サッカー部に強襲
文字数 3,686文字
放課後、次にスカウトしに行く部活はどこにするか相談する事も無く、部員の多いサッカー部に乱入してやろうという事になった。
元ホスト部員の恵比寿を仲間にした野球部は、練習用ユニフォームを着用してサッカー部のグラウンドのフェンスの前に集まっている。
周りでサッカー部のファンである女子生徒がいて邪魔にされているようだが、品川の親衛隊が幅を利かせて黙らせている。
練習中のサッカー部ではギャラリーの多さに異変を感じ始めている。
サッカー部で花形のプレイヤーの一人と言えば反田悠五(たんだゆうご)という男らしく、彼は日焼けした肌に白い歯を輝かせ爽やかにギャラリーに手を振ってファンサービスをしていた。
隣で、反田の相棒と呼ばれている半袖のユニフォームを肩まで捲っている気取った高円寺修一(こうえんじしゅういち)はクールに通り過ぎて行っている。
「もしかして品川君、またナンバーワンをスカウトする気?」
新宿の質問に品川は無視していた。
同じセレブの恵比寿と一緒にオペラグラスを片手にグラウンドに散らばるサッカー部員を物色している。
「毛並みの良さはあのすかした野郎じゃねえの?」
上野が指差した反田はキャプテンマークの腕章を付けている。
「MEより目立つ奴は許さんでR!」
恵比寿は以外にも自分より人気がある奴はいけ好かないらしかった。彼の入学前からファンクラブのある従兄の品川の存在はもう認めているので話には出さない。
「とにかく坊主が似合う部員が欲しい所だな……」
品川は昨日も使った電気バリカンを持ち出してうずうずしている。
それにしても、真剣にサッカーの練習に取り組んでいるサッカー部にどうやって乱入してスカウトしてやるか野球部員は逡巡していた。
あまりにも気迫漂う強豪部活の練習風景に、弱小部はたじろいでいる。
そんな時、
「野球部の人が見学ですか?」
サッカー部のマネージャーの一人が、熱心に練習を見守っている新宿に声を掛けてきた。
「そそそ、そうなんですっ!」
女子に話し掛けられた事の無い新宿は女性の耐性が低く、上ずった声で答えた。
「熱心に練習している所を我が部活も見習わなくてはと……」
新宿がもじもじしながら会話を繋げようとすると、
「やあ、そこの美しいマネージャーさん」
「生きの良い部員を何人か連れてきてくれたまえ。彼らをスカウトする」
美しい人種である品川と恵比寿が同時にサッカー部マネージャーに声を掛ける。
「は……はい……」
目の中に星をちらつかせてしまってすっかり美しさに見惚れたマネージャーは彼らの言う事に従ってふらふらとグラウンドの奥に引っ込んで行ってしまった。
数分後、さっきのマネージャーがサッカー部員を5人連れてきた。
その5人の中に高円寺が含まれているようだが、キャプテンの反田はいないみたいだ。
密かに反田が来ると期待していたが、彼はファンサービスに忙しくて来てくれなかった。
「何の用だ?」
呼び出されたサッカー部員が皆怪訝な表情で野球部員を見る。
「どうやら君らは控え選手にもなれないプレイヤーらしいね」
品川はここにいる何人かがベンチ入りしていないのを調査済みだったのであえてこう言った。
ベンチ入り出来ている高円寺はムッとした表情でいるが、クールキャラを貫いているのかここでは突っ込んで来なかった。
「キャプテンに話を付けるから君達に我が野球部の力になってくれないだろうか?」
「今なら即レギュラーだぜ!」
品川の背後で親指を突き立て、白い前歯を輝かせて笑顔の苦手な上野が必死で微笑んでいる。
「それは駄目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
キャプテンの反田が遠くにいながら話を聞いていたらしく、慌てて部員が野球部に流れるのを阻止するべく駆けつけてきた。
「やあ、君も野球部に入りたいのか」
品川は真顔で、滑り込んできた反田に話し掛けた。
滑り込んできた反田は何の事かよく解っておらず、品川が長い金髪を掻き上げるのを間抜けに見守るばかりだ。
「ようこそ野球部へ!」
新宿が笑顔で反田を迎えようとすると、
「ちっがーう!」
全力で否定されてしまう。先手を打たれて怒る隙を失ってしまった反田が立ち上がって野球部員に怒鳴った。
