出会い
文字数 3,351文字
雪解けの水で嵩が増した第一級河川の橋のたもとで怒声と破壊音が響いている。
柄の悪そうなヤンキーが20人。
昔の漫画から飛び出してきたような時代遅れのバンカラスタイルの青年を取り囲んでいる。
「オラーッ!」
時代遅れの青年は上野剣太郎。古びた学生帽から飛び出す空色の短髪からは血が滴っており、河川敷の砂利を紅く染めていた。
ヤンキーに囲まれ、私刑に近い殴り合いの喧嘩ながら、上野は屈せずに軍勢に殴り返している。
バチン、バチン。拳のぶつかる打撃音が暗い橋の下に反響する。
ヤンキーの群れは上野を取り囲んではいるが、互いに自由が利かずに攻撃の範囲を図っている。
対する上野は単体の為、攻撃を受けながら手当たり次第に周囲を殴り暴れた。
どう。一人を殴れ2~3人を巻き込んでヤンキーが倒れる。
蹴り上げれば群れの一人が餌食になって吹き飛ばされる。
上野はそれぞれのヤンキーから攻撃を受け、血塗れになりながら善戦を繰り返す。
刃物で傷つけられた頬や鼻の下から流れた鮮血が唇を伝って咽喉を濡らす。
敵に向かって血の含んだ唾を吐く上野の表情は生き生きしており、劣勢を物ともせずに雄々しく立ち向かって行っている。
「らあ――――っ!」
たまたま運悪く間合いに入ってきた三下ヤンキーの顔面に蹴りを見舞い、無残な姿にさせる。
見る間にヤンキーを返り討ちにして数を減らし、河川敷で立っている者はとうとう上野とヤンキーのボスだけになった。
「おい、卑怯じゃねえか。なあ!」
上野が血塗れの鼻の下を拭い、威勢良く声を張り上げてボスと対峙する。
向かい合うと上野の方がボスよりも頭一つ以上高く、鼻血塗れの鼻を反らし上から威圧する。
「こ……このっ!」震えるボスは威勢が良いものの足がすくんで動けない。
蛇に睨まれた蛙状態になったボスが上野の報復を受ける。
ゴッ! 上野の強烈な頭突きがボスに炸裂した。
額を割られたボスは腰から砂利の地面に落ち、膝を突いた。
「ちょっと肩触っただけでピーピー騒ぎやがって。で、テメーは俺を呼び出して囲んで満足したか? ヘナチョコ頭領さんよ」
「畜生! いけ好かない態度も大概にしとけよ。後はお願いします!」
額を押さえて涙目になっているボスが新手を呼ぶ。
いつの間にか河川敷の上の遊歩道に強面のプロのお兄さんが数十人、ずらりと並んでいた。
チンピラと思われるお兄さんのうち、下っ端の3人が先行して下に滑り下りて来る。
「テメーは『仲間を呼ぶ』しか能がねえのかよ?」上野が呆れる。
「ハハハーッ! 俺様が極道の息子だった事が運の尽きだったようだなァ!」
ヤンキーのボスはただの家庭の子供では無かったようで、それなりの地位がある極道のボンボンだったようだ。腰が抜けた情けない格好のままで、強そうなチンピラに「かかれ!」と上野を八つ裂きにするよう命じた。
品川拓海は車窓を眺めていた。
白い革張りの高級車の中で漆黒の学ランが映える。絹糸のような長めの金髪を束ねた美丈夫の口角が不適に上がる。
品川が車窓から凝視する先に河川敷の対岸が見える。
視線の先に広がる世界は『バイオレンス』そのものだ。
時代遅れの番長と呼ばれていた漫画みたいな青い髪の男が、下品な服装の大人にタコ殴りに遭っている。
遠くから見ていてもその男にはまだ覇気がある。しかし、倒されるのも時間の問題だ。
「蒲田、あとどれくらいだ?」
執事は腕時計を一瞥する。
「はい。拓海様、10秒程でスタンバイ出来ます」
品川と執事の会話が終了して、河川敷周辺が急に物々しくなる。
防護服を身に着けた警備員が計100人、10人毎に整列してそれぞれ別の路地から河川敷に向かって規則正しい駆け足で集まってきた。
上野の体力は限界に来ていた。
立て続けの攻防戦に疲れ、一瞬の隙を見せた時にチンピラに取り押さえられた。
