犯人は上野!

文字数 3,948文字








 上野と品川の最強バッテリーが入り、野球部に新しい風が吹くと思った。
 入部テスト後の放課後、半死状態の野球部に少数の部員が戻ってきていた……

 筈だった。

「オラァ!」

 ズビシ! ヘルメットを被った野球部員に死球(デッドボール)が直撃した。

 上野が投げた球に当たって、戻ってきた最後の部員が潰れた。
 ……これで、負傷した現役部員の新宿と大久保、上野の相棒の品川を残して全員が死んだように倒れていた……!

 死ーん。

 今朝の美しいピッチングはどうしたと言うのだろう?
 上野の投球は品川との間に部外者が入る事によって乱れていた。

「やーやー、諸君! 我が野球部に戻ってきてくれたんだね、ありがとう!」

 部員よりも遥かに遅れて現れたのは、幽霊部員と同じく幽霊化していた顧問だった。
 上野のクラスの担任の東は、機能していなかったに相応しい野球部の顧問として在籍していたみたいだ。野球部復活が嬉しそうに見せかけ、実はそうじゃないのはジャージのズボンのゴムに挟まれた『熱血! 高校サッカー』という雑誌から垣間見えた。来年度からは強豪サッカー部の第三顧問にでも滑り込もうとしている。

 そんな東の挨拶に部員からは返事が無かった。

 死ーん。返答は累々とした屍と化した部員からは返されない。
 しらー。屍化していない部員からは雑誌に白い視線が集中していた。

「ややっこれは!」

 焦った東は必死に雑誌を隠そうとするが、仕舞い込む場所が結局ジャージのズボンの中しか見つから無かった。

「もしかして、それって腹筋を守ってるのか?」

 東のジャージのズボンの部分に挟まった雑誌を指差した上野が余計な事を察してしまったようだった。

「へ?」

 上野の指した意味が分からなかった東は適当に頷くしかない。今更ながら失い掛けそうな薄い信用を取り戻すために弁解をしなくてはならない。

「上野君、そうなの?」

 東を信用していない新宿が上野に尋ねた。

「あのスタイルは不良の世界では殴り合いの常識みたいなもんなんだぜ。中には鉄板を仕込んでるチキンも居たりするが、雑誌でも十分な防御力なんだ」

「へぇー」

「そ、その通りだ上野!」

 東の声は多少裏返っているが、彼は肯定した。

「せんせー、これから誰かと喧嘩でもすんのか?」

 喧嘩が日常茶飯事な上野は物騒な事が自然と口から飛び出してくる。温厚で勉強熱心で真面目な山高生徒なその他(品川以外)は多少、東のこれからの予定に驚いた。

「そんな事はしないさ。だが、不測の事態、お礼参りに備えて防御は整えておかなくてはな!」

 東は虚勢を張ってドンとジャージと腹の間に挟まれた雑誌を自ら軽く殴った。

「先生の腹は今、防御力255はある。試してみるか?」

 虚勢を張り続ける東はベンチにいた頭に包帯を巻いた大久保をわざわざこちらまで呼び、「来てください、お願いします」と遠くに居た品川を呼び寄せる。

「すげー、ドラクエの世界ではカンストじゃねえか!」

 喧嘩の世界で生きてきた上野は強さに関しては妙に色めきたってしまい目を輝かせて東を信用してしまう。

 東は「先生の腹、殴ってみるか?」と言わんばかりに上体を反らす。

 実際、先生にじゃれたい生徒は飛びついてきた。

「わー、すごい。堅い堅い」

 新宿は喜んで東の腹を負傷していない方の左手で軽く殴っていた。
 確かに東はびくともしない。雑誌で腹を守られているから。

「ほう……」

 大久保は眼鏡の弦を持ちながら興味深そうに東を見守る。心成しか若干だがフレンドリーな姿勢を見せる東に気を許そうとしている。

「うりゃぁぁ!」

「せいやっ!」

 瞳を輝かせた正直な上野の右拳と、やけに嫌そうな表情で眉間に皺を寄せた品川の回し蹴りが、雑誌に防護された東の腹めがけて炸裂する!

 ズバンドバン!

「たわらばっ!」

 乾いた強烈な二つの音をグラウンドに鳴り響かせ、東はにこやかな作り笑顔を浮かべたまま後ろに吹っ飛んだ。
 グラウンドに叩き付けられた東は一度、痙攣してからそのまま動かなくなってしまった。

 死ーん。

 また、幽霊部員の上に屍が積み上がった。
 どうやら戻ってきた野球部員は全滅したみたいだった。

「で、今のは何だったんだコレは?」

 自ら蹴りを入れて止めを刺しておきながら、品川は倒れた東を道端に落ちている汚物を見るような冷たい目で見る。

「一応、我々の部活の顧問だよ」

 新宿が部活の先輩らしく品川に説明を入れるが、

「上野君、君の殺人トルネードで活動出来得る部員は我々しか居なくなってしまったようだね」

 相変わらず新宿の話は聞いていない。”我々”という名詞に勿論、品川と上野、そして記録係の大久保しか入っていないのは確かだ。『ゴミ以下』というカテゴリで認識された人物は品川の視界には入らないのだ。