「何で見学に来た野球部にうちの部員が引っこ抜かれなきゃなんねーんだよ!?」
「だって、彼らベンチにも入れず暇そうなんでRから可哀想で……」
高円寺の場合はたまたまピッチの外にいてベンチ入りもままならない部員と話していただけだったのだが、それをよく解っていない恵比寿は本気で憐れんでいた。
「俺、一応スタメ……」
「とにかく! うちからの部員勧誘は駄目だ!」
クール無口な高円寺が口を開こうとしたら反田がぺっぺと唾を飛ばしながら野球部員達に怒鳴り散らした。
確かにサッカー部員は腐るほどいても、大事な部員には間違いない。
「そうか」
品川は一応納得したように見せかけ、選択肢をなぜか上野に委ねた。
「よし、作戦は『殺してでも奪い取る!』だ」
一応選択肢には……
アイスソードを奪う
ガリガリ君で我慢する
2択あったようだ。それを上野が不良っぽく捻じ曲げ、残りの部員に伝えた。
「Oh! デンジャラスだけどラジャー!」
「俺貧弱だけど頑張るよ」
「やれやれ、先輩命令なら仕方ありませんね」
全員『殺してでも奪い取る!』作戦に賛成のようで、各自野球のバットを握りしめた。部員確保には致し方ないと思っている。
「ちょ、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇ!」
バットで本気で殺されると思った反田は、野球部の一番の権力者であろう品川に静止を求めた。
「わかった、わかったから、殺されるのは勘弁してくれ!」
反田に本気になって詰め寄ってきた野球部員の気迫に押されて観念する。
「PK戦で勝ったら一人部員を貸してやる」
あくまでも反田は勝負で勝ったらしぶしぶ部員を貸そうとしている。命令を出した青い髪をした男に殺されるのは嫌だった。
「PKって何だ?」
上から目線を貫こうとする反田に対して高圧的な態度で上野が向かう。
「は、PKも知らないのか」
上野の鬼のような視線に怯えながら律儀に説明をする。
つまり、両チームのストライカーが交互に互いのチームのゴールにボールを蹴り合う。それを互いのゴールキーパーが阻止するゲームである。
「5回打ち合うなら、5人だ」
簡単な説明を聞いた品川が右手を広げて5人寄越せと要求する。
「こちらが5回全てゴールすれば5人引き抜かせてもらおう」
品川はサッカーボールを抱えて自信ありげに宣言した。
「オイ、約束が違う。一人だ。それにこちらの条件を聞けよ」
「確かにフェアではないね。いいだろう、聞くよ」
どこから自信が湧いてくるのか解らない品川に対し、弱腰になりかけている反田は最後の切り札としてこう言い放った
「お前らが負けたら懲罰房1日体験だ!」
ざわ……
反田が叫んだ条件は、この学園に在籍する者なら誰でも震え上がる条件の一つだ。
「ちょ……懲罰房って……!」
「待ってよ、そんなのフェアじゃない!」
懲罰房の意味を知っている野球部員は怯えているが、意味の解っていない上野は懲罰房を拘留所と同意義に捉えており、なんとなくつられて怯えている。
「部員を5人も引き抜くなんて無茶苦茶だ。ならばこちらも無茶苦茶な条件で行かせてもらうからな!」
反田は条件を決して曲げなかった。
こうして互いに条件が成立した両者はPK戦でサッカー部員と懲罰房を賭けた戦いを繰り広げる事となった。
職員室でせんべいを齧りながら茶を啜っていた東は、いきなり茶を吹いた。
爆発でも巻き込まれたようにボロボロになった野球部員がサッカー部主将に連れられてやって来るのを目撃して驚いた。
反田は顧問の東に事情を話し、処分をしてもらうように説明した。
野球部はサッカー部のPK戦の末、敗北した。
ストライカー役の品川はゴールを5本決め、自分からゴールキーパー役を買って出た上野は全てミスし、サッカー部のストライカーである高円寺によってゴールを決められてしまう。勝負は延長戦に突入し、6回目で品川がゴールミスして勝敗が決まってしまった。
「つまり、こいつらを第二音楽室に連れて行けば良いんだな?」
懲罰房と呼ばれているのは第二音楽室の事らしい。なぜただの音楽室が懲罰房と呼ばれるのかは謎だが、芸能科に通っている恵比寿は深い意味を知っていた。
「NOOOOOOOOO! 軽音部の先生だけは勘弁するでR!!」
どうして軽音部の先生が恐ろしいのかは、その教師が在籍する部室と性格に由来するようであった。