「よう兄ちゃん、えらい派手にやってくれはりましたなぁ」
「ボン、やっと捕らえやしたぜ」
羽交い絞めにされた上野の顔は腫れあがって原型がわからなくなっており、暴言を吐けばすぐに殴られる状態になっている。
無言のまま上野がヤンキーのボスを睨みつける。
「ガンつける元気だけは認めてやる。だがな、俺様に歯向かった事は許せん!」
佇まいを直したボスが、拘束されて無抵抗の上野の顔に唾を吐いた。
「カーッ、ペッ!」
ボスが吐いた汚い痰と唾が上野の頬を伝って血と混ざり、ベチャッと音を立てて落ちた。
「さ、ボン、一思いにどうぞ」
チンピラの親分は礼儀正しく、子分に視線で命じて拘束したまま上野の体を前に突き出させた。
「ヒャハーッ! 死ねやぁぁぁぁっ!!」
卑怯な相手のボスが下卑た奇声発しながら、取り押さえられた上野の腹を容赦無く蹴った。
「ぐほっ!」
一撃を受けた上野の肉体は鯖折りになり、血反吐を吐いて動かなくなった。
直後、
「1・2・3・4・アイザック!」
体育会系の張りのある声が河川敷周囲に広がり、上野を理不尽に取り囲む悪の軍団の方へ近づいてくる。
武装した警備員の集団が土手の芝生を滑り降りてきた。
「確保――――!」
「なんじゃこりゃぁぁぁぁ?」
ボスが間抜けな声を上げた時にはもう遅い。
突っ込んできた警備員の人波に圧され、悪の軍団はヤンキーのボスもろとも即座に取り押さえられた。
「野郎、何すんじゃいワレェ!!」
「どこ触ってんじゃ、ボケがぁ!」
プロとヤンキーの怒号だけが河川敷の橋の下で反響する。
警備員は統率の取れた動きで極道の者達を捕らえ、待機していた警察に即座に引き渡した。
圧倒的な人海戦術で制圧し、武装した警備員に睨まれたヤンキーの軍団は全く動けなくなった。
数瞬の後、学生服をきっちりと着こなした金髪の貴公子が執事を従えて河川敷に降りてくる。
品川は無言で、地面に倒れ伏している上野の側で立ち止まった。
「…………」
ボロ雑巾同然の自らの血や泥で汚れた男をひたすら見下ろしている。
品川の視線は、時代遅れの服装をする変な生き物に釘付けだ。
「何だよテメーは?」上野がキッと睨み返す。
眼光鋭い上野の威嚇も気にせず、品川は興味深そうに彼を見下ろし続ける。
それを少々不気味に思った上野は、「立て」と促された気がして、怪我の痛みに耐えながら引きずるようにして立ち上がる。
「拓海様が、この者達をどうするか、判断は貴方にお任せすると仰っております」
執事が恭しく上野に言った。
彼の立ち居振る舞いは上品かつ洗練されており、側にいる品川の身分は相当な金持ちだと説明しているようだった。
上野は反抗的な形相で睨み返す。
「余計な事すんじゃねえよ。俺が全部やっつけるつもりだったのに」
「やれやれ、素直じゃないな」
品川が上野に向かって溜め息を吐き、白い絹の手袋に包まれた手を、パン、と鳴らした。
瞬時に警備員が動き、拘束されていた筈のヤンキーの軍団はボス共々解放された。
いきなりの事態に、ヤンキー達は困惑している。
「諸君、彼を煮るなり焼くなりするといい」
品川がいきなりヤンキー側に掌を返した。
が、咄嗟の事にヤンキーの軍団が面食らって動けない。
程無くして、
警備員達が動き出し、ヤンキーを促すように上野に襲い掛かる!
上野を団子状態に取り囲み、おしくらまんじゅうのような猛襲が始まった。
「ギャーッ! これ以上は死ぬーっ」
身動きの取れない上野が悲鳴を上げる。
すると、品川は満足そうに頷いた。
「もうやめてやりなさい」
静かな一声が、警備員の動きを止める。
瞬時に警備員のターゲットがヤンキーに変更され、彼らを再び取り押さえた。
突拍子も無い命令と混乱の中、人間団子の中心から虫の息の上野が吐き出される。
「何なんだこの野……郎……」
上野は血が付いた砂利の上で気絶した。