部活飯(あつあつおでん)

文字数 2,729文字






 次のスカウト先が思い浮かばないまま、1時間が経過する。

「みんなー、出来たわよー」

 南がプレハブの一角でおでんを用意して野球部の面々を迎え入れる。おでんはついさっき春の85円セールで買ってきた出来合いのものを鍋に移して温め直しただけだ。

「おっ、おでんですか。豪勢ですね」

 一応この野球部で顧問の東がどこからかおでんの匂いを嗅ぎつけてやって来る。今日に限って野球のユニフォームをちゃんと着ていた。

「東先生、いいところに来ましたね」

 品川が東の背後に回って不敵な笑みを浮かべる。

「みんな、東先生がいらっしゃったので早速始めたいと思う!」

 何やら上野と品川がチームリーダーとなって二人羽織り対決を始めるみたいだった。因みに、リーダーは二人羽織りの中に入っておでんを食べさせる役だ。
 外で食べさせられる役は東と新入りの反田だ。

「さあ、来い! 全裸ボディペイントの刑は嫌だろう」

 上野は先に大きな羽織を羽織って反田を導く。

「う上野……!」

 反田は上野の澄んだ瞳に導かれるようにして羽織を羽織った。

「反田悠五、あみだくじで上野君と組めるようになったようだが、全力でぶち殺す。上野君には可哀想な目に遭って貰って忍びないが負かす……」

 品川はぶつくさと呪いの呪文のように呟きながら羽織を羽織って東を中に入れた。
 密かに新宿も指を咥えて反田を羨ましそうに見つめていた。

「ちょっと!? 俺、なんか理不尽じゃない?」

「いいえ、あみだくじの時に不在だったのが悪いのです」

 東の抗議なんててんで無視でおでんの二人羽織り早食い対決が始まる。

 カーン!

 大久保が鍋の蓋をお玉で叩いて勝負開始!

 まずは熱々のがんもから両者は箸をつける。

「がんばれー!」

 南が野太い声で声援を送ると、東の顔に熱々のがんもが張り付いた。

「あっ熱い熱い!」

 仰け反ってがんもを避けようとするが、羽織の中に入っている品川が許さない。

「こうして顔に張り付けて冷ましているのですから、頃合いを見計らって食べて貰わないと困ります」

 東の背後で品川がぼそぼそと囁く。まるで自分が不幸のどん底にいるかのような声色だった。

 品川と東がもたついているうちに上野と反田のペアはがんもを既に食べ終えていた。

 カンカーン!

「勝負あり! 第一試合は上野&反田組の勝利」

 大久保が淡々とした声で勝敗を伝える。
 すると、東が燃え尽きたようにしてテーブルに突っ伏した。がんもは口に含めずにテーブルに滑り落ちていた。

「こんな筈じゃ無かったのに」

 品川は羽織の中の暗闇で心底悔しそうに呟いている。

「拓ちゃん、まだ2試合残ってるでRよ。まだまだ勝負はついてないYO」

 恵比寿が明るい表情で外から従兄を励ましているが品川には全然効果が無い。

「上野君を殺して私も死のう!」

 品川は羽織の中でそう決心していた。
 何やら不気味な一言に上野が戦慄する。

「おし、地道に頑張ろうぜ……。指示は任せる」

「よし、任せろ。俺はそういうのが得意だ」

 元ヤンキーと元サッカー部のキャプテンは地道に点を稼ごうと意気投合している。
 それが気に入らない品川はギリギリと歯ぎしりをしながら東越しに2人を睨んでいた。

 第2回戦……。
 おでんにはやはりお約束なのは大根と卵なのかも知れない。セットにされた二つが皿に載せられる。

「冷めないうちに召し上がれ♪」

 南は可愛らしいポーズを付けて各ペアに大根と卵が載った皿を差し出す。仕草が可愛くてもやはり声は野太い。

「品川! まずは大根を箸で4分割して俺の口に運べ!」

 東は熱々のおでんを前に怯えながら品川に指示を出す。
 しかし、品川は見えているのか見えていないのか分からない絶妙な加減で卵を箸で掴んだ。

「違う! そうじゃな……熱いっ!」

 熱々に熱されたおでんの卵が東の口の中に放り込まれた。
 そのままのみ込めと言わんばかりに箸で口元を押し付ける。

「むぐっむぐぅぅっ!」

 東は苦しそうに咀嚼すると、一気に飲み込もうと頑張る。
 だが、水分を必要とする卵の黄身にむせて吐き出す。

「げふっげふぅ!」

 飛び散った卵の残骸は殆ど全て新宿に降りかかっていた。

「上野君頑張ってー!」

 泣きそうな新宿は構図の汚さに負けずに上野へ声援を送る。東の妨害行為にも見える嘔吐にも屈しなかった。

「美しくないっっっ!」

 勝負に嘆く品川は激怒して東を蹴り倒した。

「貴様は黙って食事も出来ないのか? このでくの坊が!」

 品川は羽織を羽織ったまま、白目を向いた東に残りの大根を口の中にポイポイと突っ込んだ。明らかにそれは反則行為だった。

「品川先輩、諦めましょう。敗北です」

 大久保が肩で息する品川を振り向かせると、反田は既に食事を終えていた。

「どうしてなんだぁぁぁぁ……」

 品川の叫びはグラウンドへと消えて行った。




 何故か上野はサンバカーニバルの女性の衣装を着せられ、野球のユニフォーム姿の品川と東と共に日の沈んだグラウンドを走っていた。

「どうしてこうなった?」

 上野はカーニバルの衣装をひらひらさせながら青ざめた顔でマラソンをしている。
 疑問符を今更浮かべても遅い。
 どうしてこうなったかというと、二人羽織り対決の後に品川が柄にもなく取り乱した所為なのであった。上野に負けるのは理不尽だとごねて嫉妬されたのが急に可愛くなったのが敗因だ。
 後はよく解らない要素が加わっていた。
 全身ボディペイントの案は提案した品川が対決に敗北した事で撤廃された。

「あと6周よー6周!」

 南はマネージャー然としながら、バットを地面に突き立てて3人に声援を送っていた。
 そして閃く。

「ねえ、君達」

「何でしょう、校長先生?」

「あたしの独断なのだけど、東先生を明日から東君と呼びなさい。東先輩も可能よ」

「何故……?」

「こうなったら顧問から下ろして部員にするわ。ユニフォームもそん色なく似合ってるし、暗闇の中だったら高校生も社会人も区別はつかないわ」

 こうして南は東を顧問から無理やり引き摺り下ろして部員にする事にした。
 東は高校4年生として登録して、一時的に再スタートする事になった。

「あ、そうだわ。高校生に見えそうな先生方捕まえてきましょう」

 そう言って南は電気の点いた職員室へと消えて行った。
 取り残された野球部員達は互いに首を傾げていた。







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