第五十七話
文字数 6,972文字
しかし、ある程度戦い慣れした透の方が、圧倒的に分があり、さらに加賀美のサポートを受けつつの布陣で動いていたため、お互いを全く信じられていない裏切り者サイドは完全に不利であった。
透に課せられた任務は、互いの陣営がぶつかり合う、東京二十三区中央部の一つである中央区で、前線を引っ掻き回すことであった。同じくその役割を受け持ったのは、丙良と信玄、そして信之。礼安がどうなっているかは後程。
中央区に押し掛ける面子は相当の人数であったが、英雄陣営が思い描く当初の予想通り、
板橋、豊島区と比べると些か少ないように思える。
自分たちの陣営が内部から崩れ去る危険性を孕んだならば、早期決着以外に道はない。しかし馬鹿正直に真正面から突っかかることはしない。速度と効率を天秤にかけ、ちょうどいい塩梅に遠方から仕掛ける……と、河本は推理。一年もの間、待田の側近であったが故に、待田の思考を見事にトレースしきったのだ。
「――本当、河本センパイをはじめとして、今んとこかなり順調っスね。陽センパイは怪我とか無いっスか」
「うん、大丈夫……曲がりなりにも、エヴァさんに見初められた力だし」
加賀美が手にしている剣は、太陽光をそのまま自分の力としているかのように、チェーンソーの刃が無数に駆動。片手剣のリーチと、チェーンソーの攻撃力を兼ね備えた、加賀美の温厚さとは真逆と言える武器であった。
「――イカついっスね、本当それ。誰が使っていた武器なんスか」
「まだ秘密、かな!」
互いに向かって襲い掛かる攻撃を、お互いの剣と如意棒で叩き落とし、飛び蹴りを叩きこむ。背中合わせの状態で、多くの敵と向き合う二人。
「……そっスか。じゃあこれ以上何も聞かないッスよ」
透に、その剣がどこで使われたものだとか、因子がどうだとか。そういったものは一切分からないため、特にそれ以上踏み込むことはしなかった。
そんな有象無象に囲まれた二人であったが、一切危険な状況には陥らず。あとは二人、戦況が好転するまで無力化し続けるのみ。応援は来るだろうが、待田以外大したことはない。
そう、思い込んでいた。
加賀美にとって、一番の不安要素がそこにやってきてしまったのだ。
「――あッは、ご機嫌いかが元バディ」
「!! その声って……!!」
声のする方へ振り向く加賀美。小高いビルの屋上に立っていたのは、河本にとって、そして加賀美にとっての究極の不確定要素。
「やあやあ、無駄な努力を重ねる、初心者≪ルーキー≫ちゃん」
最も早く、英雄陣営を裏切り。そしてこの中で最もチーティングドライバーの異常性に身を浸らせ続け。元あった武器の因子が変質を遂げ、並以上の存在となった鍾馗であった。
「――アイツが、例の」
「私の、この合同演習会の元バディであり、同じ寮で暮らしていた仲間だったよ」
「は!?」
戦闘力が他より劣っている加賀美が、誰についていくか。それを決めたのは、他でもない加賀美自身。そして、加賀美は事前に分かっていたのだ。鍾馗本人から、どこに現着するか、ということをショートメールで送られていたのだ。中央区で食い止める人員に加わることこそ、加賀美の思惑であった。
「……一体、どういうことッスか」
「――あの子は、鍾馗は。武器科に所属していた時から、正直自己中心的な子だった。人間だから、命は大事だから……それは当然なんだけど、まるで何か別の思惑があって動くってことが多かった。力の欲求が他より抜きん出ていたってのもあったけど……英雄や武器の求め方じゃあない、欲に心を支配されたようだったんだ」
英雄学園所属時代から、その危険性を見抜いていた加賀美は、学園長への投書で鍾馗に対する対策を打診していたのだ。彼女の芯に秘める、『異常性』がこれ以上成長しないように。
「――私にやたら食い掛ってきたけど。陽がどうこう出来る訳ないじゃあないか。私よりも、圧倒的に弱いくせにさ」
鍾馗は、有象無象たちを視線だけで下がらせると、透たちの元へ降り立つ。一切の衝撃を無効化し、音すらしない。まるで猫が高所から着地した時のよう。
