第三十四話
文字数 6,696文字
しかし。その攻撃に翻弄されるのはあくまで初心者≪ビギナー≫。ここにいる二人は違っていた。片方は先の事件を解決した立役者、もう一人は学園長に修行を付けられた者、二人とも並より遥か上に立つ者であった。
それぞれの攻撃を、エクスカリバーで弾き飛ばしたり、飛んできた武器をいなしたり。
透が数多の攻撃を掻い潜りながら、グラトニーの眼前まで迫るも、叩きこもうとした拳はグラトニーの顔前で急停止。
『俺の能力は金貸杜鵑≪ペイ・トゥ・ウィン≫!! 金や即物的なものを『貸した』存在には、自分の意志では俺に攻撃できないし、当たらない!! だが俺からの攻撃が必ず当たる!! 逆らえない道具同然ってことだ!!』
「そうか、『俺』の意志ではぶん殴れねえならよぉ――――」
ほぼ同タイミングで辿り着いた礼安が、透の右ひじを全力で蹴り、彼女の拳を顔面にデリバリー。
「『過失』の一撃は、防衛対象にはならねえよな??」
今のものは、透の意志とは関係なしに、礼安の攻撃によってもたらされて『しまった』攻撃。屁理屈のようにも思えるが、実際ヒットしたのだ。
『変な理屈ばかり並べてんじゃあねえこのドグサレ脳ミソが!!』
「でもよぉ、実際ヒットしてんのに理屈もクソもねえだろ非モテ守銭奴豚野郎」
能力の弱点、それはどんなものにも存在する抜け穴。弱点のない能力など、この世には存在しないのだ。
苛立ちが頂点に達したグラトニーは迫っていた二人を豪風により弾き飛ばし、地面へと叩きつける。その場に無数の武器を同時に叩きつけようとするも、それはどこからともなく放たれた、十六発の球による乱反射によって華麗に防がれる。
そして、それを行った人物が誰なのかくらい、透には予想が出来た。
「――そうか、『過失』の一撃には、『跳弾』も入る。でかしたぞ……二人とも」
巨大なドームの入り口に立つ、剣崎と橘。その二人は、礼安と透の二人を無言で応援していた。今までの因縁を終わらせられる、希望の象徴たる二人であると。
「そして……能力に完全適応外の礼安。お前なら全力の攻撃を叩きこめるだろ。トリは任せたぜ」
「――――いや、そんなことはないよ、透ちゃん。私と透ちゃんの二人で、引導を渡せる」
その言葉に疑問を抱く透であったが、すぐにその謎が理解できることとなる。
グラトニー後方にでかでかと飾られたモニターがひとりでに付く。そこに移されていたのは、エヴァと信一郎であった。
『結論から言おう、天音ちゃんの借金は現時刻を以って……ぜーーんぶチャラにしたよ☆』
グラトニーは、その信一郎の言葉に呆気に取られていた。
『ふ、ふざけるな!! 数百億なんて、そんなおいそれと払えるはずが――――』
信一郎の手元に映るデバイスには、国家予算など鼻で笑えるほどの資産が映し出されていた。数百億など、たかがはした金であることを如実に示していたのだ。
『天音ちゃん、今回だけじゃあなく、誰かに頼ることを覚えた方がいいよ。全て、自分一人で抱え込むなんて――そんな馬鹿はもうやめなさい。もう自分に……限界なんてかけなくてもいいんだよ』
それは、多くのことを抱え、結果圧し潰されてしまった透の心に突き刺さる。学園長は、ただ椅子に座って踏ん反りが得るだけの存在ではない、多くの学生の状態を見やりながら、最適な学ぶ環境を提供する。それこそが、信一郎の一番の仕事であるのだ。
『――それとぉ……あの修行の時の、ビビッときた痛快な一撃、学園長見たいなー☆』
言いたいことだけ伝えると、通信はすぐに断絶された。
「――そうかよ。俺らの枷が……外れたのか。もう自由、って訳か……」
礼安は透に笑いかけ、手を差し出す。それは、ムカつく奴を徹底的にコテンパンにしてやろうという、礼安からの救いの一手であった。
「――おう、やるしかねえだろ」
その手を力強く握ると、礼安は透をぶん回し、グラトニーに向け投げ飛ばした。
その唐突ともいえる襲撃に、無数の触手や武具を用いて応戦するグラトニー。
