好転する戦況
文字数 2,331文字
レイライムは得意の速度と技を駆使して、何とかラドリフの懐に入り込めないか考える。
荒れ狂う暴風の様な、むやみやたらに振り回されるハルバード、それが生み出す旋風に阻まれて思うように踏み込めず、忌々し気に奥歯をかみ占める。
長柄の武器を、木の枝を扱うかのように軽々と振り回し、機会を見れば大地をたたき割るかと思うほどの力強い一撃を放ってくる【狂犬】の力技は、速度と技巧で相手の防御を崩し、懐に入り込んで武器を自由に振り回せなくしたうえで急所を突くという、レイライム本来の剣技を、満足にさせてはくれず、結果的に無駄に長い時間互いに決め手に欠けた応酬を繰り返すだけとなっていた。
右肩からの切りおろしは、穂先ではじかれ、それをフェイントとして素早く胴を横なぎにした一閃は、ハルバードの柄でたやすく受け止められる。
反撃を警戒して、後ろに飛び下がり再度出方をうかがう。
もう何度も繰り返した攻防。
このままでは埒があかないと焦りが心を支配していく。
「何やってんのよあんたは!」
突然背後から上がる声。
何でこいつがここにいるんだ、後方で控えていたはずだろう。
予想外の事態に、主阿須振り返ったレイライムの目に見慣れた、しかしここにいるはずのない人物の姿が映る。
闇の中でも存在感を感じさせる、凜とした力強い紫色の瞳。
肩の辺りで切りそろえられた髪。
そして炎のように赤い胸部鎧 に両手には剣を携えている。
「アスティーナ、何でここに。お前はレイルーナの護衛だろ」
「何言ってんのよ、あんたがそのハゲを押さえ込めなくて、戦線が膠着してるって泣き付かれたのよ私は。だからこうして出張ってきてるの。ちゃんと仕事はこなしてよね」
言いながら血がついた剣を横薙ぎに一振りして、レイライムの隣まで歩いてくる。
「あんたは私と入れ替わり。早く大事な妹のところに戻りなさいな」
レイライムの肩を軽く叩いて言う。レイライムはそれにうなずきで返して身を翻すとアスティーナの来た方に向かい走り出していった。
「ということで【駄犬】さん、今からは私が相手をするわ。せいぜい楽しませてよね」
強気の表情のまま、左手の剣先をまっすぐにラドリフに向けて、アスティーナは不敵な笑みを浮かべる。
「こ、こ、こ……小娘がぁ!この俺を馬鹿にしよって。ゴミくず同然の平民の分際で!!」
「あららぁ、頭が悪いのは解っていたけど、目も悪いようね。こんな気品を纏った平民がいると思ってるのかしら」
怒り狂うラドリフを挑発するかのように、アスティーナは嘲笑した。
「何がおかしい、小娘!」
「だいたいさ、あんたって中央貴族ですらない下級貴族でしょう、何を偉っそうにわめいてるのかしら。」
アスティーナは剣を持ったまま、肩をすくめて小馬鹿にしたように言う。
中央貴族とは、帝都に居を構えることを赦された貴族であり、必然、国の中枢でもある貴族会議に参加することが出来る地位にある貴族のことである。
それ故に貴族と呼称されても、中央貴族はその権力も立場もそれ以外とは隔絶されている。
「おわかりかしら、貴方はこの私の前に立つことさえ、本来は赦されないのよ。このアスティーナ・アデリアードの前にはね」
「な……おまえが、中央貴族の御三家、アデリアード公爵家の人間だと……信じられるか!」
「ま……別にあんたに信じて貰わなくても結構、どうせあんたはここで私に倒されるんだしね」
「俺をここまで虚仮にするとは、覚悟は出来ているのだろうな……手を捥いで、足を切り落とし身動きがとれなくなった貴様を散々にいたぶって、殺してくださいと懇願するまで蹂躙してやる。戦いのあとの火照りが静まるまで何度もな!」