「――でもね、陽。武器科の中で私の真意に勘付いていたのは……アンタとエヴァだけ。学園全体まで広げても、学園長がそこに入るくらいか。私はこのタイミングで裏切ったわけじゃあない、入学前からずっと、『教会』に入信しているのさ」
裏切ったわけじゃあない。最初からその立場じゃあなかっただけ。それこそが、鍾馗蓮の正体であった。
多くの生徒が待田の金縛りを受け、「仲間になるか」と尋問された時。
英雄学園で過ごした、武器科での日々。特に、同じ寮で生活し続けていた加賀美への顔。
それら全ては、ただの『演技』であったのだ。
待田がその事実に気付いたのは、信之を拷問する以前のこと。その時、鍾馗の異常性を理解し、より気に入ったのだ。
「人は、歪んでこそ。そして演技してこそ。本当の顔を見せたところで、大したリターンは見込めない。なら全てを偽って、自由気ままに流離ってこそでしょう」
そう語る鍾馗の表情は、まるで中国の変面のように無限の変化を見せる。どれが、彼女の本心かなど、今まで嘘しか吐かれなかった者たちには知る由もない。
「――透さん。院さんを応援として呼んでください。今の鍾馗の強さは……計り知れません」
「悪いっスけど、それは『英雄科』にとっちゃあ聞けない相談っスよ」
加賀美の首根っこを掴み、遠くへ放り投げる透。方向としても、まさに大田区の方向。人間の力故限界はあるが、加賀美を生かす選択を取ったのだ。
「そんな、正体も分からない中で相対するなんて――」
「だからこそっスよ、加賀美センパイ」
加賀美に対し、一切表情を見せない透であったが、彼女の心、意図、思いやり。全てを背中で感じ取ったのだ。同居人に嘘を吐かれ続けた加賀美が、表情を信じることができない加賀美が。
「――院≪アイツ≫に、なる早で来るよう伝えて下さい。俺らの修業の成果、見せてやるときだ……って。伝言頼みましたよ」
一切の表情を見せないサムズアップ。本人がそれにレスポンスを返すかどうかも分からない中、最大級のファイティングポーズであった。
「……分かったよ、透ちゃん!! 任されたよ!!」
鍾馗や有象無象たちがそれを追うことはなかった。何故なら、彼女らの眼前には仁王立ちする英雄がいた。その障害を排除しない限り、この先には絶対に進めない。RPGでもないのに、その場の全員が覚悟したのだ。
(ッたく。俺にちゃん付けはむず痒いからやめてくれって言ったのに……)
半ば呆れかえった表情を見せた透を、静かに見下す鍾馗。今までの表情変化の中でも、とりわけ冷徹なものであった。何が演技か、何が本当か。そんなこと分かりはしないが。
「随分、粋な真似するじゃあないか、初心者ちゃん」
「何も。曲がりなりにも英雄志望なんで。って、アンタに敬語使う必要はねェだろうから――センパイだろうが、タメ口で行かせてもらうぜ」
既に巻かれたデバイスドライバーに、『孫悟空』のライセンスを認証、装填。如意棒を再び顕現させ、自分の傍に突き立てる。
「――アンタに、どんな事情があって嘘吐きとしての人生を歩みだしたんかは……よく分からねえ。でもよ、アンタが英雄学園に仇なす存在なら……灸を据える必要があんだろ」
「私は武器科所属だったけど……英雄科の一年次風情が、安易に敵う存在だと思うなよ」
「なら分からせてやんよ、その身に」
湧き出す魔力量を瞬時に察知する鍾馗。到底一年次から湧き出るほどのものではない、それほどに色濃いもの。辺りの有象無象たちが、才ある眼前の存在に嫉妬していた。
「――なるほど、最近話題の初心者ちゃんの一人が君か。通りで、この殲滅作戦に皆乗り気だ。出る杭を打ちたいんだろうな、無能が無能であることを認めたくない、そんな下らない一般人≪パンピー≫のクソみたいな自尊心と一緒だ」
鍾馗の因子元を思わせる、変異ライセンスを手にし、チーティングドライバーに認証。
『錆びた剣・スクレップ――怪力自慢の王子が手にしたのは、永い時を経て錆びついた凶悪強靭な剣、スクレップだった……』
「知名度は君ほどじゃあないが……破壊力はお墨付きさ」
透と鍾馗、二人向かい合い、多くの有象無象たちに囲まれながら、対決の時を迎えるのだった。
「「変身」!!」
己が欲望のため偽り続ける鍾馗と、ただひたすらに真実を追い求め、強さを求め続ける透。裏切り者対粛正者の戦いの幕が上がった。