しかし、それは無意味なものであった。
生成した如意棒と自らの分身が、力任せに触手をぶった斬っていくのだ。
通常、如意棒に斬撃の特性があるわけではない。殴打することでダメージを生じさせる武器である如意棒でなぜ触手を斬れるのか。それは風の魔力によるものであった。かまいたちに似た風を一点に集中させることで、刃物より鋭い斬撃武器足りうる存在となるのだ。
『や、止めろ来るなドブネズミ風情が!! 借金をまた増やされたいか!! 今以上に生きづらくなるのは嫌だろ!?』
苦し紛れの言い訳に、透は言葉ではなく行動で示すのみであった。
ただただ、怒りの感情をむき出しにしながらグラトニーの武具を破砕していく。徐々に打つ手を無くしていっているのだ。触手は再生させればまた元通りの状態になるだろうが、それにも限度は存在する。
今まで自分がやられたように、じわりじわりと追い詰めていくのだ。それこそが、今まで自分勝手な借金に悩まされた結果の、透の『復讐』であったのだ。
しかし、透の手は止まってしまう。それは、今まで自分たちが負ってきた痛みと、何ら変わらなかったためであった。グラトニーと同じ『復讐』なんて、自分たちにとってはちゃちなものだと。
大声を張り上げ、礼安の名を呼ぶ透。
「もう……奴と同じみみっちい『復讐』には飽きた! 一気に、終わらせてえんだが……相乗りしてくれるか」
その瞬間、礼安のライセンスホルダー内にある、一つのライセンスがひとりでに動き出し、礼安に語り掛けた。他でもない、あの二人のイゾルデであった。
『騎士様、ここは私たちとアーサー王様の力を合わせるべきですわ』
『本来ならもうちょい……ま、ええか! 騎士様強さイカついからなぁ!』
何か言いかけたシロであったが、すぐさまライセンス内に戻り、礼安の手元に渡る。
礼安はそのライセンスに笑みかけながら、『トリスタンとイゾルデ』のライセンスを認証、装填。即座に起動させると、通常とは異なる音声が鳴る。
『アーサー×トリスタン、マッシュアップ!! アースタンフォーム!!』
礼安の左横に、トリスタンの装甲が新たに生成。荒々しくも合体すると、礼安の新たな形態となったのだ。
アーサーのメイン装甲が右側にずれ、左半身にトリスタンの装甲を纏ったもの。マントや基本武装はそのままに、二つのライセンスの力を宿しさらにパワーアップしたものであるのだ。
「一気に終わらせるなら、多分これが一番でしょ」
透や埼玉にまつわる全ての因縁を片付けるには、オーバーな力を以って制する以外にないだろう。
「――――ありがとうよ、礼安」
それに対し、誰にも聞こえないほどの呟きで礼を述べる透。後方に宙返って、ドライバー両側を力強く押し込む。礼安もまた、透の方へ跳躍しながらドライバー両側を勢いよく押し込んだ。
「知ってるか礼安、じわじわ『復讐』された奴に対しての、最も効率の良い尊厳破壊方法は……たった一発で終わらせること、らしいぜ!! 馬鹿みたいに思えるだろうが、その方がスカッとするからよ!!」
「――うん、一撃で終わらせよう、透ちゃん!!」
『超必殺承認!! 罪人を裁く、裁定の聖剣≪ルーラー・オブ・エクスカリバー≫!!』
エクスカリバ―に礼安の魔力が集結し、グラトニー胸部に斬撃を飛ばし切り拓く。そこに現れるのは、フォルニカにもみられた黒い球。当人が背負った罪の大きさや罪悪感によって肥大化、異形化していくのだが、グラトニーに罪悪感は無い。背負った罪の十字架によって巨大なものとなっている。
「貴方の罪を、頂戴!」
再度礼安のドライバー両側を押し込み、両者飛び蹴りの体勢を整える。
『『超必殺承認!!』』
「「これで終わりだァァァァァァァァッ!!」」
どれだけ複雑怪奇なものを仕組まれようとも、結局はここに帰結する。陰湿・陰惨な復讐には、気楽で快活な復讐を。『目には目を、歯には歯を』の一文が有名なハンムラビ法典も真っ青な、華麗な復讐劇であったのだ。
『その想いは電光石火のように≪ライトニング・リベレイター≫!!』
