第六十二話
文字数 4,064文字
礼安の反応速度よりも先に、攻撃が届く。長大な腕による雑な薙ぎ払いであったが、その速度は瞬き一瞬でガードするよりも先に、胴体に届いたのだ。
装甲のサポートなど、半分意味を成さないほどの火力。そして速度。礼安にその絡繰りは解けずじまい。なすすべなく弾き飛ばされるのみであった。
しかし、やられっぱなしで終われない礼安は、空中で身を捻り、巨大な存在となった待田の方へ空気を蹴り飛ばして高速で迫る。
待田の腕による攻撃もまた迫ってきたものの、礼安は驚異的な反射神経と身のこなしでそれを回避。腕に登り、そのままの勢いで走り出したのだ。
まるで蚊を叩くように、巨大な手で圧し潰そうとしたが、急激に雷の速度で走り去り、その叩きを回避し、光速跳躍により待田の眼前にまで迫る。
ドライバーの両端を押し込み、脚部に全エネルギーを集中。
『超必殺承認!! その想いは電光石火のように≪ライトニング・リベレイター≫!!』
顔面に強烈無比な飛び蹴りを叩きこむも、待田にはノーダメージであった。どころか、魔力をいつも以上に急激に失っていく感覚に陥り、装甲のスペックが徐々に下がっていたのだ。
待田はそのチャンスを一切無駄にせず、その場で片手のみで複雑な印を組み、礼安を空から地面へ無慈悲に叩き落す。
『『強圧≪プレシオン・コエルシティヴァ≫』!!』
一回あたりの接地面積がさらに増え、さらにかけられる圧も怪人化したことにより増大。以前の『圧』が一回当たり百トンから二百トンの圧をどこからでもかけられるとしたら、『強圧』はその六倍、つまりは六百トンから千二百トン。
五メートル×六メートル×十メートルのビル数棟、あるいはかつて化石として見つかった、地球史上最も重いとされるクジラ数頭が、信じられないほどの速度で圧し掛かっているようなもの。
しかし、礼安は簡単に潰れる存在ではなかった。なんと、先ほどの裏拳のように、上からかかる『強圧』に拳を叩きこんだのだ。
しかもそれは無力なものではなく、確かに『何か』を破壊する手ごたえがあり、さらにかかる負荷もそれなりに軽減され、礼安に対し強風と水が吹きつけた。そこで礼安は確信を得たと同時に、乱打を『何か』に叩き込み、破壊し始めたのだった。
「『圧』、あるいは『強圧』……それらは、複数枚のバリアで形成され、圧縮する空気圧によって撃ち放つ空気砲の亜種だった!」
念能力自体、そこまで万能なものではない。自身の手ではなく不可視の手により物をつかんだり、浮遊させたりすることは容易にできるだろうが、地球の重力など鼻で笑えるほどの強圧をかけるのは、真の超能力者でない限りそれなりの工夫が必須。猛者特有のプレッシャーをかけるのとは、全く以って話が違うのだ。
しかし、これらはだれしも経験のあることだろう、空気圧を圧縮した際の密度の体感。そしてその空気圧と水を利用した、自由工作の経験。
そう、ペットボトルロケットの仕組みそのものである。
ペットボトル内の水が、圧し縮められた空気の力により後ろに噴射。同時にペットボトルを前に押し出す力が加わるため、ロケットははるか遠くへ飛んでいく。
名だたるマジシャンにはそれなりのマジックを保有しているが、そのタネは案外あっさりしたものが多い。待田のものも、仰々しいことをやってはいるものの、原理は小学生でも理解できるほどに簡略化されているのだ。
「それが、『圧』と『強圧』の秘密だったんだ!!」
『! ――ハハッ、面白れェ!!』
最後の『強圧』を構成するバリアを破壊した礼安であったが、お替りと言わんばかりに待田から仕向けられる、無数の『強圧』。
それらをすんでのところで回避していくも、またも急激な虚脱感が礼安を襲う。何とか体勢を持ち直し、多くの建物を犠牲にしながら足立区内を光速で移動していく。
しかし、ふとした瞬間にまたも抜け殻のように転がる礼安。そこにすかさず『強圧』が襲い掛かる。
(何で……?? ちゃんと休んでご飯も食べたのに……おかしい)
『圧』『強圧』のトリック以外に、まだ待田は礼安に隠していたのだ。礼安に負けないための、万全の策を。しかし、礼安はそれに気づくことは出来ずにいた。自分自身に理由があると勘違いしていたからだった。
そんな礼安の思考の迷いを嘲笑うかのように、礼安を忠実に追跡する、『強圧』の雨霰。先ほどの『強圧』の攻撃群、それら以上の勢い、そしてそれ以上の数で礼安を殺しにかかっていた。
いくら一部を簡略化させていようと、魔力消費はそれなりのもの。待田の底が無いのか、あるいは別の理由か。しかし、礼安には到底思いつかなかったのだ。
策を練りながら、足立区内を縦横無尽に走り回っている中で、礼安は不可解な死体を目にする。それは、チーティングドライバーを装着した裏切り者が、生気を失った姿。魔力反応は一切無い。
その表情は、死にゆく中でもがいた結果、首や頬を掻きむしった惨い姿であった。「死を受け入れたくない」、そう言いたげな死体であった。
「一体、どういうこと……??」
『まさかのよそ見か、余裕の表れかよ』
その声が脳内に到達した瞬間、礼安はその場を飛び退く。待田の足によって、死体もろとも踏みつぶしたのだ。手足がかなりの長さであるため、礼安がどれほどの速度で動こうと追いつくのは容易である。
「仲間を――!?」
『そいつは元から大した奴じゃあなかった。これからの『教会』にはいらないゴミだ』
しかし、礼安を追い立てていく中で、待田の歩が辺りに転がる死体を踏みつぶすように進んでいたことから、礼安は脳内で一つの仮説が立てられる。
(死体をわざわざ踏み潰しているのは……不快感を煽るため? それとも何かしらの証拠を隠したいため??)
