マネージャーの行方
文字数 1,758文字
翌日、恵比寿は騙された事に気が付く。
「おはよーサンバルカン!」
空元気で意味不明なフレーズを吐きながら野球部のあるプレハブのドアを開けると、目当てのマネージャーはいなかった。
代わりにいたのはごつい男(上野)とモヤシっぽい男(新宿)の半裸姿だった。
ついでに、着替え終わった品川とまだ制服姿でユニフォームに着替えようとしていた大久保の後ろ姿だけだった。
「ああ、コレは君のユニフォームだ」
品川は淡々とした言葉で恵比寿を迎え入れ、彼にユニフォームを渡した。
「拓ちゃん、マネージャーは?」
「何の事だろうか」
最初からマネージャーなどはこの部活には存在しない。
恵比寿は部員が着替えているから外で待機しているのかと思って一旦外に出てみるが、姿が見えなかったので元いたプレハブに戻った。
「いないNO!?」
今更ながら驚いた恵比寿が、プレハブ内をキョロキョロする。やっぱりマネージャーはいる筈がない。
「マネージャーなんてこの部にいた試しあったか?」
上野が近くにいた古株の新宿に尋ねたが、彼は首を横に振った。
「マネージャーが昔いたみたいだけど、校長がみんな断ってたみたいなんだ。「甲子園に連れて行く女神は私しかいない」とか言って」
「んんっ?」
何かに感付いた恵比寿が新宿の細い肩を掴む。
「どゆ事? 昨日は野球部に女子がいたでR」
「ああ、あれな。俺らが女装してたんだ」
上野があっさり答えると、恵比寿がガックリとうなだれる。上野の女装は明らかに判っていたが、他の二人の女装には他の客の接客が忙しくていまいち気が付いていなかったのだろう。
「あんなのでよく門前払いされなかったよね。俺ヒヤヒヤしたよ」
「メイド服のレディは確か君だったでRか」
うなだれたままの恵比寿は新宿から手を放すと視線を彼から外した。
「ホスト部はオカマはレディのうちにカウントしているのでRよ。だから女装しても門前払いはされない」
「なるほど」
なぜ、見え見えの女装でも上野が摘み出されなかったのかが合点が行った。
「おい、MEは騙されたのKA?」
恵比寿は目頭に涙を一杯溜めながら品川に尋ねると、
「君は実に馬鹿だな」
という含み笑いが返ってきた。
どうやら恵比寿は頭の出来はあまり良くないみたいだった。
そして……。
「誰ですか? 僕のユニフォームに穴を開けた人は?」
珍しくユニフォームを身に着けた大久保が振り返ると、アウターシャツの乳首部分に丸い穴が開いていた。
「ぎゃははは!」
穴を開けた犯人、上野が大爆笑している。
大久保は犯人が即座に判明したので、むっつり怒りながらつかつかと上野の傍まで近づいてくる。
その時、
ドッキーン☆
恵比寿の心臓が跳ね上がった。
「だってオメー、いつもユニフォーム着ねえのがいけねえだろ。いいだろ黒乳首!」
「ぷーっクククッ」
馬鹿笑いをしている上野と新宿を殴りたいが、大久保は下級生なので殴れないでいる。悔しそうに拳を握りしめている。
品川は黙って上野と新宿の頭にそれぞれ拳を叩きつけて黙らせた。
辺りには血痕が飛び散っていたが知ったこっちゃない。
「大久保君、新しいユニフォームなら沢山用意させるから気兼ねなく破いたり汚すなりしてくれたまえ」
品川が手を叩くと、使用人のおばあさんが大久保用の新しいアウターシャツをプレハブまで持ってきてくれた。
「ありがとうございます、品川先輩」
怒りを治めた大久保は冷静な表情に戻って深々と頭を下げる。
破られたアウターシャツを脱いだ。
その姿を見ていた恵比寿は
「何だ……このHeartは?」
同性の大久保がただ着替えている姿にどぎまぎしていた。
「いや、騙されて良かったかも……」
恵比寿が気付かないうちに鼻血を出しているのを品川は見逃さなかった。
「フッ……」
計算通り的な顔で品川はほくそ笑んだが、その顔は誰にも見られていなかった。
「諸君、試合まであと数日しかない。頑張ろう」
品川はそう言うと先にバットとグローブを持ってプレハブから出て行った。