そうだ、ホスト部に行こう
文字数 6,252文字
朝練は今日も生徒が登校ラッシュになると勧誘活動に変わる。
ホスト部の集団がキャーキャー言う女子を引き連れて悠々と登校してくる。
「拓ちゃん、今日も精が出るでRな」
恵比寿は相変わらずの調子で、チラシを配っている品川に気安く声を掛ける。
「甲子園出場がかかっているからね」
品川はそう言うと、昨日配っていない文科系の男子にも果敢にチラシを配ろうとしている。
今日は品川のファンは自重して影から応援しているようだ。彼女達は勧誘に必死になる品川を邪魔するのはさすがに迷惑だと考えたようだ。
「ふうん、よく頑張るでRね」
従弟の恵比寿は品川の真剣な姿を初めて見る。
玄関で靴を履き替え、暫く近くで品川を見守っていると、
「おい、行くぞ」
恵比寿の兄貴分であるホスト部の先輩部員が声を掛けてきて玄関ロビーから彼を連れ出そうとする。
「……拓ちゃん楽しそうでR」
恵比寿は品川にそう言い残して先輩と玄関ロビーから去って行った。
「ああ、楽しいよ」
恵比寿が寂しそうに去る後姿を品川は見逃さなかった。
「そろそろゲリラ勧誘は止めにしようではないか」
いきなり品川がそう言うと、野球部員がしている勧誘活動を終了させた。
「どうしたんだよいきなり?」
勧誘のチラシはまだ沢山残っている。活動を止めた上野がチラシを脇に纏めて品川に寄る。
後から残ったチラシを大量に抱えた新宿と、受付の腕章を付けた大久保が品川に寄った。
勧誘二日目にして未だ、活動できる部員は4人しかいない……。
野球部に参加しようと考えている者はまったくいないように感じたが、品川は希望を捨てていない。
「放課後はホスト部に行こう」
「えー!?」
ホスト部は部員以外は男子禁制の部活動である。外部の者は女子を同伴しないと入れない規則になっている。
どうやってホスト部に来訪しようというのか……。
「ああ、今日はアタシ、教育委員会の集まりで練習見てやれないのよ、ゴメンねぇ」
外見が黙っていれば中年女性そのものの南を連れて行こうとしてたが速攻で断られてしまった。
校長の権限で何とかなるのじゃないかと甘い考えを抱いていたがそうも行かないみたいだ。
「おい、品川」
南に同伴を断られた事で何かを思いついた上野が寡黙に考え続ける品川に声を掛ける。
「上野君、何か思いついたのかい?」
「品川のファンクラブの女を引き連れて行けば簡単な話じゃねえか」
ポン。
ああそうか。という雰囲気の中、品川は首を横に振るだけだった。
「私が彼女達を誘えば、ホスト部の他の客に迷惑がかかるだろう」
確かに、品川のファンクラブの女性はかなり沢山おり、ホスト部が借りている部室に入りきらない程だ。熱心なファンは中等部からもやってきている。
「じゃあどうすれば良いんだよ?」
「頼みの綱の校長先生は用事があるっていうしね……」
やはりホスト部に行くのは諦めた方が良いというのだろうか?
既に諦めた様子の大久保は会話に参加せず、新しい漫画本を読み始めている。
「よし、君達、女装してくれたまえ」
品川はいきなり何を思いついたのだろうか。さほど考えずに部員に強制的に女装させるつもりでいる。
これでホスト部に入れるとでも言うのだろうか……。
数分後、
「演劇部から借りてきた衣装の着心地はどうだね?」
女装をしていない品川が部員達に尋ねる。
「で、何でお前は女装しねーんだよ? 不公平じゃねえか!」
上野の女装姿は外部の学校っぽいの女子の制服で、緑チェックのボックスプリーツのスカートに灰色のカーディガンを合わせ、黒髪の三つ編みのカツラを付けている。靴は校内の上靴を使用しているので必要ない。
化粧もわざとらしいし、なんとなく女装と分かるごつい姿である。
「私はホスト部の面々に顔が割れている。女装は必要が無いだろうし、スカウトする人間がいないのはどうかと思う」
もっともな品川の意見に上野は言葉が詰まった。
「……こんな感じで良いのかな?」
黒っぽいゴスロリ風のメイド服を着用した新宿は照れながら上野と品川の前に現れた。いつももっさりと重たい髪型は無理やりカチューシャで撫で付けてショートカットのメイドさんを貫こうとしている。割と元の素材が良いので、なんとなく女子に見えなくも無いが……。
そして残りの大久保は後ろを向いたまま振り向かなかった。
準備はまだだと言うのだろうか?
