不可解な治療法 

文字数 1,246文字

 実家に帰っていた私は、鼻づまりが酷かったので、手近なティッシュ箱からティッシュを1枚とり、鼻をかんだ。すると、思っていた以上に白く粘度の高い鼻水が一気に出た。一回で出し切ることができてとても爽快である。と同時に、いつの間に風邪をひいてしまったのだろう、誰からうつされたのだろうと訝しんだ。

 リビングの奥、遠目にその様子を見ていた父は、今まで手にしていた焼酎の入ったグラスをテーブルに置き、急に私にめがけて詰め寄ってきた。目は怒り、口はわなわなと震えている。私の目の前に立つと、右手で私を指さして、大声で何事かを叫んだ。

 目の前に怒鳴られたのにもかかわらず、私は父の言うことが聞き取れなかった。困惑する私を確かめると、父は言葉を繰り返す。今度は聞き取ることができた。「鼻をかんではならない。それでは病は治らないぞ。ましてや人にうつす羽目になる。鼻をかむのではなく。こうして首の付け根を右手の三本の指で軽くさするのだ」と言う。そして父は実際に実演して見せた。このようにするのだと、自分が説明した通りの仕草を見せる。

 私は父に反感を持った。そんな非科学的な方法で風邪が治るはずがない。

 私は思いつくままに父の主張に反論する。「それは、病にかかる前に予防的にするべきことなのか。それとも病にかかった後にするべきことなのか。また、後者であるならば、それは症状を出さないためにするべきことなのか、それとも症状を和らげるためにするべきことなのか。そして、それがどのような作用を持って病に効力を発揮するのか。それが明らかにならない限り、従うことはできない」と理屈っぽく非難めいた口調でやり返す。

 父は無言だった。普段は穏やかな性格なのに、常に無い怒りの表情で、私を睨みつけたまま一言も言葉を発しない。

 私もその父の様子に対して、何も答えなかった。

 状況は膠着する。両者は動かない。

 そのしばらくのにらみ合いのあと、私の右手は自然と、ついさっき真っ向から反論したのにもかかわらず、自分の首の付け根を静かにさすっていた。さもそうすることが当然であるかのように。

 自分の右手が自分の首をさするたびに、ああ、確かにこれは有効な対処法なのだ、という確信が湧いてくる。同時に、不気味さを感じた。先ほどまで否定していたまじないじみた処置をなぜ、私は受け入れることができるのだろう。その所作それ自体に、いやおうなしに行ったものを納得させてしまう、不思議な効果があるのだろうか。

 父はまだ黙ったままである。

 今度は母がキッチンから出てきた。その顔には悲痛の色があった。

 曰く、これで家族全員が病気になってしまったので、病院に行って検査を受けなくてはならないと。私は、なおも首の付け根をさすりながら、黙ってうなずいた。

 どうやら明日の仕事は休まなくてはならないらしい。人にうつすわけには訳にはいかない。となると明日も実家だ。いつまで留まることになるのだろうか。なんとなく、それはかなり長い時間がかかるのではという気がしていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み