第15話 フィンランディア

文字数 880文字

おおスオミよ
汝の夜は明けゆく
夜の脅威は消え去り
輝く朝にヒバリは歌う
それはまるで天空の歌
夜の力に朝の光が勝ち
汝の日が来る、おお祖国よ

おお立てスオミよ 高く上げよ
偉大なる歴史の花で飾られた頭を
おお立ち上がれスオミ 汝は世に示した
隷属のくびきを断ち切り
抑圧に屈しなかったことを
夜は明けた、祖国よ

コンサート第一部の終わりは大国と一戦、二戦、三戦交えて戦争には負けたが、占領されず、独立を守ったスオミ国を称える歌で飾られた。スオミ国は、スヴェン・イルマリネンのミルトラントの新名称で、中村さんの指示で中央で歌いながら、彼が涙をこらえているのが分かった。
スヴェンは夜キッチンで会うと、とつとつと話してくれた。まとめると、あるときは雪の中、草の陰に隠れ、気配を消し、沼の中に身体を全て浸して泥だらけになりながら昼夜ほとんど飲まず食わずで丸三日待ち、ターゲットが現れると、自分には何事もなかったかのようにそのベナヤ(ロシア)の将軍を撃ち果たしたこともあった。
この歌をステージで歌ってスヴェンはいっそう故郷に帰りたくなったのではないか。スオミ国では、彼がその戦果に対し国からもらった農場が待っている。僕は不安にかられた。物静かでやるときはやるスヴェンは僕の憧れだったから。
歌が終わって中村さんが、異例のことだがスヴェンを一歩前に立たせ、その出自を聴衆に説明して、スオミ国を称えた。そう、スヴェンの国はNATO加盟と同時に、対外的にも自身の言葉でスオミ国という名に改称した。
「スオミ国は戦争には負けましたが、その戦いぶりに敵の大国に強い印象を与え、占領されず、独立を保ちました。狙撃兵としてその独立に大きな役割を果たしたのがこのスヴェン・イルマリネンです」
スヴェンが聴衆に腰をかがめて最敬礼すると、客席から大きな拍手が湧き上がり、無口な英雄はこぼれ落ちる涙に耐えられなくなって、舞台の袖に駆け足で引っ込んだ。舞台の上に金色の残像が残った。
ホールの照明が落ち、僕らも舞台を去った。楽屋にスヴェンはいなかった。どんな理由であれ、彼は自分が泣いているところを見られたくなかったのだろう。




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