動き始める時
文字数 2,310文字
両者の睨み合いは続いていた。
互いにある程度の力量を持つと認識し合ったため、うかつに踏み込むこともできないようだ。
馬車を半円状に包囲する集団に対して、レイライムは右側を、アスティーナは左側を警戒するように位置取りを取っていた。
互いに背中を相手に預けるようにしつつ、隙を見せないように慎重に相手を観察していた。
「なかなか楽しそうな状況になっているな。俺の出番は無いのか」
休憩をするため鎧の一切を外していたオルガは、剣だけを手に持ってのそりと荷台から姿を現した。
レイライムとアスティーナに安堵の表情が浮かぶ。
張り詰めていた緊張が少し解けたようで、力みすぎて少し上がり気味になっていた肩から力が抜けたのが見える。
だが動きがあったのはレイライム達だけでは無かった。
馬車を囲んでいた集団は全員、一世に武器を投げ捨てて跪いたのである。
恭しく頭を垂れて身動き1つしない。
「気配でなんとなく感じてはいたが、ラオルグが。久しいな」
手にしていた剣を鞘にしまうと、警戒することも無く腕を組んで立ったままでオルガが言う。
「公子様!まさかご無事で……」
集団の中の一人が、目深に被っていた黒のフードを取り払い、顔を露わにする。
白髪交じりの男の姿が現れる。
深く刻まれたしわ、頭髪のほとんどが白髪。
かなりの年齢を重ねているのであろうその男は、感極まった声で言ったあと、涙をこぼした。
「我々が城を離れていた間に、このようなことになり……コルマートの奸物 めが……オルフレア様を……」
「そうか……叔父上がか……」
オルガの口から漏れたのは苦 みを伴った苦 しい声だった。
武芸に秀で、才知もあった父親を、それほど容易く罠にはめるには、どんな手を使ったのかと思ってはいたが、その答えが今示されたのだ。
一門衆の裏切りがあったと。
「主だった軍部は既に制圧されており、我々はこうして領内で諜報と、帝国側への小規模な攻撃を行うのが精一杯でした」
「つまり俺たちは、帝国の輸送隊か何かと勘違いされて、襲われかけたと言うことか」
話を聞いていたレイライムが不快気に鼻を鳴らす。
その言葉を聞いて、ラオルグと呼ばれた白髪の男は謝罪を口にした。
「今この辺りをうろつくのは、諸部族に対して従属を勧告する使者くらいのものでして、我々はそれを警戒しておったのです」
「なら話は早い、モール族に伝手はあるか」
ラオルグの返答にオルガが問い返す。
まさに今から向かおうとしていた部族、モール族に対して接触する切っ掛けがあるならばそれに越したことは無いからだ。
「伝手……でございますか。我らの隊の中にモール族出身の者がおりますが」
「解った、そいつに逢わせてくれ」
一触即発だった状況は、お互いを認識し合うことで回避できた。
そしてさらに目的を達成するための切っ掛けも手に入るかもしれない。
何という導きなのだろうかと、レイライムは珍しく神に感謝したい気分だった。
大いなる慈愛の女神クレアティナ様、このお導きに感謝します……。
そう祈りを捧げていると、不機嫌そうな顔をしたアスティーナに頭をはたかれる。
「せっかく女神様にこの幸運の感謝の祈りを捧げていたのに何しやがる」
「ほーんと、あんたって奴は……むしろこの場合祈りを捧げるなら戦神であるバルディス様でしょうよ、全くホント女ばっかり」
最後の方は聞こえなくなった小さなぼやきに対して、レイライムは何でこいつが怒ってるんだという顔をして首をひねっていた。
そしてそんな二人の様子と、兄の鈍感さに、レイルーナは苦笑を堪えるのに必死だった。
---------------------------------------
「お呼びでございますか、ラオルグ様」
しばらく待たされた後、オルガの前に姿を現したのは、モール族らしい青年だった。
モール族の特徴は、肌の色が濃いこと。
これは部族の特徴で、老若男女とわず全員が褐色の肌をしている。
また特徴的なのは、成人したものは全員、男女の別なく家門を象徴する文様を額に入れ墨していることだ。
目の前の青年の額にも、鮮やかな青色で鳥を意匠化した紋章が刻まれている。
「よく来てくれたポルグよ。こちらの方は我々の主に当たるオルガ・バルザードル様だ」
ラオルグがモール族の青年に向かって言う。
ポルグと呼ばれたモール族の青年は、直立したまま手の平をオルガに向けて見えるように突き出し礼をする。
モール族の中で最も位の高いものに対する礼である。
手の平を相手に見せることで、敵意が無い事を示し、直立のままであることは貴方の許し無く動かないという意味になる。
「俺がラオルグの主に当たるのかどうかは……微妙な状態ではあるがな」
オルガは苦笑を浮かべて話しかけるが、ポルグは表情1つ変えず、黙ってオルガを見ている。
やはりポルグはモール族らしい人物だなとオルガは感じた。
モール族は古くからの伝統や文化を重んじ、そして頑固とも言えるくらいに一途である。
目上の人物や役職が上のものに対しての礼儀は徹底しており、多少の緩みも認めないところがある。
主筋に当たるかもしれぬものの前で、軽薄に笑う事はモール族の価値観としてはあり得ない行為になるのだ。
だからポルグは、表情を一切変えること無く、直立不動の姿勢を貫いている。
「俺はモール族の長に会いたい。いまモール族、いやカザードに住まう全ての部族達に、共通に降りかかっている災難に抗うためにもどうしても話をしなければならない。お前は長と俺を会談させることはできるか」
