危険手当
文字数 1,659文字
「はいはい、そんなに憮然とした表情してないで、もっと楽しみなさいな」
帝都から少しばかり離れた街、副都とも呼ばれる”トリアティ”のメイン通りを楽しげに歩く女は、自分の後ろを漫然とついてくるだけの男に向かって、少しばかり不満のこもった声で言う。
今の状況がよほど楽しいのか、歩きながらクルクルと踊りを踊るかのように回る。
その度に少し波打った紫の髪がフワリと広がって宙を舞い、弾けるような笑顔が人通りの多い中でひときわ人目を惹きつける。
最近の流行の、レースをふんだんにあしらった空色のドレスを綺麗に着こなしているその女性は、だれであろうミレイルその人だった。
オルガとの約束通り、彼女は往復と情報収集をきっちりと3日で仕上げ、彼自身が思っていた以上の有益な情報を持ち帰っていた。
それほど有益な情報を手に入れるためには、かなり危険な潜入も試みたようで、ミレイルは当然のように『危険手当』を要求し、オルガは半ばあきらめ顔でそれを受け入れたのである。
彼が唯一付けた条件は、今の状況での立場があるため帝都以外の場所で頼むであったが、ミレイルはそれを快諾して、すぐさま馬車を手配してトリアティに移動、そのまま手早く着替えて危険手当の受け取りを行っている最中という状況であった。
「俺みたいな無骨者と一緒に出歩いて何が楽しいのか、さっぱり解らんな。こんなことがお前の身を危険に晒したことに対する対価になるというのか」
ミレイルの後ろ、つかず離れずの距離を保ちながら歩くオルガは、感じていた疑問を素直に投げかけた。
「あら意外な質問ね、私が貴方とのデートにどれだけの価値を見いだしているのか、それは自分の身を危険に晒したことに対して見合っているのか。それは全部私が決めることでしょう?そして私はそれを十分に利があると思ったから提案したし、身体も張った。おかげでクライアントの信用を十分に勝ち得るだけの情報も手に入れることが出来た。メリットしかないわね」
踊るように歩いていた彼女は、不意に回転を止め地面を滑るような足取りで、素早くオルガとの距離を詰めると、その白くてしなやかな人差し指を、オルガの胸に当ててそう言った。
身長差もあってか、下から見上げるような姿勢になるが、それでも上半身をオルガに触れるくらいにまで傾けて彼の目を下から見上げている。
本質なのか職業柄なのか、いちいち男の心を惑わせる扇情的な仕草が身についているようだ。
「女性のエスコートにも詳しくなく、出来ることは戦うことだけ。俺は自分をそこまで高く評価していない。荒事以外ではな。」
「そうねぇ……、女は誰でも、そしていつでもお姫様でいたいのよ。だから勇敢で逞しい騎士 に憧れ、惹かれる。そういう意味では貴方ほど最高の騎士様はいないのではなくって?」
そう言いながら浮かべた笑みは、先ほどまでのような計算し尽くして男を蕩けさせるような笑みではなくて、自然にこぼれた笑みのように見えた。
「それに貴方は、凜々しい外見に高い身長、均整のとれた体つき……外見だけでも十分に魅力的よ」
(貴方は忘れたかもしれないけれど、私たちは貴方に命を救われているしね……)
声に出すことなくミレイルは心の中でそっと言葉を続けた。
「さぁてと、無駄話はここまでよ。せっかくの危険手当だもの、私が満足するまで付き合ってもらうからね……貴方は本当はすぐにでもグルップルに向かいたいのでしょう?なら私がさっさと満足するようにした方がいいんじゃないかしら」
いたずらを仕掛けた子供のように笑いながら、ミレイルは歩き始める。
その言葉に納得したオルガは慌ててその姿を追いかける。
(これは夢、2度と見ることが出来ない夢だから、だから今だけは私の想うままにさせて)
オルガに背を向けたままミレイル思い願う。
感情がコントロール出来なくて、一筋だけ涙が流れる。
それをオルガに見られたくなくて、ことさら明るい声でミレイルは笑うのだった。