そう言うと【狂犬】はハルバードを頭上で回転させ始める。
アスティーナはそれを見ても余裕の笑みを崩さずに、両の剣を胸の前辺りで交差させて足を肩幅くらいに開いたまま構えている。
回転させるハルバードが空気を切り裂く音がどんどんと大きくなっていき、そしてそれがピークに達した時、2人は同時に動いた。
一度だけ響いた、鉄どうしが打ち合う甲高い音。
続けて起こったのは低く、うめくような声。
そしてそれに僅かにおくれて、何かが倒れ込むようなどさっと言う音が響いた。
回転運動が最大に達した時、ラドリフはその加速を武器の重さに重ねて、アスティーナを一刀両断する勢いで武器を振り下ろした。
アスティーナは真正面から少しだけ身体の軸をずらせると、右手の剣でハルバードの側面を正確に打ち抜いて、その軌道をずらすと同時に、がら空きになったラドリフの上半身、いや顔面に向かって素早い突きを放っていた。
それを躱そうと身体をひねろうとするが、身体の中心線はそう容易く動いてはくれない、必死に藻掻くが切っ先は容赦なくラドリフの眉間を貫いていた。
まさに一瞬、一合打ち合っただけの戦いだった。
「まったく、相変わらず得手不得手がはっきりしすぎなのよ、レイライムは。」
横目でラドリフをチラリと見て、起き上がってくる気配がないことを確認すると、アスティーナはため息交じりに言った。
みなが畏れていた巨漢の怪力漢-【狂犬】ラドリフ-が、一瞬でアスティーナに倒されたのを見た民兵達は途端に活気づいた。
みな勇ましい叫び声を上げて、目の前にいる敵を全力で攻撃し始める。
反対にラドリフを失った帝国兵達は、完全に浮き足立っていた。
あの恐怖の象徴でもあった絶対的な暴力、ラドリフが容易く討ち取られたのを目撃して、完全に心が折れてしまったのだ。
その様子を見たアスティーナは、右手の剣を天高く掲げて突撃を命じるのだった。
この戦闘は勝てる。
誰もがそう思い、士気は天をつくほどに高まっていた。
荒れ狂う暴風の様な、むやみやたらに振り回されるハルバード、それが生み出す旋風に阻まれて思うように踏み込めず、忌々し気に奥歯をかみ占める。
長柄の武器を、木の枝を扱うかのように軽々と振り回し、機会を見れば大地をたたき割るかと思うほどの力強い一撃を放ってくる【狂犬】の力技は、速度と技巧で相手の防御を崩し、懐に入り込んで武器を自由に振り回せなくしたうえで急所を突くという、レイライム本来の剣技を、満足にさせてはくれず、結果的に無駄に長い時間互いに決め手に欠けた応酬を繰り返すだけとなっていた。
右肩からの切りおろしは、穂先ではじかれ、それをフェイントとして素早く胴を横なぎにした一閃は、ハルバードの柄でたやすく受け止められる。
反撃を警戒して、後ろに飛び下がり再度出方をうかがう。
もう何度も繰り返した攻防。
このままでは埒があかないと焦りが心を支配していく。
「何やってんのよあんたは!」
突然背後から上がる声。
何でこいつがここにいるんだ、後方で控えていたはずだろう。
予想外の事態に、主阿須振り返ったレイライムの目に見慣れた、しかしここにいるはずのない人物の姿が映る。
闇の中でも存在感を感じさせる、凜とした力強い紫色の瞳。
肩の辺りで切りそろえられた髪。
そして炎のように赤い
「アスティーナ、何でここに。お前はレイルーナの護衛だろ」
「何言ってんのよ、あんたがそのハゲを押さえ込めなくて、戦線が膠着してるって泣き付かれたのよ私は。だからこうして出張ってきてるの。ちゃんと仕事はこなしてよね」
言いながら血がついた剣を横薙ぎに一振りして、レイライムの隣まで歩いてくる。
「あんたは私と入れ替わり。早く大事な妹のところに戻りなさいな」
