情報収集

文字数 2,885文字

「依頼ねぇ……内容は聞いているのか」

 人気の消えた薄暗い店内のバーカウンターで小太りの男がグラスを磨きながら言った。
 この店のオーナーでも有るこの男は、酒場という特性を利用して、裏では情報屋を営んでいる。
 そのことを知るものは多くはないが、情報の精度が高いということで依頼者は多い。

「身分を隠したがってたみたいだが、不確かな奴の依頼を受けるのは御免被(ごめんこうむ)るぜ」

 磨き上げたグラスを雑に棚に並べて、少し不満げに言う。

「あぁ、その辺は大丈夫。私が依頼人を判別できないほどの素人だとでも言う気なのかい?」

 そう返した女は、あの給仕娘の姿はしているが、明らかに口調は変化していた。
 こちらの方が素なのだろう,言葉によどみがない事からそう窺えた。
 先ほどまでアップスタイルにしていた紫色の髪を今は大胆に下ろしている。
 結っていたせいなのか、元々なのかその髪は緩やかに波打っていて給仕姿の時より色気を増していた。
 服装は給仕をしていた時と同じではあるが、仕事終わりの開放感を味わうためなのか胸元のボタンをいくつか外しており、白い肌が露わになっているため、余計になまめかしく見える。
 その白い肌にユラユラと揺れる燭台の灯りが、まるで生き物のように陰影を作っていく。

「ほう……さすがはウチで一番のやり手だな……。で、依頼主は」
「聞いて驚け……ってね、あの剣匠(ソードマスター)さまよ。間違いないわ。」
「お、おまえ……何だってあんな短時間で」

 給仕娘の言葉に僅かながら動揺した声でオーナーが問う。

「ヒントはあの人が持っていた剣ね。ぱっと見は解らないけどあれはそんじょそこらの腕自慢が持つような物じゃない。かなりの業物……そうね、おそらくウィービックの鍛えた物かしら。そんな逸品を気取らず普段使いみたいに持ち歩く人間が何人いるかしらねぇ」

 そういって給仕娘はにやりと笑った。
 給仕をしていた時はあどけなささえ感じさせていたのに、いまは蠱惑的な笑みを浮かべる大人の女の仕草になっている。

 ウィービック。
 帝都に鍛冶屋は数あれど、彼に武器を鍛えてもらう栄誉に預かれるのは、とてつもない権力でごり押しをするか、彼に腕を認められるかしかないと言われている程の頑固で偏屈だが飛び抜けた腕を保つ職人の名前である。
 皇帝の依頼でさえ、一度で首を縦に振ることは無いといわれるほどの偏屈で頑固な老人だが、ウィービックが唯一、自ら望んで(こしら)えた武器を持つ者がいる。

 それが剣匠と呼ばれ、帝都で名をはせていた男、オルガ・バルザードルである。
 彼の名声と実力を目の当たりにしたウィービックが、天下一の剣を持つのは天下一の武人であるべきだと叫び、寝食を忘れてひたすらに打ち続けて作り上げた剣が、彼の佩刀(はいとう)だと言われている。

 剣匠はウィービックの心意気を汲み取り、他の人が何を言おうとも常にその剣を持ち歩き、必要であれば何の遠慮もなく振るっていた。
 だからあれほどの剣を気取らずに持ち歩くフードの男が剣匠その人であると、彼女は言った。

「依頼主は……まぁお前の予想通りだとしてだ、依頼内容は?」
「ふふ……それはこれからデートして聞いてくるわ」

 歌い出しそうなくらい陽気な声でそう答えると給仕娘はスツールから立ち上がる。

「ということで、私はこのまま出かけるから。必要ならそのまま依頼の遂行も有るだろうから数日間は昼のお仕事は休ませてもらうわね」

 軽い足取りで薄暗い店内の床の上を滑るように動きながら、背後に向かって声をかける。
 オーナーも彼女の性格と仕事の段取りは把握しているため、特に何も言わず無言で見送った。

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「こんな色気も何もない場所に女を誘うなんて、剣匠さまは武芸は出来ても男女の機微には疎いようね」

 帝都の外れ、かつてスラムがあり、今はスラムで起きた暴動鎮圧のために破壊し尽くされた一角で給仕娘は声をかけた。
 その先には酒場にいた時と同じフードを目深に被った長身の男が立っていた。

「さすがはミレイルだな。よく俺の正体と居場所がわかったものだ」

 男はそう答えながら、被っていたフードをずらしその顔を露わにした。
 そこには確かに過日クレオカルザに別れを告げた、あの金髪の男がいた。

「あらぁ、貴女の依頼を受けるのは3度目よ。解らないわけないじゃない。私はいい男のことは忘れないのよ……ね、剣匠さん」

 意味ありげに笑う。
 月明かりの下、漆黒の革鎧に漆黒の短衣、そして同じく真っ黒なパンツで身を固めた彼女は、顔だけがそこにあるかのように見える。
 いざ仕事に移る時は、顔もマスクで隠して闇に同化するのであろう。
 体にぴったりと張り付いた衣服や鎧は、ミレイルと呼ばれた給仕娘の体の凹凸を際立たせており、並の男ならその色香に惑わされもするのだろうが、オルガはそんなことには一切気にもとめず依頼内容を口にした。

 その淡々とした態度に、ミレイルは軽く拗ねたような表情を浮かべたが、あまたの男を狂わせたそんな彼女の仕草もオルガには全く届かない事を熟知している彼女は、素直に依頼内容を聞いた。

「成る程ね……そんなに気になってるんだ、グルップルのことが、誰かいい人でも残してきたのかしらね、あそこに。それともカザード絡みなのかしら」
「グルップルのフェルディール家に恩がある、俺が帝都に来られるよう工作してくれたのはフェルディールだからな」

 そう、たとえ当時でさえ武名が響き渡ってたといえど、所詮は辺境領土の領主の子息でしかない彼は、普通にしていれば帝都に招聘されることなどない。
 中央とも呼ばれる帝都はそれほどまでに家柄と権門が優先される社会だからだ。
 地方で名を成したところで、外で少しばかり有名になった者がいる程度で済まされるのが普通だ。
 それをフェルディール家が大量の(まいない)を送りつけることで、招聘されるよう働きかけたおかげで、オルガは帝都にてその力を試す機会を得られた。

 彼はそのことをずっと恩義に感じていた。
 カザードという狭い世界ではなく、帝国のなかでも選りすぐりの者達が集められる中で、その力を試し、そして名を成さしめさせてくれたことを。
 だからこそ、グルップルに火急の危機が訪れていると知ると、どうしても落ち着いてはいられなかった。
 しかもグラップルの件と、カザードの事件に関係があるかもしれないと知ったら、放置は出来ない。
 それが今回の依頼の動機だった。

「そうね、グルップルまで……往復2日、情報収集に1日。3日貰えるかしら」

 ミレイルは状況を素早く計算し、見積もりを伝える。
 その言葉にオルガは無言で頷いた。
 彼女には過去に2回依頼を出しており、その実力と見立ての正確さは信用していたからだ。

「料金はいつもと同じで良いわ。ただそうね、危険度が高そうだから特別手当がほしいわね」
「特別手当?いくら割増せば良い」

 ミレイルの言葉にオルガが問い返すと、彼女はとびっきりの笑顔で答えた。

「無事に帰ってきたら1度だけデートをして。それで手を打ってあげる」
 
 
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