今まで隠していた気持ちを、この僅かな時間で全て昇華させるように。
帝都から少しばかり離れた街、副都とも呼ばれる”トリアティ”のメイン通りを楽しげに歩く女は、自分の後ろを漫然とついてくるだけの男に向かって、少しばかり不満のこもった声で言う。
今の状況がよほど楽しいのか、歩きながらクルクルと踊りを踊るかのように回る。
その度に少し波打った紫の髪がフワリと広がって宙を舞い、弾けるような笑顔が人通りの多い中でひときわ人目を惹きつける。
最近の流行の、レースをふんだんにあしらった空色のドレスを綺麗に着こなしているその女性は、だれであろうミレイルその人だった。
オルガとの約束通り、彼女は往復と情報収集をきっちりと3日で仕上げ、彼自身が思っていた以上の有益な情報を持ち帰っていた。
それほど有益な情報を手に入れるためには、かなり危険な潜入も試みたようで、ミレイルは当然のように『危険手当』を要求し、オルガは半ばあきらめ顔でそれを受け入れたのである。
彼が唯一付けた条件は、今の状況での立場があるため帝都以外の場所で頼むであったが、ミレイルはそれを快諾して、すぐさま馬車を手配してトリアティに移動、そのまま手早く着替えて危険手当の受け取りを行っている最中という状況であった。
「俺みたいな無骨者と一緒に出歩いて何が楽しいのか、さっぱり解らんな。こんなことがお前の身を危険に晒したことに対する対価になるというのか」
ミレイルの後ろ、つかず離れずの距離を保ちながら歩くオルガは、感じていた疑問を素直に投げかけた。
「あら意外な質問ね、私が貴方とのデートにどれだけの価値を見いだしているのか、それは自分の身を危険に晒したことに対して見合っているのか。それは全部私が決めることでしょう?そして私はそれを十分に利があると思ったから提案したし、身体も張った。おかげでクライアントの信用を十分に勝ち得るだけの情報も手に入れることが出来た。メリットしかないわね」
踊るように歩いていた彼女は、不意に回転を止め地面を滑るような足取りで、素早くオルガとの距離を詰めると、その白くてしなやかな人差し指を、オルガの胸に当ててそう言った。
身長差もあってか、下から見上げるような姿勢になるが、それでも上半身をオルガに触れるくらいにまで傾けて彼の目を下から見上げている。
本質なのか職業柄なのか、いちいち男の心を惑わせる扇情的な仕草が身についているようだ。
「女性のエスコートにも詳しくなく、出来ることは戦うことだけ。俺は自分をそこまで高く評価していない。荒事以外ではな。」
「そうねぇ……、女は誰でも、そしていつでもお姫様でいたいのよ。だから勇敢で逞しい
そう言いながら浮かべた笑みは、先ほどまでのような計算し尽くして男を蕩けさせるような笑みではなくて、自然にこぼれた笑みのように見えた。
「それに貴方は、凜々しい外見に高い身長、均整のとれた体つき……外見だけでも十分に魅力的よ」
(貴方は忘れたかもしれないけれど、私たちは貴方に命を救われているしね……)
声に出すことなくミレイルは心の中でそっと言葉を続けた。
「さぁてと、無駄話はここまでよ。せっかくの危険手当だもの、私が満足するまで付き合ってもらうからね……貴方は本当はすぐにでもグルップルに向かいたいのでしょう?なら私がさっさと満足するようにした方がいいんじゃないかしら」
いたずらを仕掛けた子供のように笑いながら、ミレイルは歩き始める。
その言葉に納得したオルガは慌ててその姿を追いかける。
(これは夢、2度と見ることが出来ない夢だから、だから今だけは私の想うままにさせて)
オルガに背を向けたままミレイル思い願う。
感情がコントロール出来なくて、一筋だけ涙が流れる。
それをオルガに見られたくなくて、ことさら明るい声でミレイルは笑うのだった。
今まで隠していた気持ちを、この僅かな時間で全て昇華させるように。