身体検査

文字数 3,997文字







 そこは上野にとって天国(?)だった。
 天井や壁紙は貧乏臭い自宅の染みだらけの砂壁と違い、漂白されたような白さと輝きを放っている。さりげなく金の模様が施され、なんとなくブルジョワの臭いがした。
 霞のような視界で白衣やメイド服の美しい女性が数人行き来し、ベッドの周りを取り囲んで身の回りの世話をしている。
 
 今までされた事の無い好待遇に、俺は死んだんだなと上野は思った。
 意識が夢と現実を行き来し、ついに覚醒した。

 空の尿瓶(黄金)を抱えた可愛らしい雰囲気のナースが部屋に入るなり、意識を取り戻した上野に気が付く。

「ドクター、上野さんの意識が戻りました」金の尿瓶を抱えたまま、PHSで医師に連絡を取る。

 死んだ訳では無かった。

「ぐうっ……」

 無理やり起き上がった上野の全身に激痛が走った。
 意識が急に現実へ引き戻された。
 どうやら体を無理に動かそうとすると骨がきしむようだ。

「あの、上野さん大丈夫ですか?」

 ナースの呼びかけに、上野はカッコつけようと右手の親指を突き出す。
 同時に腕に巻かれた包帯が目に飛び込んできた。
 全身を確認すると全身が包帯に包まれ、包帯ぐるぐる巻きのミイラ男状態になっていた。

「これは一体?」

「上野さんは全身打撲で入院されたんですよ」

「全身打撲でこんな漫画みたいにぐるぐる巻きになるんか?」

 上野は入院以前に古い番長漫画みたいな格好をしていた癖に、棚に上げて真剣な顔でナースに質問した。

「……えーと、それは」

 ナースが言及に困っていると、部屋のドアが無遠慮に開いた。

「それは私が説明しよう、上野剣太郎君!」

 河川敷で遭遇した金髪の貴公子が眼鏡の医師を引き連れて現れた。
 先日のような学ランではなく、英国製の上品なスーツを着こなした品川が汚れ一つない革靴をつかつか鳴らして上野のベッドへ近づく。

「お前は……! あ、名前なんだっけ?」

「私は品川拓海。上野君、君は私のペットだ」

「は?」

 上品でいて凛とした妙な威圧感を放つ品川は真顔である。
 理解出来ない質問の答えに、上野は納得いかずに固まってしまう。

「君がなぜ包帯でミイラ男になったかは、どうしてか解かるかね?」

「……知らんがな」

「単にミイラ男に興味があって面白かったからだ」

 上野がベッドから転げ落ちた。
 品川からの突然の意味不明な質問に上野は呆れる。

「とにかく包帯を解けこの野郎!」

 品川は上野の話を聞かず、隣にいる医師の耳打ちに肩をすくめている。

「やれやれ……」

「オイ! 聞いてんのか? このロン毛野郎!」

 基本的に上野の突っ込みや罵声には反応が無いような品川。彼は上野に聞こえないよう、ひそひそと医師と会話を続けている。

「テメエこの野郎、俺をチラ見しながらこそこそ会話するのやめろ! 殴られたいんか?」

 短気な上野はベッドから身を乗り出すが、
 キツキツに巻かれた包帯の締め付けによってろくに身動きが出来ず、勢い余ってベッドから転げ落ちた。

「ぶべっ!」

「大丈夫か、君?」可哀想な者を哀れみ、手を差し出す。

 品川の態度は明らかに上野を哀れんでいる。
 この包帯ぐるぐる巻きの理不尽な処置は多分、この金髪ロン毛美青年の仕業だと直感で予測した上野だが、次の言動までは予測できなかった。

 品川がナースから金の尿瓶を受け取る。

「ところで上野君、排泄は済ませたのか?」

 尿瓶を掲げられ、質問を投げかけられたが、上野には意味が解からない。
 全てやり取りは側に控えている医師が品川に耳打ちして答えているのだが、一切上野を通していない。

「そういえば起きてから小便行ってな……!」

 がし。品川が尿瓶を片手に持ったまま上野の肩を掴んだ。
 医師が慌てて上野の体を支えようと背後に回り込む。

「私が特別に取ってあげるとしようか」

「な……なに……?」

「これから、ありとあらゆる検査があるからな。まずは尿検査も兼ねてボディチェックといこうか」

 品川の不適な笑み。
 上野を二人がかりでベッドに戻そうとするが、上野は自由の利かないながらも必死で抵抗する。

「離しやがれ、この変態!」

「素直じゃないな。埒が明かない、助けを」

 品川が助けを呼ぶと、屈強な黒服男性職員が2人加わった。
 4人がかりで上野をベッドに押さえつける。

「拓海様、どうぞお願いします」

 男性職員が上野の手足を押さえつけ、尿瓶を持ったまま佇む品川を促す。

「包帯はいかが致しますか?」

 医師がメガネを光らせ、上野の下半身部分の包帯を切除するか訊ねている。

「バカヤロー離せ変態野郎共!!

