MEは暴力は反対でR。問題を起こして処分を受けるのは困~る」
「も……もっともな事言うじゃねえかテメエ……」
上野は喧嘩っ早く足りない脳みそで考えて結論を出した。甲子園出場をかけて野球部が頑張ろうとしている時に暴力事件が起きれば高野連が黙っていない。予選出場停止もありうる話だと考えた。
「そうそう、拓ちゃん、ママが心配してたでR。親子ドンブリはそろそろ取り止めにして帰ってあげたら良いでRよ」
「いや、そこ親子ドンブリじゃなくて親子喧嘩な……」
あやふやな日本語を使う恵比寿に見兼ねた上野が訂正し直した。
「つか、あいつ親子喧嘩してたのか! どういう意味で? 親に承諾を得たとか抜かして嘘こきやがって」
品川は恵比寿の話や上野の言葉に耳を傾けていたが、チラシ配りをやめる事無く振り向きもしない。
「意地っ張りだなぁ、拓ちゃんらしいでR」
部員勧誘に熱心な品川に従弟の恵比寿がため息をついた。
「ME達は遅刻を恐れているからもう行くでRよ」
ホスト部で『エース』と呼ばれている恵比寿は下級生ながら、上級生を引き連れて人垣の中を真っ先に出て行ってしまった。
「なんかアイツ、いけすかねえ~」
恵比寿の洗練されたかどうかはわからないがホスト部の『エース』らしく平和主義な態度についてムカッ腹が立つ。
「名刺もらっちゃった……」
ホスト部に喧嘩を売るつもりの上野に勝手にくっついてきた新宿はホスト部の副部長から名刺を受け取って妙にキラキラしている。
げし。名刺を見つけた上野が新宿の頭を触覚ごと叩いた。
「んなモン捨てろ」
「う、うん……」
新宿は気後れしながらホスト部の名刺を上野の目の前で破いた。
気を取り直して勧誘を再開しようとした時に始業前のチャイムが鳴り、本日の勧誘活動は終わった。放課後は野球の練習に充てないと試合に間に合わない。
放課後の間中、臨時入部希望者を待っていたが、殆どの者が負傷した野球部員経由で上野の噂を聞いていたので誰も来る事は無かった……。
マネージャー希望の女子を除いては。
「すいません、マネージャーは募集してないんですよ……」
新宿が殺到する女子にフェンス越しに謝る。
「ふざけんな、テメーに言ってないわよ!」
「拓海様を出せ!」
女子は新宿の話なんか聞いちゃいない。目当ての品川に向けて個人的にマネージャーになると個々が醜い争いを続けていた。
「もー、品川君何とかしてよぉ!」
新宿が練習中の品川に声をかけるも、
彼は聞いちゃいない。
バッテリーを組んでいる相方の上野と頬をつつきあって何かイチャイチャしているみたいだ……。
新宿は入り込めそうも無いラブラブオーラにはらわたが煮えくり返るどころか、上野にくっついている品川をうらやましく思った。ついでに嫉妬。
日はすっかり傾き、茜色の空は東から暗くなり始めている。
「先輩方、そろそろ練習終わりにしませんか? 字が読めなくなってきました」
そんな事を言う大久保は野球のユニフォームに袖を通さず制服姿で相変わらず漫画とお友達みたいだ。否、今回は漫画ではなくライトノベルらしく、文庫にアニメショップのカバーがかかっており何の小説かはわからないが半分以上を読み終えている。
「そうだね、ここでキャッチボールしながらまだ見ぬ部員を待つのは無駄だったようだ」
品川は上野から離れて無表情で大久保に答えた。
無表情からは窺い知れないが、近づく公式試合に焦りを感じている。
「女子しか集まってねーなんてな。あいつら全部、品川のファンだろ」
上野が品川の注意をフェンスの向こうに群がっている女子に向けてやると、相手側から物凄い勢いのレスポンスが返ってきた。
「キャー」黄色い声援である。
「あのレディ達に試合に出て欲しいと言える筈が無い。どうしたものか……」
レディの中には相変わらずオネエも混じっているが、品川はオネエも女子にカウントしている。でないと恐ろしい報復が待っていそうなのであえてである。
「うおお、まさか俺の殺人トルネードが災いして男子部員が集まらないとかそんな事でぇぇぇ……」
上野が呻くその通りであるが、その通り過ぎて最早誰も落ち込む事を止めない。
「待ってても埒が明かないのだろう。ならばこちらからめぼしい人材をスカウトするしか無さそうだな」
品川は大真面目に考えていた。
他の部員は完全に受身体制で、チラシを配れば勝手に部員が来てくれると思っていた。そんな事はあまり無い事なのに。
「えー?」
「スカウトするんか?」
新宿と上野は全くスカウトという事を考えていなかったのか意外な表情をしている。
「大久保君、目ぼしい生徒のピックアップは終わっているかな?」
「ええ、生徒名簿に無断アクセスして情報を拾ってきました」
大久保はカバンの中からとある生徒達の情報を印刷したコピー用紙を取り出して品川に渡した。
「いつの間に!?」
実は大久保、不真面目に漫画を読んでいるようであったが、ちゃんと野球部員としての役割は果たしているのだった。
「……ふむ、君はマニアックなところを付いてくるね。うん、気に入った」
品川は生徒名簿のコピー数枚に目を通して丁寧に折り畳んだ。
「我々が直々にスカウトに向かおうではないか」
「おい、本業の部活はどうするんだよ?」
「大久保君、練習メニューにスカウト業を入れておいてくれたまえ」
「はい、勿論です」
そう言うと大久保は先に部室のあるプレハブにスタスタ歩いて行ってしまった。
品川に従い、異論は彼も許さないみたいだった。
「と、言う事だ。明日からスカウトに他の部活に赴こう」
「ちょ……俺達の練習もままならないのに良いのかよ?」
「私は試合が可能になれば今回はどうにでもなると思っている」
品川は大真面目で、突っ込みを入れた上野に言った。
「さあ、帰ろうか上野君」
上野の手を引いてプレハブに向かう。
「おいおい、また俺の家に帰るつもりじゃねえだろうな」
「そのつもりだが」
「そろそろ家に帰ってやれよ。喧嘩したと言ってもお袋さん心配してるんじゃねえの?」
「いや、私は上野君を連れて帰るまで家には帰らないと母上に誓ったのだ」
「それってお前の勝手……いでで!」
上野は品川に不意を付かれて手を握り締められてく苦鳴を上げた。上野の馬鹿力で霞んでしまっているが、品川も握力はかなりあるのだった。
「さあ、帰るぞ上野君」
品川は上野と一緒で非常に楽しそうである。