第13話 金閣寺

文字数 980文字

夏の日の
暮らしは楽
魚は飛び跳ね
綿花はよく育つ

父さんはお金持ち
母さんは器量良し
だからよい子よ
泣かないで

ある朝あなたは
立ち上がって歌い
翼を広げ
空へと羽ばたく

でもその朝が来るまで
誰にもあなたを傷つけさせない
父さんと母さんが
そばにいるから

それはゲリラと言って良かったろう。
中村さんは、歩きながらも指揮をよく見ること、小さな声で歌うこと、お互い知らんぷりをしながら声を合わせるよう指示した。わが合唱団の指揮者は、お寺にも京都市にも誰にも許可を取っていなかったと後で知った。
摂氏38度の雲ひとつない猛暑日、ユネスコ文化遺産の金箔が美しく塗り直され、北山を借景に池の前に立つ金閣寺の真ん前で、僕らは三々五々、ガーシュインの『サマータイム』を低く歌い始めた。
1935年初演のオペラ『ポーギーとベス』は、出演者がほとんどアフリカ系アメリカ人という特異な作品だった。今も黒人への差別はなくならないが、その頃は1950年から60年にかけての公民権運動すら起きていなかった。ガーシュインは当時のアメリカの社会問題を舞台に上げちゃったのだ。
折しも京都は盛夏、地球温暖化か気象操作か知らないが、気温は摂氏38度に達していた。若者は扇子を捨てて首にこの夏新発売のクールネックリングを着け、手にはハンディファンを持っていた。
僕たちはTシャツなどの目立たない軽装で、ほとんど互いに近づくことなく、でも中村さんが手で指揮をするのが見えるところで少しずつ移動しながら、2分くらい歌ってその場から別々に立ち去った。
中村さんはめざといテレビの『京いちにち』でインタビューされて、お寺にも京都市にも許可を取ってないことを明かした。
たった5人だったこともあり、幸い当局も問題視せず、市民や観光客の受け取り方は好意的で、それは僕らが名を明かさず、低い声で通りすがりに歌ったからだった。
中村さんはちゃっかり、夏の終わりに小さなホールで開かれるコンサートの宣伝をした。これは2500円とCD一枚分くらいの有料イベントだ。それにしても合唱団は無料コンサートとか、老人ホーム訪問とか、金にならない活動ばかりしていた。メンバーはアール・グレイの館に住んでいても、水道代や電気代などを分割負担するほかは、中村さんから家賃など一切要求されなかった。19世紀の人間であるアール・グレイの子孫と何か協定を結んでいるのだろうか?
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