 上野の叫びは一切、介助集団には無視され、品川の主張だけ優先される。

「うーん、切りたまえ」

 その一言で、医師は躊躇いもなく上野の股間部の包帯を切った。
 解いたのではなく、切った訳は、ただ単にぐるぐるに巻かれている包帯をいちいち解くのが面倒臭かったからである。

「うわああああああああああああ!」

 悲惨な絶叫と共に、上野の股間部があられもない姿になった。
 近くにいたナースはカルテを持ったまま目を逸らす。
 上野の露出と同時に、尿瓶が品川の手によって陰部に差し込まれた。
 ゆっくり焦らす様に差し込まなかったのは、女性が一人立ち会っていたからの品川なりの配慮だ。

「さあ、遠慮なくやりたまえ」

「出来るかボケェェェェ!」

 上野の尿意は完全に引いていた。
 多人数からの視線があっては、例え普通の排泄方法であれど、出るものも出ない。

「さすがに女性陣が歓喜しそうなメインディッシュ的な方法は案外面白くないな。いきなりやるのは大森さんの趣味ではなかったか」

「申し訳ございません」ナースが頭を下げる。

「いやいや、君が謝らなくてもいいさ。私の判断が誤っただけさ」

「テメエら! ヤキ入れてやるからな!」

 泣きそうになりながら情けない姿で未だにベッドの上で抵抗する上野だが、股間に乗っただけの尿瓶が心もとなく、多少内股気味になっている。

「拓海様、そろそろお茶の時間です」

「わかった」

 扱いに飽きたのか、品川は腕に付いたロレックスの時計を見ながらつまらなそうに踵を返す。さらりと金髪がなびいた。

「コラーッ! テメエ、元に戻すか服置いてくかして出て行けよ!」

 実は上野、包帯を巻かなければ全裸だったらしい。病衣も無いまま、ミイラ男状態で豪奢なベッドに寝かされていた事になる。
 品川は振り向かずに右腕を高く上げ、上野に手を振る。

「では、また後で会おう」

 ドアが執事によって静かに閉められた。
 気障なのか変態なのかよく解からない品川の性格に疑問を抱く上野だった。
 刹那、男性職員が上野の全身の包帯を裂いた。

「キャ―――――ッ!」

 絹を引き裂くような悲鳴。それはナースから発せられる。

「うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 上野はナースより遅れ、自分の状態を見てから悲鳴を上げた。
 一気に全裸にひん剥かれてしまっている。

「なななななな……何すんだよっっ!?

「これから精密検査をします」医師がメガネを光らせる。

「どうぞ、これを」

 頬を赤らめ、処女のように恥らったナースが浴衣状の病衣を持ってきて上野に差し出した。差し出した後も、全裸のまま呆然とする上野の股間の辺りをチラチラ見る。

 全員の視線がなぜか尿瓶の乗った股間に集中しているのに気が付いた上野は、顔を耳まで真っ赤にしながら慌てて病衣を着込んだ。着た後は尿瓶を抜いて脇に置き、ベッドから飛び起きる。
 それぞれの手足とわき腹に痛みがある。骨が折れたような鋭い痛みではないが、痣を作るような鈍く熱を持った痛みだ。
 それでも包帯の拘束から解け、手足の自由が利く事を実感する。

「小便してくる。便所はどこだ?」

 尿瓶を股間に差し込まれたものの、やはり衆人環視の中で用は足せなかったのだ。
 上野はこの際、ノーパンなのは諦めてトイレを借りるついでに危険な匂いのする品川のテリトリーから一刻も早く逃げ出したかった。

「ここです」

 金の尿瓶を差し出される。
 あくまでも品川の使用人は上野にここで用を足させるつもりらしい。

「だからできねーって言ってんだろうがっ!」

 さも困り果てたように、使用人達は大げさに溜め息をつく。

「この野郎、教えねえなら勝手に探してや……!」

 上野が部屋を出て行こうとすると、青痣のついた向こう脛に鋭い痛みが走って膝を突いた。
 すぐさま男性職員が駆けつけ、両側から上野の体を支えた。

「しょうがないので先に心電図を計ります。台に縛り付けなさい」

「ちょ……ま……!」

 医師の命令で、上野は暴れないようにそれぞれベッドの支柱に四肢を括りつけられた。 ナースの素早い手際で、心電図用のパッドとなぜか低周波治療器らしきパッドが上野の裸の胸に貼られる。

「ちべたい……」

 パッドに塗られたジェルが嫌に冷たかった。

 続いてナースは慣れた手つきで上野の病衣をめくった。

「おい、何す……。ぴゃあああああ!」

 奇声を上げる上野。
 彼はいつの間にか導尿管の管を刺され、プラスチックの袋に尿を抜かれていた。

「屈辱だ……」

「拓海様のご意向に背くからこうさせて頂きました。寝ながら検査が続くのでじっとしていて下さい」

 心電図の電源がONにされ、無駄に動かない様に睨まれる。
 何の病気の検査なのかわからないまま、上野には意図不明の拘束が続く。
 







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