落ち葉焼き

文字数 1,681文字

 私はキャンプに来ていた。と言っても、テントを立てたり、薪から火を起こしたりするような本格的なものではなく、食事はバーベキュー、寝床は冷暖房付きのバンガローのなんちゃってキャンプである。3人の友人たちと来て、団らんを楽しんだ後、21時には就寝してしまった。

 ただ、私の就寝時刻は普段は2時である。そのためなかなか寝付けない。周りからは三者三様のいびきや寝息、寝返りをうつときの布団のさらさらした音が聞こえてくる。皆はもう寝てしまったのだろう。身体はだるいほどに疲れているはずなのに、やけに頭が冴えてしまっていた。

 何時間粘っただろうか。やがて忍耐力の切れた私は、布団からこっそりと起き上がって、バンガローの出口の前に立った。ドアノブに手をかけて、そっと引く。途端に外気がその隙間から鋭く中に入ってくる。その寒気に驚いて、再びドアを手早く締めた。思いのほか大きな音がした。ドキリとして、背後を振り返る。誰か起きてしまってはいないだろうか。しかし杞憂だった。暗がりに聞こえる音はなにも変わらない。

 ほっと胸をなでおろした私は、再度ドアをそっと引いた。寒気を感じたところで速やかにドアをあけ放って、外に出て、後ろ手に閉める。

 雪が降っていた。粉雪が音もなく静かに降っている。時折吹く風に横ざまになびく。私は息を吸って吐いてみた。そうすると、一層強い寒さを感じるのだが、同時に、新鮮な空気が胸の内に入ってきて爽快な気持ちになる。

 さっと粉砂糖をまぶしたぐらいに雪が降り積もった土の上に足を乗せる。柔らかな感触を足裏に感じる。

 針葉樹が乱立する中を、私はあてどなく歩いた。勝手気ままに足を運んでも、迷うことはないだろうという確信があった。周囲を照らす灯りがまぶしいので、暗い方へ暗い方へと歩いていくことにした。冴えていたはずの頭は、外に出たとときから霞がかかったようにぼんやりとしていた。ただ足が動くがままに任せていた。

 しばらくそうしていると、急に周囲が明るくなった。夜が明けたようだった。ずいぶんと長い間外を出歩いていたらしい。戻らなくてはならない。そう感じた私は、バンガローに戻ろうとした。しかし、周囲を見渡してみても、まるで風景に見覚えがない。迷子になってしまったようだ。

 すると、出し抜けに叫び声が上がる。私はどきりとして咄嗟に手近な木の根元に身を隠した。恐る恐る周囲をうかがっていると、5人ほどの男が走っていくのが見える。皆銃で武装していた。

 キャンプ場が襲撃を受けているのだ……!そう思った私は、一刻も早くこの事態を友人に知らせねばと立ち上がり、走り出した。

 ずいぶんと遠いところまで来ていたものと錯覚していたが、存外に離れてはいなかったらしい。走り出してすぐに、もとのバンガローを確認できた。

 しかし、そこには私が来たときとは異なる光景になっていた。

 いやに熱い。そして明るい。大きな炎がそこかしこに見える。それは、巨大な落ち葉の山が燃えているようだった。それがバンガローの周辺に3つ4つはある。林の中に散らかっていたはずの枯れ葉がうずたかく掃き集められていて、それが一挙に燃やされているのだ。

 先ほど目にした男たちが見える。私はぎくりとしたが、男たちは私には目も止めず銃を持ってどこかへ走っていく。銃声は聞こえない。枯れ葉の山を焼くだけが目的だったのだろうか。

「……失地王!失地王!」

 誰かがそう叫んでいる。失地王。イングランドの王様だっただろうか。

 記憶の糸を手繰ろうとしたその時、巨大な焚火の一つの近くに、一人の見知らぬ男がいるのに気づく。その男は、太陽のように丸い顔をしていた。背は低い。臙脂色の重そうなマントに身を包んでいる。この事態に仰天しているのか、目は大きく見開かれ、口も顎が外れそうなぐらいにあんぐりと開かれている。

 なるほど、この男が失地王、この山で築き上げてきた彼の財産は、今まさにすべて失われつつあるのだ。そうに違いない。

 面識はないが、私は彼を憐れむことはなかった。彼はこのような仕打ちにあってしかるべき、なぜかそう思っていた。
 
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