最初に言うならば、鍾馗蓮……彼女は裏切り者の中でも、別格の強さを誇っていた。その理由こそ、彼女自身の師は待田自身。英雄学園内で育てることのできなかった残虐性が、飛躍的に成長したのだ。それに、何より怪人の力の適応度が他よりも圧倒的に優れていたのだ。
鍾馗の怪人体……というより、装甲と一体化した怪人の力は、今まで敵対してきたどの相手よりも薄気味が悪かったのだ。
英雄としての装甲は、頭部装甲以外全て。しかしその装甲の色は淀んだ紫。スクレップ自体が活躍した時代が不明のため、前時代の鎧や胴具足をモチーフとする他装甲とは異なった、近未来的な見た目をしていた。
それぞれに、うっすらと錆びた加工がされており、手にしているのは因子元であるスクレップそのもの。赤錆びた片手剣であり、それ自体に既に歪んだ魔力がエンチャントされているため、それ自体が醸し出す覇気もかなりのものであった。
赤錆びた剣と強固な如意棒、どちらが勝つ? そう言われたら、武具としてある程度優れた如意棒、そう答える人物が多いだろう。しかし、スクレップはただの古びた剣ではない。
ある武勇に優れた王が存在し、その王が振るっていた剣こそスクレップ。しかしその時には錆び付いてはおらず、真っ当な剣であった。
時は流れ、その王には一人の子供が生まれた。その子はウッフェと言った。王は長い間の平穏を享受するために、王は自身の愛剣スクレップを地面に埋めた。
その子が成長していくと同時に、王は年月に抗うことは出来ず、次第に老いていった。それを機に敵国が攻めてくる事態に発展。ウッフェは父や国のために、敵国からの決闘を受けることにしたのだ。
しかし、決闘準備の際、屋敷にあったどの剣も、ウッフェの膂力や剣術に耐えられる剣はなく、思い悩んでいた。その時、王は自身がかつて埋めたスクレップの存在を思い出した。掘り出されたスクレップは酷く錆び付いてはいたが、ウッフェの剣術に耐えうる強靭さを持ち合わせていたのだ。
結果、試し切りもせず臨んだ決闘は、まさかの圧勝である。一人だけでなく二人も相手にしておきながら、スクレップとウッフェの力は偉大であったのだ。
その伝承をそのままに、そこに凶悪さを追加。それこそが、鍾馗の力であった。
今まさに打ちあう透は、その力の異常性を思い知っていた。元々英雄科でもない中で、そこまでの出力を出せるのは、そういない。元から力を偽っていたか、あるいは本来の潜在能力が待田によって引き出されたのか。その真意は定かではない。
しかしこれだけは言えた。全ての攻撃の破壊力が、常軌を逸していた。少し前にグラトニーと相対した透だからこそ分かる、彼女はグラトニー以上の強さを、この短時間で有していたのだ。
何度も打ちあう中で、如意棒の長いリーチが少々不利であった。破壊力が他の片手剣よりも上な中で、弾かれた後に正位置に戻す、その工程がどうも煩わしく思えて仕方が無かった。
伊達に戦闘訓練を経験していない透は、その状況判断も流石のものであった。
一瞬にして如意棒を手のひらサイズにまで縮小。打ちあっていた鍾馗は一瞬バランスを崩す。
その隙を見逃すことはなく、一瞬にして元の太さかつ十倍以上に伸長させ、腹部に強烈無比な一撃をお見舞いする。
しかし、それで終わることはなく、如意棒を一瞬で消すと、今度はスクレップの及ばない至近距離戦に戦いの場を変更。
風の力を活かした、高速インファイトを一瞬にして叩きこんだ。
多くの有象無象を巻き込みながら、ビルを数棟倒壊させるも、それで終わることはなく。
その場から、クラウチングスタートで駆けだすと、一息に暴風を伴いながら、跳躍。
着地地点に向け、位置エネルギーを生かした拳を叩きこむ。
咄嗟に鍾馗は回避するも、透は何手も先を読む。
スクレップを振るおうとする鍾馗の右手首を左上段掌底にて弾き、武器を落とさせる。
胴体ががら空きになった瞬間、右肘の辺りから暴風を渦巻かせ、急加速する渾身の右ストレート。クリーンヒットするその一撃は、辺りのビルや地面、それらを余波のみで破壊するほどの一撃であった。
遥か遠くまで弾き飛ばされる鍾馗。それでも尚、透はファイティングポーズを取る。