結果、礼安は後者から仮説を進めていった。それは、死体が生まれたことに、何かしらの謎が含まれている場合。
魔力が枯渇した死体、それと歪な魔力を増幅させるチーティングドライバーを、わざわざ装着させていたこと。『圧』や『強圧』をかけるでもなく、証拠を徹底的に隠滅した理由。
「――そういう事か!!」
至った結論は、『足立区全体が待田の養分』となっていること。礼安含む足立区内に残った裏切り者たちが、軍勢による敵襲が無かったのにも拘らず、大勢がチーティングドライバーを装着し、原因不明の死体と化していたこと。それから至った結論であった。
回数無限に念能力を扱える謎は、全ての魔力を吸収し自分のものへと還元していった結果。先ほどの礼安の必殺技が効いていなかった理由も、それで全て片付く。猛烈な虚脱感を生みだしていたのは、待田自身であったのだ。
だとしたら、礼安は既にその術中に嵌っていた。そこまで長時間戦闘を行っていないのにも拘らず、一時間から二時間ほどフルパワーかつぶっ続けで戦っているかのような、信じられないほどの疲労感が、礼安の中で渦巻いていたのだ。
今にも膝から崩れ落ちそうなほどの、強烈無比な減少値。ド根性だけではカバーできないほどに、枯渇していたのだ。装甲の出力も、今や数トンほどの衝撃すら耐えられないほどにまで、パワーダウンしていた。
そして、礼安の限界が訪れた。路傍の小石に躓き、速度を維持しながら地面に勢いよく叩きつけられる。
『ようやく効いたか、お前さんも大分バケモンだよ』
無防備となった礼安の胴体に、一点集中の『強圧』が深く突き刺さる。臓器を圧し潰す、超高速の千二百トンの圧。実際千二百トンの力以上に、速度のエネルギーが加わっているため体感はそれ以上だろう。あばら骨など、多くの臓器を破裂させるほどのハードスマッシュ。
『――こりゃあ、勝負あったな。瀧本礼安』
怪人体のまま、両手で複雑な印を結ぶ待田。それは、近距離でしか運用のできない、止めを刺すためだけの、殺すための技。
『――『絞≪エストルハ≫』』
『強圧』が解除された、ほんの一瞬。装甲ごと礼安の両腕を巻き込んで盛大に捩る。
足立区全体に響き渡る、礼安の苦悶の叫び。
「!? アアあがあああアアああいゴアあアあアッ!!」
骨、血、肉、人体にとっては異物たる装甲。それらが複雑に混ざり合う。小学生が腕や手首を持ち、悪ふざけで行う『雑巾絞り』など些末なものであることを認識できるほどの、惨いほどの威力。修復するとしても、それなりの力でない限り不可能。少なくとも、現代日本の医療技術であったとしても、皆匙を投げるほど。
これの簡易版は、まさに鍾馗が裏切った際、十数人の英雄の卵たちの首を易々と捩じ切った技。礼安に戦う力は残っていないだろうが、多少なりの情で首ではなく腕を捩ったのだ。
チーティングドライバーから荒っぽくライセンスを排莢し、すぐさま人間体に戻る待田。
「――本当、一年でコレなのが凄まじいぜ、お前さん。足立区全体に魔力を吸収するフィールドを張りはしたが……正直普遍的な一年坊の魔力量ならもって三十秒だろ。だがお前さんは、十数分もの間耐え抜いた。何ならそれで死んでねえのがおかしいぜ」
叫びがこだまする中、待田は新たな煙草を懐から取り出し、高級そうなライターで火をつける。煙を燻らせる中、待田はそれでも鬼になり切れなかった。
懐から取り出したのは、痛みを和らげる回復薬。しかしそれでも傷は再生できやしない。先の戦いで礼安の近くに置いたものと比べたら、痛みを軽減するレベルの廉価版。
それを礼安に乱暴に振りかけると、悲痛な叫びは収まり、疲弊しきり空を仰ぎ見る礼安だけが残った。目のハイライトは消え、さながら燃えカスのようであった。装甲は辛うじて生きてはいるものの、サポートなどありはしない。魔力が枯渇している中で、ただの飾り同然であった。
「――もう諦めな。今のお前さんは……俺にゃあ敵わねえよ」
しかし、そんな状態でも礼安はふらふらと立ち上がったのだ。