芽吹く絆

文字数 2,300文字

 方針が決まった後の彼らの動きは素早かった。
 レイルーナは元々この町で暮らしていたから、それなりに人脈を持っていたし、レイライムを衆を扱う能力に長けていた。
 町を任せるに値する人物をレイルーナが選定し、彼らにレイライムが事細かに指示を与える。

 結果的にあの日から僅か10日で、レイライム達は町の住民の今後の対応についての指示を終えることが出来ていた。
 いよいよ明日、この町から旅立つ。
 誰も口にはしなかったが、皆が共通意識としてそう思っていた。
 そんな夜の事、仮の居住地として議会場を利用していたレイライムは、密かにオルガを呼び出していた。
 議会場の建物の裏手、小さな広場になっているそこで2人は向き合っていた。

「バルザードル閣下……折り入ってお願いしたいことがあります」

 神妙な顔でレイライムが切り出す。
 天空に昇っていた月は満月に近く、降り注ぐ光が彼の金髪をキラキラと輝かせていた。
 そんな姿にオルガは小さく苦笑する。
 この兄弟の見目麗しさは言葉で聞くより、一目した方が伝わるな。言葉では全てを伝えることなど出来ないだろうとらしく無い事を考えてしまう。
 同じ金髪でも、これほどまでに違うものなのだなと、妙なところに感心してしまう。

「今後……閣下はカザードに向かい、行動を起こすと聞いています。なので……俺、いや私をその幕下に加えていただきたいのです。私たちはこの町から離れることになる。それはカザードがどうなるかを見定めて、その上でこの町をどうすべきなのか考えるためにも必要なことです。なら……私たちも可能な限り協力したい。閣下は確かに優れた武芸の腕をお持ちだし、見識も深いと聞いています。だけど人が1人で出きることには限りが有ります。俺とレイルーナは、きっとお役に立てるはずだと思うのです。」

 熱く語るレイライム。
 彼はオルガの武芸に純粋に心酔していたし、10日の間を共に過ごす中で、その人柄も十分に信頼するに値すると感じていた。
 そしてカザードの今後はこの町の身の振り方に直結すると言うことも解っていた。
 それ故にの申し出だった。

 オルガは少しだけ思案顔になり、その後口を開いた。

「お前の気持ちはわかった。言っていることも理屈は通る。だが、アスティーナ嬢はどうする。パートナーなのだろう。だがアスティーナ嬢は、帝国貴族。それも中央貴族の人間だ。我々と帝国の利害が反した時、彼女はどうするのか考えているのか」

 オルガの問いかけに対して、レイライムは黙るしかなかった。
 確かに自分の希望だけを叶えるなら、オルガに付き従えば良い。
 だが自分がそうしてしまった時、アスティーナはどうなるのか。
 もし一緒に連れて行った場合、最悪の場合は帝国と争うことになる。
 その時、彼女は自分の家族と戦うことになるかもしれないのだ。
 逆に連れて行かない場合、今まで共に行動していたパートナーなのに、いきなり1人にして今後も活動できるのか。

「その心配って必要なの?」

 レイライムが思案していると、女の声が上がった。

「私はあんたと一緒に傭兵になった時、家を捨てたんだけど?あんた言ったわよね、傭兵になるからには公爵令嬢だった自分を捨てろって。なのに今更なんなの?大体さ、私から逃げられると思っているわけ?」

 月明かりの下、腰に手を当てて柳眉を逆立てているアスティーナの姿があった。
 鎧の類いは一切装備していないため、いまは短衣にぴっちりとした革のズボンといった出で立ちだ。
 鎧を着ている時より、凹凸が目立つため、レイライムは少しドキリとしたが、平静を装ってアスティーナに向き合う。

「意味がわかって言ってるのか?傭兵をやるからには貴族令嬢だったって気分は捨てろってのとは、意味も重さも違うんだぞ」
「あんたこそ、私を連れ出した責任は取る気が無いわけ?ここで解散ってなって、私にどうしろって言うの?今更家に戻って令嬢暮らしをしろとでも言うわけ?」

 言いながらきつい視線でレイライムをにらみつける。
 そして自分の髪の裾をつかんで、更に大きな声で言う。

「バッサリ髪まで切って、なのに今更令嬢にもどれとか言うわけ!!馬鹿にするんじゃないわ!」

 貴族の令嬢は髪を切らない。ましてや中央貴族の令嬢であればそれは絶対である。
 長い髪は女性の象徴であり、女性らしさが価値の全てである貴族にとって髪を切るなど言語道断の行為なのだ。
 そのため平気で髪を切り、髪型を変えることをおしゃれと称する平民を蔑んでいる。
 つまりアスティーナは、レイライムと共に傭兵になる時に、貴族令嬢の地位は捨てたとそう言っているのだ。
 切った理由の半分は、戦う時に動きやすいからでは有ったが、残りの半分は貴族令嬢からの別離の意思でもあった。
 それを軽く扱われた気がして、アスティーナは本気で怒っていた。

「妹としても、自分の兄がここまで女心に理解がないことに、少し幻滅してしまいますねぇ……」

 眦をさいて怒りを露わにするアスティーナの背後から、別の女性の少しのんびりした声が上がった。

「ルーナまで……何でここに」

 あっけにとられたレイライムは、少し的外れな指摘をしてしまう。

「そんなことはどうでも良いのですよ兄様。兄様はオルガ様に仕えたい。私は娶ってほしい。アスティーナ様は兄様とのパートナーを解除する気も無いし、帝国貴族に戻る気も無い。なら答えは1つですよぉ、皆一緒ってことです」
 
 それぞれの建前、思惑など何処吹く風とばかりにレイルーナはそう言った。
 それはしかし、皆の気持ちの核心を突いていた発言のため、皆は苦笑を浮かべつつこの先を共にする誓いを立てるのだった。
 
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