赤いチャイナドレスにストレートのロングヘアのカツラを付けている。
「おい、準備出来たか?」
わざとらしく女装した上野がチャイナドレスを着た大久保の肩を引いて振り向かせる。
……いつもと変わらない眼鏡。
しいて言えば髪の毛がロングヘアになった位で余り代わり映えはしていない。かと言って、上野や新宿のようにいかにも「女装してます」といった風貌ではないのは確かだ。良く言えば中性的という部類に入る。特に特徴が無い女装と言えばそこまでの話になる。
「そもそも僕も女装する必要あるんですか?」
大久保は女装が遺憾らしく、いつもの冷静さを欠いて憤りを感じている。
「どうせなら皆平等が良いだろうとの判断だ」
そう品川が言うが、彼は女装をしていないので説得力が無い。
「平等じゃなくて不平等じゃねえか!」
似合わない女装姿で上野がプリプリと怒っている。が、彼は道連れがいるので意外と女装(というか仮装)にノリノリのようで遺憾では無さそうである。
「さあ、ホスト部へスカウトに行こうではないか!」
品川は上野と大久保の手を引き、両手に華(?)状態でプレハブの部室を出る。
「聞いちゃいねえのかよ」
品川の暴走は誰にも止められる奴はいない。
上野と大久保の手を引いた品川の後を新宿が遅れながら追いかけて行く。
「たのもー!」
部活棟にあるホスト部の豪奢な飾りつけを施した扉に向かって上野が叫ぶ。
が、中にいる者が出て来る前に品川が上野の口を塞いだ。
「女装がバレるから少し黙っていてくれたまえ」
「ふぐぐ……」
上野は女装しても上野らしく雄々しかった。がに股でじたばたしつつ後ろからしてきた品川の抱擁を解こうと抵抗している。
傍から見ると男が女に抱き着いている……ようには見えない。
上野が大人しくなった頃合いを見計らって、品川は拘束を解き、自らホスト部の門を叩く。
黒服と思われる制服姿のホスト部員の一人が部室のドアを開ける。
品川が連れている上野を一瞥すると眉をしかめたが、後ろに連れている新宿と大久保を見て頷くと背後にいるだろう部長に合図する。
しばらく間をおいて、
「いらっしゃいませ」
黒服の部員が品川達に頭を下げて部室の中に導く。
やはりホスト部の入室チェックがあるのは真実だったみたいだ。
ホスト部の内部は他の文化部の殺風景な教室然とした室内ではなく、西洋の城の一室をテーマとした内装になっている。山ノ手学園は金持ちが多数集まる学校という事もあり、ただの部室につぎ込んだとしても部員の財力が窺い知れる。
中に通された女装の面々が照明のシャンデリアに目をチカチカさせていると、
「やあ、品川君」
ホスト部の部長が女性の接客をやめて品川に近づいてきた。
部長についていた客の女子生徒がお茶を傾けながらこちらを上品に見ている。
「もしかしてうちの部に入部する気になったのかな?」
紅茶の杯を傾けながら気障っぽく品川に尋ねる部長は嫌味を込めて言っているのだろう、だが、品川は表情を変えなかった。
「唐突だが、ホスト部の部員を何人か野球部にくれないか?」
品川は大真面目である。真顔のまま部長に部員譲渡について申している。
間。
驚いたホスト部の部長は紅茶の杯を持ったまま固まった。
「アハハ、何を言うのかと思えば!」
紅茶の杯を持ったまま爆笑する。
同時にホスト部の部長の客である女性たちも「ホホホ」と嘲笑している様子だ。
「あの男とあの男、ああ、あの背の高いのもいただこうか」
品川はホスト部で活動している部員を次々と指差し、まるで物のように本気で貰おうとしている。
「アハハ、品川君は冗談が得意なのかな。つまらないな!」
ホスト部の部長は爆笑したまま反り返った姿勢を崩さないでいる。
「冗談ではなく、私はいつも真面目に言っているつもりだ」
品川はやはり大真面目だ。表情を崩さないまま長い前髪を威圧の意を込めて掻き上げた。
ホスト部の部長は眉をしかめた。「コイツ、本気だったのか」という言葉を飲み込んでいるようだ。
「ここはホスト部。指名は男性客では出来ない事になっている」
「……そうなのか」
一言で品川を黙らせた部長はニヤリと笑う。「さあ、帰ってくれ」とでも言おうとしたその時、
「じゃあ、ナンバーワンを一人お願いします」
品川の後ろに控えていた女装した野球部員達が勝手に黒服のホスト部員にナンバーワンの部員を指名した。
「……かしこまりました」
女性(?)客の指名は断れないホスト部員はしぶしぶ部室の奥に引っ込んで行ってしまった。
帰れとも言えなくなってしまったホスト部の部長は、
「まあ、お茶でも飲んでゆっくりしていけばいいさ」
そう言って品川達に席を用意して自分の元いた場所にすごすご下がっていった。
女装部員のお蔭で席に通された品川は少し遺憾なようだったが、結果的にホスト部の内部を調べたり勧誘するには最適な結果になったので少しは満足している。
ヘルプに扮したホスト部員から紅茶が支給される。
