籠の中の鳥は大空を羽ばたく夢を見る

文字数 1,608文字

 もう何度目のため息なのだろうか、そう思うのも億劫になるほどの回数のため息を私は吐いている。
 目の前には、帝都のごみごみとした街並みがある。
 ごてごてとして、美しさのかけらもない、そんな街並み。
 帝国の首都、この帝都に住まうことが出来る貴族を、中央貴族と呼ぶ。
 
 各地に点在する貴族達とは一線を画す、権力と影響力を持つ、貴族の中の貴族。
 その中でも御三家と呼ばれる、強大な権力を有する貴族達。
 御三家が結託すれば、皇帝の命令さえも覆せるとまで言われている。

 その御三家の1つ、アデリアード公爵家。
 その家のただ1人の子供、それが私……アスティーナ・アデリアードだ。
 普通の民であれば、働かなくても家族全員が一生食べていけ、その上でまだ有り余るほどの財力。
 帝都の中でもひときわ目立つ豪奢な家。
 ひとたび出かければみなが頭を垂れて、無人の野を行くが如く自由に動けるほどの存在。

 他の人が聞けば羨ましいと思うのだろう境遇。
 しかし私にはそれは呪いに近いものだった。
 公爵家ただ1人の子供、それも女児で在る。
 いずれは家のために、親の決めた男と結婚をして子を産み、そしてその子供を有能な跡継ぎにすべく人生を浪費し生涯を終える。
 決まり切った人生が約束されている、そんな呪われた身分。
 
 自由になりたい……。
 何度もそう祈った。
 何度もそれを願った。
 だけどもどれほど神に祈りを捧げようとも、その願いが叶うことはない。
 それがこの家に生まれた宿命なのだろう、いつからか私はそんな諦めの気持ちを心に宿した。
 日々の習い事、生活その全てで、仮初(かりそ)めのアスティーナ令嬢を演じ、その裏で血を吐くような呪いの言葉を紡ぐ。
 そんな歪な存在になっていた。

 今日はこの後、ダンスレッスンが控えているのだったわね。
 私が一番嫌いなレッスン。
 社交の場において存在感を増すため、良い殿方に好感を抱いて貰うためにこびを売る技術。
 全く興味がわかない。
 自分が恋い焦がれる相手ではない男に、どうして媚びを売らねばならないのか。
 自分が安売りされるようで不快だった。
 だから私は逃げた。

 こっそりと手に入れていた男装用の服に着替えると、腰に護身用の小剣(ショートソード)を吊り下げる。
 長い髪で女とばれないように、手早く髪をアップに纏めて目深にフードを被る。
 そして誰も居ないことを確認すると、私はベランダから身を躍らせる。
 幸い私の居室は2階にあったため、上手く飛び降りれば怪我を負うこともない。
 これは過去何度かの脱走で試していた。
 昔は何度か怪我をしたものの、いまではそんなヘマはしない程度には馴れている。
 なるべく音を立てないように、静かに着地して素早く辺りを見回す。
 そして誰も居ないことを確認すると、素早く塀に飛び移りよじ登る。
 お父様やお母様がこの姿を見たら、泡を吹いて卒倒するだろうなと想像して、笑いが漏れる。
 
 そして一息に塀を乗り越えると、私は自由へと飛び出した。
 つかの間の、本当にひとときだけの自由……私に赦された僅かの時間。
 だけどその時だけは、アスティーナ・アデリアードではない、ただ1人の人間、アスティーナに戻れるのだ。
 私は自由だ。
 私は自分の意思で、自分の足で、行きたいところに行くことが出来るのだ。
 たとえ限られた時間だとしても、この時だけは私だけの時間なのだから。

 夢を見る。
 いつかこの鳥かごから飛び立って、大空を自由に羽ばたく夢を。
 叶いっこない夢、だけど私はなんとなく、そう遠くない日に、鳥かごから私を救いだしてくれる人が現れるような予感を感じていた。
 それが数奇な運命の切っ掛けに過ぎないことなど、この時の私はしらなかったけれど。
 大きく息を吸い、自由をかみしめた私は何処に行くかを考える。
 ジェムズお爺さんの串焼き屋も捨てがたいし、コバルトお婆さんの雑貨屋も行きたいな。
 そんなことを考えて私の足取りは軽くなるのだった。
 
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