荒れ狂う暴風

文字数 2,599文字

「焦る気持ちはわかるが、しっかり引きつけろ」

 薄闇の中でテキパキと指示の声が上がる。
 【狂犬】の軍は平民風情と侮っているのか、数で踏み潰すつもりなのか、何の小細工もなく一番広い街道を進軍ルートとして攻め寄せてきた。
 そこは唯一と言っても良いくらいに防護柵を設営できていた場所であり、初動はレイライム達に味方したと言える。
 柵のある場所では、敵を可能な限り引きつけて、猟師が主軸の弓隊が弓を射かけることで敵の数を減らす作戦だった。

 帝国兵の姿がはっきりと見えるくらいの距離になり、サムジーは与えられえていた赤い旗を力一杯振った。
 幾つもの風切り音が立て続けに起こり、夜空へ幾つもの矢が吸い込まれていく。
 それが開戦の合図となった。

 全身に重厚な鎧を身につけているとは言え、歩兵はやはり動きやすいように重要部位以外は覆っていない、そこに無数に矢が降り注いできたため、たまらずに何人も離脱していく。

「もっと射かけるんだ、続けて2斉射!斉射が終わったら突っ込むぞ!」

 レイライムの声が上がる、的確に指示を送っているようだ。
 その声に従い弓隊は立て続けに2射を行い、柵から離れる。
 その動きに合わせて、各々が手に自分が戦いやすいと思う得物を持った民兵集団が突撃を開始する。
 先頭を走るのは銀色の胸鎧(ブレストアーマー)を身につけたレイライムだ。
 その後ろにはチグハグの装備品を身につけた集団が続く。
 有る者は集草フォークを、有るモノは斧を手に怒声を上げながら帝国軍に向かって走っていく。

 報告で状況を知った【狂犬】派怒りを抑えることが出来なかった。
 何というふがいない兵どもだと、怒りの矛先は兵士に向いている。
 ()()()()()むざむざと討ち取られるとは情けない、あとで奴らの家族は全員処罰してやるぞ…と味方に向かってまで残虐な気持ちを向けていた。
 そこにかすかに怒声が聞こえてくる。
 何事かと隣にいた副官に誰何すると、町から打って出てきた者達の声だと解る。

「のこのこと出てき居ったか……わしの獲物を持て!」

 【狂犬】ラドリフはそう言うと、馬に乗ったまま右手を差し出す。
 部下達も心得たモノで、3人がかりで大きな長方形の箱を運んできて、ラドリフの馬の足下にそれを下ろすと、蓋を開ける。
 そこには重厚そうな作りの斧槍(ハルバード)が収納されていた。
 そのハルバードをやはり兵士3人がかりで持ち上げて、ラドリフの手に差し出すと、ラドリフはそれを片手で易々と持ち上げる。
 恐るべき膂力、これこそが【狂犬】が暴虐でありながら崇拝され、畏れられている所以である。

「俺が先陣を切る……貴様らも続け!!

 言うが早いかハルバードを両手に持ち直し、(あぶみ)を強く蹴りつける。
 激しく脇腹を蹴られた馬が、一瞬竿立ちになり、次の瞬間には雷光のよう速さで走り出した。
 一瞬呆然としていた副官は、しばしその後ろ姿を眺めていたが、ふと我にかると、慌てて全軍突撃の命令を出した。

 勢いは完全にグルップル側にあった。
 初手で弓矢にて敵の出鼻を挫き、混乱の収まらぬうちに歩兵の突撃を敢行したため、帝国側は混乱から立ち直れず、体勢を立て直すこともままならないまま、突出してきた民兵達に個別に撃破されていく。
 先陣を切っていたレイライムも、風の如き剣とうたわれる神速の剣技で、敵兵を瞬きをする間に次々に切り伏せていた。
 
 誰もがいけると確信していた。この戦は勝てると心のどこかで信じていた。
 その時、闇を切り裂くかのような激しい(いななき)と馬蹄の音、そして断末魔の叫び声が起こる。
 立て続けに赤い血があちこちで吹き上がり、苦悶の声が響く。

「ウジ虫どもが、手こずらせおって……だが、これでおしまいだ」

 霊異ライムの眼前、赤い鎧を身に纏った大柄な男が、その体躯に見合った巨大な馬にまたがったまま、重々しいハルバードを縦横に振り回しながら大音声でそう叫んでいた。

(あの男、まずいな……、こちらは所詮民兵。押している時は良いが一度浮き足立ってしまうと一気に崩れるぞ)

 なんとしてもあの男を止めねばならない、そう決意するとレイライムは大きく剣を振りかぶり間合いを詰める。

「ほう……烏合の衆というわけではなさそうだな、面白いまずはお前から相手してやろう。このラドリフの手にかかる事を光栄に思え」

 こちらに向かって走り込んでくる、金髪の男を視界の端に捉えると、振り回していたハルバードを右腕に引き寄せ、鐙を強く挟み込んだまま【狂犬】が愉快そうに笑う。

「猛将ラドリフ殿が直々におこしとはな、これは丁重にもてなさねば無礼になるか。遠慮は要らない一太刀受け取って貰おうか」

 レイライムは走り寄る勢いを全く弱めることなく、そのまま速度と体重を乗せた一撃を馬に向かって放つ。
 だがその動きを予測していたラドリフは、ハルバードを右手だけで持つと、馬と剣の間にそれを差し入れて、易々とその攻撃を受け止める。

「ちっ……化け物かよ……いくら俺が非力だと言ってもそうあっさり止められたら、立場がないんだがなぁ」

 【狂犬】のハルバードであっさりと攻撃を受け止められたレイライムは、ぼやきにもにた言葉でそう言うが、攻撃を止める気は無い
 自分の真骨頂は速度こそにあると解っているレイライムは、攻撃を受け止められたと同時に素早く剣を引き、今度は馬への刺突に切り替えていた。
 それも目にもとまらぬ電光石火の三段突き。
 並の武芸者なら、その軌跡を目にすることも叶わないまま、気がつけば命を失っているほどの高速の突きである。
 さすがの【狂犬】もこの攻撃には対応しきれず、愛馬の首に一撃を入れられてしまい、馬上から投げ出されてしまう。
 それでも持ち前の反射神経で、なんとか転がることで攻撃を避けて、立ち上がる。

「この俺を下馬させたことは褒めてやる。だが馬の弁償も合わせて貴様の命で償って貰うことになるぞ」

 愛馬を失い、苦々しい想いをかみつぶしながら、ラドリフはゆっくりとハルバードを両手で構え、しっかりを足を踏みしめてどんな攻撃にも耐えられるように身構える。

(俺が一番苦手とするパワーファイターか……さて、どうしてくれようか)

 どっしりと構えられ、どう切り崩すべきかと逡巡しながらも相手からの攻撃を警戒して間合いを広げる。
 二人の周囲では度切れる事の無い叫び声や金属を打ち合う乾いた音が響いており、まだ戦況が決するにはほど遠いとしわ閉めていた。

 
 
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