レイライムの肩を軽く叩いて言う。レイライムはそれにうなずきで返して身を翻すとアスティーナの来た方に向かい走り出していった。
「ということで【駄犬】さん、今からは私が相手をするわ。せいぜい楽しませてよね」
強気の表情のまま、左手の剣先をまっすぐにラドリフに向けて、アスティーナは不敵な笑みを浮かべる。
「こ、こ、こ……小娘がぁ!この俺を馬鹿にしよって。ゴミくず同然の平民の分際で!!」
「あららぁ、頭が悪いのは解っていたけど、目も悪いようね。こんな気品を纏った平民がいると思ってるのかしら」
怒り狂うラドリフを挑発するかのように、アスティーナは嘲笑した。
「何がおかしい、小娘!」
「だいたいさ、あんたって中央貴族ですらない下級貴族でしょう、何を偉っそうにわめいてるのかしら。」
アスティーナは剣を持ったまま、肩をすくめて小馬鹿にしたように言う。
中央貴族とは、帝都に居を構えることを赦された貴族であり、必然、国の中枢でもある貴族会議に参加することが出来る地位にある貴族のことである。
それ故に貴族と呼称されても、中央貴族はその権力も立場もそれ以外とは隔絶されている。
「おわかりかしら、貴方はこの私の前に立つことさえ、本来は赦されないのよ。このアスティーナ・アデリアードの前にはね」
「な……おまえが、中央貴族の御三家、アデリアード公爵家の人間だと……信じられるか!」
「ま……別にあんたに信じて貰わなくても結構、どうせあんたはここで私に倒されるんだしね」
「俺をここまで虚仮にするとは、覚悟は出来ているのだろうな……手を捥いで、足を切り落とし身動きがとれなくなった貴様を散々にいたぶって、殺してくださいと懇願するまで蹂躙してやる。戦いのあとの火照りが静まるまで何度もな!」
そう言うと【狂犬】はハルバードを頭上で回転させ始める。
アスティーナはそれを見ても余裕の笑みを崩さずに、両の剣を胸の前辺りで交差させて足を肩幅くらいに開いたまま構えている。
回転させるハルバードが空気を切り裂く音がどんどんと大きくなっていき、そしてそれがピークに達した時、2人は同時に動いた。
一度だけ響いた、鉄どうしが打ち合う甲高い音。
続けて起こったのは低く、うめくような声。
そしてそれに僅かにおくれて、何かが倒れ込むようなどさっと言う音が響いた。
回転運動が最大に達した時、ラドリフはその加速を武器の重さに重ねて、アスティーナを一刀両断する勢いで武器を振り下ろした。
アスティーナは真正面から少しだけ身体の軸をずらせると、右手の剣でハルバードの側面を正確に打ち抜いて、その軌道をずらすと同時に、がら空きになったラドリフの上半身、いや顔面に向かって素早い突きを放っていた。
それを躱そうと身体をひねろうとするが、身体の中心線はそう容易く動いてはくれない、必死に藻掻くが切っ先は容赦なくラドリフの眉間を貫いていた。
まさに一瞬、一合打ち合っただけの戦いだった。
「まったく、相変わらず得手不得手がはっきりしすぎなのよ、レイライムは。」
横目でラドリフをチラリと見て、起き上がってくる気配がないことを確認すると、アスティーナはため息交じりに言った。
みなが畏れていた巨漢の怪力漢-【狂犬】ラドリフ-が、一瞬でアスティーナに倒されたのを見た民兵達は途端に活気づいた。
みな勇ましい叫び声を上げて、目の前にいる敵を全力で攻撃し始める。
反対にラドリフを失った帝国兵達は、完全に浮き足立っていた。
あの恐怖の象徴でもあった絶対的な暴力、ラドリフが容易く討ち取られたのを目撃して、完全に心が折れてしまったのだ。
その様子を見たアスティーナは、右手の剣を天高く掲げて突撃を命じるのだった。
この戦闘は勝てる。
誰もがそう思い、士気は天をつくほどに高まっていた。