「――どうしたよ、鍾馗センパイ。こんなんで……裏切ったわけじゃあねえんだろ? 少しくらい力、見せたらどうだよ」
遥か遠く、瓦礫に呑まれつつも、その瓦礫を全て破砕しながら鍾馗は立ち上がった。薄気味悪く笑む鍾馗は、まさかのノーダメージ。血一つ見せない、そんな彼女に、これまでの中でもとりわけ尋常でない存在であることを知覚する。
「――どっから来てんだよ、その力と防御力」
『大したことはないよ、これが『教会』の力。それだけさ』
首を何度か鳴らすと、指を鳴らす鍾馗。それと共に、辺りが突如として夜へと変わる。さらに弾かれたはずのスクレップが、鍾馗の手に戻った。
時間としてはあまり変わらないようだが、不思議とこの状況を受け入れてしまう。
『ああ、別に特殊なことをしたわけじゃあないよ、辺りと空間を断絶しただけさ』
「……お前のベース能力は、何だ?」
『簡単だよ』とだけ呟くと、鍾馗は己が手にブラックホールのような漆黒を瞬時に纏ったのだ。それはまごう事なき、希少性の高い力であることは理解できた。
『私の力は、『闇』。万物を飲み込む、黒さ。私は絵の具の中でも黒がとりわけ好きでね……全ての色を根底から腐らせ、上塗りしていく強さが好きなんだ』
まるで緩慢な動作。透のものよりも圧倒的にスピードが劣るはずなのに。
一瞬にして、透は鍾馗の傍にいたのだ。
『君の一撃、なかなか悪くなかったよ』
その言葉と共に叩きこまれた拳は、透のものよりも圧倒的に力が劣っていた。圧倒的に速度が劣っていた。しかし。
装甲が、骨が、肉が。悲鳴を上げていたのだ。
「――!?」
吹き飛ばされることはない。芯に攻撃が届いたはずなのに、倒れる事すら許されない。
そんな事情お構いなし、と言わんばかりに、天音透というサンドバッグ状態にあったのだ。
その場から、一切動くことのできない透と、今までの恨みを晴らすように攻撃を叩きこんでいく鍾馗。
『私の力はね。対象……あるいはその概念に対しての恨みが強ければ強いほど、追加ダメージが発生するものなんだ。だから――最も英雄には不向きなベース能力なんだ、闇って』
たとえ拳本体で与えるダメージが一だとしても、闇の力によって打ち込まれるダメージは百。
透は、初めてこの能力を味わったものの、レアリティの高い力だからこその横暴を感じていたのだ。どんな無茶だろうと、大概どうにかしてしまうベース能力の中で、対人において殺す力が圧倒的に高いのは、闇であると。
何とか足元の拘束を風の力で弾き飛ばし、距離を取る透。しかし、速度で完全に上回っているはずなのに、背中側にべったりと密着する鍾馗。
『私は、能力としては恵まれた。因子も程よく恵まれた。ただ……足りないものがあったんだ。それこそ、膂力。ウッフェほどの強靭さを、私は持ち合わせてなかった。そして――私はデバイスドライバーに嫌われた。まあ、正直分かってはいたよ。私は』
当人の地力をある程度反映するデバイスドライバーとチーティングドライバー。その二つのうち、地力のハードルが低いのはチーティング。
元々体が弱い彼女だったため、彼女はどれほど恵まれていようと一点の欠点によって変身が出来なかった。
元から英雄が嫌いではあったが、その一件でさらに溝が深まったのだ。教師陣から勧められ、武器科に転身したものの、待っていたのは迫害。軽度の拒食症にも陥った結果、元から信者であった鍾馗は、真の意味で英雄学園を裏切ったのだ。
『だから――私思ったんだ。この世の英雄を、この力で全員殺せば。きっと……最後に満足できるハッピーエンドが待っているんだって』
そう語る鍾馗の表情は、実に歪んでいた。まるで蠟を溶かしたように、歪に歪んでいたのだ。心底英雄を恨み、心底自分を恨み、心底嫉妬心の中で生きている証であった。
透の装甲に刃を突き立てるも、寸前で風の鎧によって弾かれる。しかし、斬撃のダメージ自体は透に入っていく。
『だから。天音透? 死んで? ねえ死んで??』
「やな――――こった!!」
風の鎧の風力を上げ、無理やり鍾馗を地面に叩き落す。その後追ってくることはなかったが、透の心には鍾馗の薄気味悪さや恐怖心が、しかと植え付けられたのだった。