陰鬱な時間

文字数 2,379文字

 帝国軍の兵士を撃退し、町を守る事が出来た。
 その現実に反して、人々は暗い顔で黙々と作業を続けていた。
 戦場に立つ覚悟が在る者は、この勝利をかみしめることが出来たのだろう。
 しかしここに居るのは、ごく一般的な民であった。
 自衛のため戦うことを選択したが、覚悟などない者達。
 勝利に際し、一瞬の高揚は得たものの、すぐに現実が押し寄せてきて、結果このようになってしまった。

 見知った顔、毎日声をかけたって居た顔、あるいは情を交わし合った相手。
 そんなもの達が、あるいはその命を失い、あるいは身体に大きな傷を負っている。
 その事実が彼らに一様に重苦しい空気と、拭いきれない悲しみと、そして抗いがたい現実を思い知らせるのだ。

 敵味方を問わず、負傷者の収容や死亡したものの埋葬などを、それなりに目端の利く者達に任せたあと、レイライム達4人は議会で使われている大きな屋敷へと移動していた。
 フェルディール家が焼け落ちてしまい、他に適切な場所がなかったことと、この議会会議場自体がフェルディール家が建てたものであるから、ここはフェルディールの人間にとって、自由に使うことを黙認されているからと言う理由もある。
 更に言うならば、議会の内容が漏洩しづらいよう、比較的重厚な壁を用いて作られているため、あまり人に聞かれたくない会話を行うには適切だというのも理由であった。

 議会会議場という大層な名称が付いている割に、部屋の造り自体は比較的シンプルだった。
 だが先述したような防音には力が入っているようで、石壁の上に木の板を重ねて張り付けた造りになっており、見た目の間取りよりは実際の空間は狭いものになっていた。

 水楢(ホワイトオーク)の柔らかな色合いの壁は、燭台の灯りを反射して先ほどまでの事態が、まるで夢であったかのように温かい雰囲気を醸し出していた。
 10人は座れそうな大きな長机に座った彼らは、互いに顔を合わせつつ、何から話せば良いかを思案しているようであった。

 長机の上座にはオルガが1人だけで座り、その対面にはレイライム。レイライムの右隣にはアスティーナ。左隣にはレイルーナ問い言う並びで、向かい合っている。

「まずは、妹を救って頂いたお礼を申し上げたい。剣匠(ソードマスター)オルガ・バルザードル閣下でお間違いないだろうか」
「肩書きには興味は無いが、そのように呼ばれている者だ。普通にバルザードルと読んでもらって結構だ」
「初めてお目にかかります、閣下。アデリアード家が嫡女、アスティーナ・アデリアードでございます」

 レイライムが口火を切ったあと、ゆっくりと椅子から立ち上がり、右手の平を胸に当て上半身をかがめ、左手は何も持っていないことを示すかのように開いたままオルガに向け、そのままの姿勢でアスティーナが名乗る。
 一応は軍装をした貴族の、一般的な挨拶の仕方ではあるのだが、貴族社会で生きてきたオルガとアスティーナはいざ知らず、レイライムはそんな礼儀作法を遵守するアスティーナの姿を初めて見たこともあり、妙に落ち着かない気持ちを感じていた。
 
「アデリアード家の失踪令嬢(しっそうれいじょう)が、このような場所にいたとはな。少し驚いた」

 さして驚いた様子のない表情と口調でオルガが言う。

「失踪令嬢ですか、いささか不名誉な渾名を付けられたものですね、もっとも事実なので仕方の無いことですけれど」

 レイライムに見せたこともない様な表情で艶然と笑うアスティーナ。
 これは彼女がいやいやとは言えど、貴族社会で生きてきたが故に自然と出た振る舞いであったが、レイライムは何故か微妙に胸がざわつくのを感じ、それを受け入れたくない気持ちがわき上がってくるのを感じた。

(何で俺があの筋肉お化けの事で不快な気持ちにならなきゃならん。変なことを考えるな)
 
 レイライムは軽く頭を振って、余計なことを追い出そうとした。

「初めてお目にかかります。高名なバルザードル閣下にお会いできて光栄です」

 続いて立ち上がったのはレイルーナだった。
 椅子の肘掛けをしっかりと握り、それを支えにして立ち上がると、アスティーナを真似て礼をする。
 もっともやり馴れていないことが丸わかりの、ぎこちない仕草ではあったが。

「フェルディール家当主代理にして、こちらに居るレイライムが妹の、レイルーナ・フェルディールです。以後お見知りおきくださいませ」
「そうか、貴女があのルーナ嬢か……」

 それまであまり感情を表に出さなかったオルガが目を細めて微笑を浮かべる。
 
「ルーナ嬢は俺を覚えては居ないだろうか、10年ほど前の事だが。俺は貴女の父君であるレイナード殿から、多大な援助を頂き帝都へ留学することが出来た。そのお礼に伺わせて貰った時、準備なども含めて10日ばかり逗留していた時に一度逢っているのだが」
 
 10年前、オルガがまだ16才の青年だった頃。
 カザードと友好的な関係を構築し、互いに行き来のあった両家だったが、才能豊かな嫡子を留学させたいというオルフレアの希望と、より緊密な関係性を築きたいと思っていたレイナードの思惑が合致し、彼らの政治的な工作のおかげで、オルガは帝都に留学する許可を得ることが出来た。
 持参すべき礼物の準備や滞在に必要なものの用意を任されていたフェルディー家に、助力の礼と準備のために逗留していたオルガはそこで利発な少女レイルーナといちどあっていたのである。

 当時既に家を飛び出していたレイライムとは初対面であったが、かすかに当時の面影を残しているレイルーナに会えて、オルガは懐かしさを感じていた。
 当時は8才くらいだったかと思いをはせる。

「あの……ですね、閣下に一つだけお願いがあるのです」

 過去の思い出に浸っていたオルガは、レイルーナの言葉で我に返り、目線で続きを促した。

「あの……あの、ですね。……私を閣下……、いえオルガ様の妻に迎えてください!」

 
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