オルガの問いかけに、ポルグは何も言葉を発せず、ただしっかりと頷いたのだった。
互いにある程度の力量を持つと認識し合ったため、うかつに踏み込むこともできないようだ。
馬車を半円状に包囲する集団に対して、レイライムは右側を、アスティーナは左側を警戒するように位置取りを取っていた。
互いに背中を相手に預けるようにしつつ、隙を見せないように慎重に相手を観察していた。
「なかなか楽しそうな状況になっているな。俺の出番は無いのか」
休憩をするため鎧の一切を外していたオルガは、剣だけを手に持ってのそりと荷台から姿を現した。
レイライムとアスティーナに安堵の表情が浮かぶ。
張り詰めていた緊張が少し解けたようで、力みすぎて少し上がり気味になっていた肩から力が抜けたのが見える。
だが動きがあったのはレイライム達だけでは無かった。
馬車を囲んでいた集団は全員、一世に武器を投げ捨てて跪いたのである。
恭しく頭を垂れて身動き1つしない。
「気配でなんとなく感じてはいたが、ラオルグが。久しいな」
手にしていた剣を鞘にしまうと、警戒することも無く腕を組んで立ったままでオルガが言う。
「公子様!まさかご無事で……」
集団の中の一人が、目深に被っていた黒のフードを取り払い、顔を露わにする。
白髪交じりの男の姿が現れる。
深く刻まれたしわ、頭髪のほとんどが白髪。
かなりの年齢を重ねているのであろうその男は、感極まった声で言ったあと、涙をこぼした。
「我々が城を離れていた間に、このようなことになり……コルマートの
「そうか……叔父上がか……」
オルガの口から漏れたのは
武芸に秀で、才知もあった父親を、それほど容易く罠にはめるには、どんな手を使ったのかと思ってはいたが、その答えが今示されたのだ。
一門衆の裏切りがあったと。
「主だった軍部は既に制圧されており、我々はこうして領内で諜報と、帝国側への小規模な攻撃を行うのが精一杯でした」
「つまり俺たちは、帝国の輸送隊か何かと勘違いされて、襲われかけたと言うことか」
話を聞いていたレイライムが不快気に鼻を鳴らす。
その言葉を聞いて、ラオルグと呼ばれた白髪の男は謝罪を口にした。
「今この辺りをうろつくのは、諸部族に対して従属を勧告する使者くらいのものでして、我々はそれを警戒しておったのです」
「なら話は早い、モール族に伝手はあるか」
ラオルグの返答にオルガが問い返す。
まさに今から向かおうとしていた部族、モール族に対して接触する切っ掛けがあるならばそれに越したことは無いからだ。
「伝手……でございますか。我らの隊の中にモール族出身の者がおりますが」
「解った、そいつに逢わせてくれ」
一触即発だった状況は、お互いを認識し合うことで回避できた。
そしてさらに目的を達成するための切っ掛けも手に入るかもしれない。
何という導きなのだろうかと、レイライムは珍しく神に感謝したい気分だった。
大いなる慈愛の女神クレアティナ様、このお導きに感謝します……。
そう祈りを捧げていると、不機嫌そうな顔をしたアスティーナに頭をはたかれる。
「せっかく女神様にこの幸運の感謝の祈りを捧げていたのに何しやがる」
「ほーんと、あんたって奴は……むしろこの場合祈りを捧げるなら戦神であるバルディス様でしょうよ、全くホント女ばっかり」
最後の方は聞こえなくなった小さなぼやきに対して、レイライムは何でこいつが怒ってるんだという顔をして首をひねっていた。
そしてそんな二人の様子と、兄の鈍感さに、レイルーナは苦笑を堪えるのに必死だった。
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「お呼びでございますか、ラオルグ様」
しばらく待たされた後、オルガの前に姿を現したのは、モール族らしい青年だった。
モール族の特徴は、肌の色が濃いこと。
これは部族の特徴で、老若男女とわず全員が褐色の肌をしている。
また特徴的なのは、成人したものは全員、男女の別なく家門を象徴する文様を額に入れ墨していることだ。
目の前の青年の額にも、鮮やかな青色で鳥を意匠化した紋章が刻まれている。
「よく来てくれたポルグよ。こちらの方は我々の主に当たるオルガ・バルザードル様だ」
ラオルグがモール族の青年に向かって言う。
ポルグと呼ばれたモール族の青年は、直立したまま手の平をオルガに向けて見えるように突き出し礼をする。
モール族の中で最も位の高いものに対する礼である。
手の平を相手に見せることで、敵意が無い事を示し、直立のままであることは貴方の許し無く動かないという意味になる。
「俺がラオルグの主に当たるのかどうかは……微妙な状態ではあるがな」
オルガは苦笑を浮かべて話しかけるが、ポルグは表情1つ変えず、黙ってオルガを見ている。
やはりポルグはモール族らしい人物だなとオルガは感じた。
モール族は古くからの伝統や文化を重んじ、そして頑固とも言えるくらいに一途である。
目上の人物や役職が上のものに対しての礼儀は徹底しており、多少の緩みも認めないところがある。
主筋に当たるかもしれぬものの前で、軽薄に笑う事はモール族の価値観としてはあり得ない行為になるのだ。
だからポルグは、表情を一切変えること無く、直立不動の姿勢を貫いている。
「俺はモール族の長に会いたい。いまモール族、いやカザードに住まう全ての部族達に、共通に降りかかっている災難に抗うためにもどうしても話をしなければならない。お前は長と俺を会談させることはできるか」
オルガの問いかけに、ポルグは何も言葉を発せず、ただしっかりと頷いたのだった。