「チクショー、久しぶりに野球ができると思って張り切っちまったのがいけねえのか」

 今更自分の失敗に気が付いた上野は額に手を当てて自らの失敗に嘆いた。遅い。

「上野先輩、ピッチングの時はそのままで良いですけど、他のプレーヤーにボールを回す際はパワーセーブをお願いしたいです」

 大久保は記録係として上野の弱点を簡潔に述べた。彼はいつものようにただベンチで静かに漫画を読んでいる訳では無かったようで、今回は部活動に真面目に参加していたようだった。片手に『るりるりプリぷり!』という萌えアイドルが複数出てくる少女漫画を持っているのは見えるが……。

「えー? あれでもパワー抑えてんだぜ?」

 指摘を受けた上野は驚きつつも大久保に耳を傾ける。

「そもそも上野君は私(とピッチング)に夢中になる余りに他の事におろそかになっているようだ。その他とも連携を高めたいが、今しがた元気な部員を潰してしまったしな」

 会話は外側からプレイを見守っていた大久保を中心に、上野と品川の三人で展開される。いつ話に割り込もうかとその場をウロウロする新宿は蚊帳の外だ。

 上野のプレイについて議論が成されようとした時、

「おーい! 春の選抜に申し込んできたわよぉ~」

 暢気な面持ちで現れた校長兼監督の南が気合を入れたピンクのジャージ姿で申込用紙を持って内股でグラウンドへ走ってきた。

 次の瞬間、南が気が付くと試合が可能な人数以上いた筈の部員は四人に減っていた。

 死ーん。累々たる屍と化した怪我人が転がったグラウンドは静まり返っている。

「ちょ……ちょっとぉぉぉ!?

 南が鼻水が出るほど驚くと、グラウンドに立っている部員の数を改めて数えた。
 1、2,3,4……やっぱり四人しか居ない。

「今更試合のキャンセルなんて出来ないわよぉ! 今年は高校野球真面目に出るって高野連にも自慢げに言っちゃったものぉ」

 本日続出した負傷者による、高校野球出場辞退は学園の名誉にも関わる。校長としてはここはうやむやに事件を揉み消して何とかしたい所だ。

「……と、とにかく。あなた達、試合に出るわよ」

「この人数でどうやって?」

 冷静な問いが品川から返って来る。

「潰れた部員達は遅くても明日には全員が退部するでしょう。今日の練習中に上野君が完膚なきまでに叩き潰してますからね」

 他の者が試合出場に「えー?」と言う前に品川が冷静な判断を下す。

「グラウンドに立っている者だけを含めても試合は不可能です。野球は最低でも9人は必要ですから」

「うう……」

 やり込められた南を見て、上野は初めて自分のしでかした重要事態に気が付く。

「皆、すまん! 全部俺のせいだ」

 全員が上野を見て、「そうだよ」という視線を投げたが、誰も彼を責める事はしなかった。上野は練習を真面目にやっていたのだから。

 上野がずーんと落ち込むと、周囲に暗雲が立ち込めて立っている全員が暗くなり始める。

「否、何も君の所為ではあるまいよ」

 品川は萎みきった上野の肩にそっと優しく手を添えた。

「俺みたいな奴が野球部入るなんて駄目だったんだ……」

 しおしおと沈んでしまった上野には品川の言葉は逆効果だったのだろう。
 相棒に声をかけた品川は最後まで責任を取ろうと、上野を前からしっかり抱き締めた。

「君が悲しいのなら私がいくらでも胸を貸そう」

「うっ……品川ぁ……」

 余計暗くなる事態に耐え切れなくなった新宿がおろおろし始め、この場を何とかしようと声を張り上げる。

「と、とにかくさ、甲子園目指して頑張ろうよ!」

 事態を悪化しかねない一言に、暗くなった周囲から殺意にも近い視線が返された。

「だから、出場出来ないって言ってるでしょうに。居なくなる部員を補充するのに、勧誘するつもりですか?」

 大久保が新宿の何も考えていない発言にイライラし始めた。

「運動部から引っ張ってくるにしてもうちの学校は進学校……まともに活動する部活は……」

「それだー!!

 大久保の発言に南が何かを思いついて人差し指を突き出した。

「折角甲子園に申し込みをしたんだから、運動神経が良さそうな子を集めてチーム作っちゃいましょうよ!」

 監督・南の軽はずみな発言で屍の中から怒りにも似た視線が返って来たが、上野に完膚なきまでに叩きのめされているので、この中では誰も文句を言う者はいなかった。
 部員が潰れれば補充すればいい事じゃないか。そんな事でこの件は校長の権力で片付けられた。








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