『身外身たちが紡ぐ、勝利への導線≪シンガイシン・シャイニーヴィクトリー≫!!』
胸元にある黒球目掛け、超高威力の飛び蹴りが炸裂。黒球はあっさりと壊れ果て、残るはそれでも威力を余裕で殺しきれない衝撃のみ。特に恨みつらみ全てが、常人のそれよりも遥かに重く密度のあるものであった、透による攻撃は学園長に繰り出した時の威力の、まさに二倍以上。
衝撃を受け止めきれず、二人のキックをもろに食らうグラトニー。この時ばかりは、無駄にあるタフネスを自分自身で心底恨んだ。窮鼠猫を噛む、ではないが、元債務者と殺しを請け負ったターゲット、その当人の抵抗力を甘く見ていたのだ。
どれだけ当人が計算高かろうとも、感情のブレによる人間の覚醒、それを計算の内に入れるのはあまりにも不確定要素が過ぎる。そう思い、復讐やお人よしさを感情に何一つ入れていなかったのだ。
しかし、今まさにグラトニー自身の体に降りかかるは、地盤を余裕でひっくり返すほどの衝撃二発分。いくら装甲で肉体を補助していようとも、いち人間が放っていい威力などではない。もはや人間の姿をした傾国兵器であるのだ。
だからこそ、グラトニーは自分の行いを初めて後悔した。
風と雷の合奏曲≪アンサンブル≫、というより化学反応≪ケミストリー≫。はじめはかみ合う様子などありえなかった二つの魔力は、多くの苦難を経験しながらも次第に溶け合い、互いに共鳴しあっていく。
そのため、通常ならあり得ないほどの威力が、さらに増していくのだ。時間にしてみれば、ほんの数瞬。しかしその数瞬が、何分にも、何時間にも感じられるほどに、痛みの波状攻撃が止まらないのだ。
その場に、轟音と圧倒的衝撃波が巻き起こり、子供たちは前方を見ることすらできない。しかし子供たちに届く衝撃は、いつの間にか張られていた礼安と透の魔力障壁によって幾分かマシなものに。
「これは――!」「うん、間違いないよ」
その場にいる五人の子供たちは、二人の英雄の勇敢な姿をわずかながら視認した瞬間、全てを確信した。
「「「「「二人のお姉ちゃんが、勝ったんだ!!」」」」」
『GAME CLEAR!』の文字が、二人の結末を示していたのだ。
後に残るは、爆心地のように荒れ果てた地下施設と、変身が解除され、礼安と透の二人に怯え力なく後ずさるグラトニー。礼安は透を見守りつつ、二人は変身解除し透のみがゆっくりと追いかけるのみ。
「ま、待ってくれ!! 負けだ、私の負けを認める!! 借金も完全になくなっただろう!?」
それでも、二人の歩みは止まらない。
そう、それでも信一郎が振り込んだ借金分の金に関して、まだグラトニー自身に利がある状態である。それがどうしても許せなかったのだ。
「わ、分かった!! 今日限りで支部は畳む! 何なら壇之浦銀行も畳む!! 当事者たちに金は帰っていくだろう!!」
それでも、透は無言でグラトニーを追い詰めていく。
「そ、そうだ!! 詫びを入れればいいんだろう!! 私が悪かった、どうか許してくれ!!」
「――――ちっげぇだろうがよ!!」
透の渾身の拳が、グラトニーの顔面にクリーンヒット。骨が複数個所折れたような鈍い音と衝撃と共に、その辺に転がるグラトニー。
感じたことのない、透の拳による痛み。自分は好き放題振るってきたものの、結局は権力で黙らせてきた、その分の反動が今まさに訪れていたのだ。
「痛い……痛いよォ!! 誰か、私を助けてくれェ!! 金ならいくらでもやるからァ!!」
実に見苦しい眼前の男。しかもこの期に及んで、まだ金にものを言わせ自分だけ助かろうとする、浅はかな心情が見え透いていた。もう、それだけの何かがこの男に残っているわけでもないのに。
「――そりゃあこの世、金で大体何とかなんのは認めるよ。でもよ……金でテメェの人望は買えたかよ。誰かを陥れたかりそめの安寧は、金で買えたかよ。誰にでもあるだろう確かな愛情は、買えたかよ?」
しかし、答えはNO。その理由は、今まさに男の眼前に立つ存在が示しているのだ。
