第7話 しつこく聞く者 下

文字数 1,589文字

スヴェン・イルマリネンの入れたコーヒーを飲みながら、僕たちは食堂のテーブルの端の席に座っていた。メンバーは朝食はともかく、夜はいたりいなかったりするので、シェフのイヴァンは人が増えても減ってもいいように食事を作ってくれた。
イヴァンとスヴェンは元敵国同士の知り合いだったから、スヴェンの部屋は厨房の脇にあり、たまに見るともなく二人が何か話しているのが目に入った。
イヴァンはロシア人で、スヴェンはミルトラント人だから、ロシア語かスオミ語で話していた。お互い相手の言語がある程度分かったので、二人は自分の母国語で相手に話しかけていた。
「ヨーロッパでは珍しいことじゃない。たとえば、イタリア人とスペイン人がそれぞれ母国語で話すと、だいたい通じる。フランス人との間でも似たようなことがある」
とスヴェン。
「なるほど日本人と中国人が漢字で筆談すると、結構意志疎通できるのと同じだね」
と僕は答えた。僕たちは二杯目のコーヒーを飲みながら、お互いのことについて話した。
「スヴェン、あなたはどうして狙撃手になったんですか?」
スヴェンはなんでもないと言うように答えた。
「僕はベナヤ(ロシア)国境のほうがミルトラントの隣村より近いラウトヤルヴィという村で生まれた。家族と一緒に幼い頃からライフルを持って狩りをしていた。だから、ベナヤがミルトラントに侵攻してきたとき、武器を持って国を守るのは自然だった。君だって、国を守るために何かできたら、それをすると思うけど」
うーん、僕らは平和ボケしているのだろうか。周りを海に囲まれて、日本は70年くらいの間平和を享受してきた。第二次大戦が終わってからも、世界は中東で、アフリカで、そしてミルトラントのようなヨーロッパで絶えずどこかで戦いが行われていた。
スヴェンは僕のことも尋ね、製薬会社で開発をしていたが健康を害して退職したと答えた。今は完全在宅でコンピュータプログラミングの仕事をしている。
「へえ、君は科学者なんだ」
とスヴェン。そういう外国人のスヴェンは、どういう資格で日本に滞在しているのだろう?
「僕がイヴァンのウハー(魚のスープ)を追って日本に来たのは話したよね? イヴァンは日本で5年ほどレストランを経営して、お客の中の有力者に保証人になってもらい、日本の永住権を得た。僕は彼のレストランの従業員として半年くらい働かせてもらい、それからまたイヴァンのお客さんのツテで、今はこの街にある自衛隊の駐屯地で射撃訓練の指導をしている」
なんと、射撃の指導。そう言えば最近どこかの射撃訓練所で、自衛官が複数人射殺されるという痛ましい事件が起こった。その話を振ると、スヴェンは腹立たしげに言った。
「自衛官は日本の国を守るために働いている大事な組織だ。何が気に入らなかったのか分からないが、自衛官候補生が教官を射殺するなんて考えられない。犯人は金輪際自衛官になれないし、まったく無益な犯罪でしかない」
僕は自衛官の方と話したことはないが、同じ国を守る仕事をしてきた者として、スヴェンが誇りと責任感を持っているのがよく分かった。あまり皆の前に姿は見せないが、洋館の掃除とかゴミ出しとかの仕事も人一倍真面目にやって、誰か困っているメンバーがいたら、そっと手を差し伸べるのがスヴェンだった。この物静かで控えめだが、熱いハートを持っている人間を僕はとても好きだと思った。
そのときスヴェンがコーヒーカップを皿に置き、耳を澄ませた。狙撃手とは、ターゲットを探し、チャンスが訪れるまで飲まず食わずで何日も森に隠れたり、相手が現れたら研ぎ澄まされた視覚と聴覚で狙いをつけると言う。そのスヴェンが何か見つけた。彼は音もなく立ち上がり、厨房の隣にある自室に入り、光って目立つからスコープも付けていない自分のライフル銃を持って出てきた。
(さとる)気をつけて。動かないで」
とスヴェンは身振りで僕に伝えた。


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