安っぽいティーパックに入った紅茶ではなく、ちゃんとティーポットで蒸らされた薄紅色のローズティーが各人のテーブルに置かれる。
「ナンバーワンの恵比寿君が来るまで僕とお話ししてください」
その作り笑顔は一番女装が様になっている大久保に向けられていた。
女装をしていない品川と他の野球部員は無視される。
「君に話すことは無い」
品川は大久保に代わって即答した。
ヘルプの部員のイケメンながらモヤシ然とした体格を気に召さなかったのだろう、憮然とした態度で次にこう言う。
「店長、チェンジで」
実は野球部全員が口裏を合わせたように満場一致していた。
野球部に貧弱なモヤシは(新宿以外←新宿は棚に上げている)必要無いとの決断である。
チェンジさせられたヘルプの部員はイラッとしながらすごすごと引っ込んで行った。
次に現れたのは割と地味な風貌の中途半端さが目立つホスト部員である。
「んー、君は冴えないサラリーマンか。七三分けより坊主が似合いそうだ」
品川はメインの女装した野球部員を差し置いて果敢にホスト部員に話しかけている。
その地味なホスト部員の前髪をオールバックにしたと思ったら懐から電気バリカンを取り出してスイッチを入れ始めた。
「ちょちょちょ! 待って下さい!」
容赦なく地味なホスト部員の額にバリカンが当てられる。
が、誰も品川の止められはしない。
「坊主にしたら野球部に来るといい」
ヴィィィィィィ。駆動音とともに前髪が剃り落される。
「ぎゃああああああああ!」
「やーれ! やーれ!」
上野は楽しくなって率先して品川をあおる。
他にも新宿と大久保も合いの手を入れながら品川を応援する。
全ては野球部勧誘の為に。
3分後……。
中途半端に地味だったホスト部員は坊主になっていた。
が、先程の七三分けとは違い、ワイルドな印象に移行してイケメン度が上がった。
「あああああああ……折角髪の毛伸ばしてたのに」
剃られたホスト部員は床に落ちた自らの髪の毛を見てひたすら嘆いている。
「オメー、そっちの方が似合ってるよ」
泣きそうになっている坊主のホスト部員をごつい女装の上野が慰める。
数日後、このホスト部員がホスト部で急成長するのは現時点で誰も知らない。
その時、
「待たせたでR」
ホスト部のナンバーワンである恵比寿一好がテーブルに現れた。
「他にも指名されてすぐにMEは離れなきゃいけないKど、楽しんで行ってクレイ」
すぐに恵比寿の分の紅茶も用意されて乾杯が始まる。
紅茶で乾杯はおかしいだろうが、未成年ゆえに酒が用意できないから仕方ないのだ。
「拓ちゃんがこの部に遊びに来るなんて珍しい現象でRな」
紅茶の杯を傾けながらこの日何杯目かわからない紅茶を恵比寿がすする。
「ここに来たのは他でもない、スカウトに来たのだ」
品川は静かに答える。
「一好君も野球部に来ないか?」
「ハハッ、何を冗談でも面白くないであ……」
恵比寿が他のホスト部員と同じく、勧誘を笑い飛ばそうとした時、
ストレートロングの黒髪を掻き上げて恵比寿を静かに見ている大久保が目に入った。
ズキューン! 何かが恵比寿の中で撃ち抜かれ弾け飛んだ。
「行こう。行きましょう!」
恵比寿に何が起こったのだろうか?
いきなり掌を返して野球部の勧誘に速攻で乗ってしまった。
「一体奴に何が……?」
いつものように笑い飛ばされると思っていたのに、二つ返事で返されて野球部員は驚いてしまう。
緊張を崩した大久保が脚を組み直すと、恵比寿の視線がそちらに行く。
割と地味な大久保は女装しても地味なままなのだが、その控えめさが恵比寿の感性に引っ掛かったのだろう。
「ははーん、そういう事か」
どうやら恵比寿は女装した大久保に一目ぼれしてしまった様子だった。
「こんな美しいマネージャーの頼みならば、この恵比寿、断る訳には行かないでR!」
大久保は恵比寿に直接頼んでいないのだが、ここは恵比寿の気が変わらないうちに何とか丸め込もうと余計な事は黙った。
「一好君、野球部に入ってくれるんだね?」
品川は確認と確保の意を込めて恵比寿の両手をつかんだ。
「勿論だよブラザー」
なんと恵比寿は野球部スカウトに乗ってくれたのだった。
不必要な女装は無駄かと思ったが、大久保が何とか恵比寿の気を良くしてくれたみたいだった。
「な、なんだとぉぉぉぉぉぉ?」
割と近いボックス席で聞いていたホスト部の部長が驚きの声を上げたが遅かった。
「MEは明日から野球部に行って甲子園を目指すでR」
なんと恵比寿は用意がいいのだろう、懐から退部届を取り出すと、部長の所まで持って行って突きつけたのだった。
「明日からは綺麗なマネージャーと青春を謳歌するでR」
恵比寿はうきうきしている。
「ぼ、僕はマネージャーなんかじゃ……」
「しっ、黙っとけ」
大久保が否定しようとすると上野が口を押えてそれ以上言わせないようにしたのだった。
恵比寿の好みはアジアンビューティーだったらしく、女装した大久保は彼の理想のタイプど真ん中だったみたいだ。
こうして恵比寿は野球部にスカウトされて入部することになった。