確かに、金があれば大体の物事は穏便に済ませることができる。満足な学びは提供されるだろうし、満足に肥え太れる。もし自分が大病を患った際も、満足な医療を適切なタイミングで受けられるだろう。起業だって、融資関係なしにどうにかできるだろう。
しかしどうだろう、今のグラトニーにあるだろうか。誰かから望まれる人望も、誰かを恨めしく思うことのない安寧も、誰かに向ける愛情も。
初めから、完全に欠如していたのだ。自分にとって信じられるのは金だけ。だからこそ、誰かを自分のために利用することを、屁とも思っていない。人に裏切られたから、そう言った心打たれるバックボーンなしに、彼はナチュラルボーン。正真正銘のクズ野郎であったのだ。
「結局は、テメェの好き勝手に、他人を付き合わせているだけ。お前に、誰かの上に立つ資格なんぞねェし、多くの人間の命を弄んでいい資格なんて、元からねェ」
先ほどまでの戦いの中で張っていた声も、今では何もかもが冷え切っていた。眼前に存在する、妹弟たちの仇であったがために、許す道理も、かける情も一切ないと考えていた。
しかし、これが以前の透なら、礼安たちと出会っていなかったら。きっと、ノータイムで殺していた。修行の成果を、存分に生かして。
「――だからこそ、今この場で。俺の口座に戻せよ、学園長の金。そして今までさんざ騙くらかした埼玉の人たちに、満額全部返せ。んで黙ってブタ箱に入れよ、そうすれば半殺しくらいで見逃してやる」
「で、でもそうなったら、私は終わってしまう!! 更生するなんて――――」
そう言い訳を取り繕うグラトニーの顔面を、もう一度フルパワーでぶん殴る透。出血なんてお構いなし、今まで好き勝手された分の恨みをここで晴らしていたのだ。自動回復なんて権能≪チート≫になど頼らせない、それほどの怒りであった。
「痛いのは嫌だよな、グラトニー。俺ァよ……あの子たちの今まで負ってきた痛みの分、お前にやり返すくらい余裕なんだぜ」
目が完全に座っており、その風体から「殺してもいい」覚悟を感じ取った。殺そうが殺すまいが、透には関係ない。通すべき筋を通すまで、ここから逃がさない鋼の意志。
「わ、分かった……金を今、全部返そう……」
グラトニーは端末を振るえる指で操作し、金を手当たり次第に送金していく。その画面を見ていく限り、指示通りに返していた。
最後には、透の銀行にしっかり満額送金されていた。そこには、学園長が返した分と透らが今まで渡していた分、そして覚えのない金が数百万ほど。
「――送り終わった、迷惑代も込みだ……だから私を逃がしてくれ!!」
「ああ……逃がしてやるよ。テメェのふさわしい場所にな」
最後に、手切れ金ならぬ手切れの一発と言わんばかりに、こめかみ辺りに全力の回し蹴りを一発ほど。その一発でグラトニーは完全に白目を向き、泡を吹き沈黙した。
背の方に回していた手には、苦し紛れのスタンガンが握られており、あの状況に置かれてもなお抵抗する意思があったことに驚きを隠せていない礼安と、十年ほどの腐れ縁であったために理解できてしまった透。
「――コイツはこういう奴だ。最後の最後まで足掻く、まるでゴキブリみたいによ。金持ち以前に、コイツはだいぶ貧乏だったらしくてな……だからこその、ここまで意地汚く『生』に縋ろうとするんだろ」
礼安は、清々したといえる表情の透を見やり、微笑んで見せた。
「――――『復讐』は、出来た?」
「――――ああ、気楽で凄ェ爽やかな気分だぜ。正月の元旦一発目、雲のかからない美しい初日の出を見られたみたいによォ」
これにより「『教会』埼玉支部・支部長兼壇之浦銀行支店長」グラトニーこと金目重三≪カネメ ジュウゾウ≫と、「英雄学園東京本校英雄科一年一組所属」天音透と瀧本礼安の戦いは、数多くの卑劣な手段で戦力を削ごうとしていた中で、礼安の身を挺した初めての『怒り』を見せたことで、心の熱が再点火した二人。眼前の屑を打倒すべく、一糸乱れぬコンビネーションを見せ、生き汚い抵抗などさせないままに、二人の勝利と相成った。