第二十七話
文字数 4,775文字
旅館で襲撃した時とは異なり、学園に単独襲撃をかけた姿で端役の前に現れるグラトニー。その表情は、実に不満げであった。
「――貴方たち、まだこの状況を収められないのですか? 金はばらまいておけば大衆は黙るはずですよ?」
「そ、それが……主に財源としていた県庁所在地周辺の県民が、何者かの扇動によって『新生レジスタンス』結成を主張しだしたとのことです」
その文言に、怒りを露わにするグラトニー。それもそのはず、かつて滅ぼしたはずの反乱分子が、時を経て人を変え復活したのだ。圧倒的力と圧倒的財力でねじ伏せてきたはずなのに。
(なぜ……なぜいつだって私を邪魔する……!!)
誰にも聞こえないほどに小声で呟く。かつての忌々しい記憶が鮮明に蘇っていく中、深く深く息を吐いて、今までの平静を取り戻す。あくまで形だけではあるが、それでもスイッチを無理やりにでも切り替え、これまで多くのことを成し遂げてきたのだ。
「――では、主要幹部のうち、副支店長一人と次長を二人ほど。そして『奥の手』を一人出しなさい。そして今回ばかりは私も大将として全力で迎え撃ちましょう」
『奥の手』と聞き、その場の全員が俯く。それでも、ここに集う人間はすべて欲の根源は同じもの。長として発破をかけるべく、怪しい笑みを浮かべながらその場で宣言する。
「今回はかなりの大仕事となります。もしここで敵を圧倒的に潰せれば……事実上不可侵領域となっていた、あのモールの利権をも獲得できるでしょう。そうなれば埼玉全土を完全掌握、我々こそが、『教会』支部内で最強を名乗ることすら容易でしょう! ゆえに……この戦いで勝利できた場合は……全員に『言い値』でボーナスを与えましょう」
埼玉支部、もとい壇之浦銀行で働く者の目的はステップアップなどそんな見え透いた猫かぶりではない、それぞれが金のために動く。己が欲望を叶えるべく、日々どれほどの劣悪な状況下でも働いてきたのだ。
だからこそ、この状況下においてこの宣言は絶大な効果をもたらす。この後、勝利したとしたら……なんて皮算用も、今は大いに許される。自身が望む圧倒的な富を得られるならば、死ぬ気で全員が一致団結するだろう。
圧倒的なやる気の圧。それぞれが金融業を足早に済ませ、相手を潰すべく武器を持つ。
(これだから、私の端役は扱いやすい)
しかし、グラトニーの目論見は早くも危険水域に達しようとしていたのだが、それを知るまではあと数分のことである。
埼玉支部にいち早く辿り着いたのは、礼安と院。そしてレジスタンス筆頭であるグラトニーが食い物にしてきた地元住民たち。
「――礼安さん。これから私たちは……正直戦力にならないでしょう」
家から持ってきたフライパンを、護身用の装備として携えた章大。しかしどうもへっぴり腰のままであった。なんせ、これまで店の経営はしたことがあっても、誰かとけんかなどしたことがない。
しかし仲居さんは、と言うと。
旅館の中から、何と立派な薙刀を持ち出してきていたのだ。ぱっと見て、どうも銃刀法に違反していそうだが、刃部分はしっかり鈍である。もしこの場に警察がいたとしても、しっかり言い訳をする準備は万端であった。
「ご安心くださいませ、こう見ても私護身術は弁えていまして。昔……似たようなものを握ったことがあります」
「……それはバットとかですか?」
無言で闇を感じる笑顔を向ける仲居さん。その表情から、その仲居さんの『似たようなもの』の正体を察してしまった章大は、それ以上何も語ることはなかった。
一方の礼安は、どこか考え事をしていた。礼安が何か物思いにふけっている時は、その案件にまだ裏があるということ。少々頭が悪い礼安ではあるが、こういう時の察知する力はかなりのもの。それをこれまでの人生経験で学んでいる院は、礼安を気にかけていた。
「――何か、裏があるっていうの?」
「……うん、ある」
院にだけ小声で語り掛けた内容は、院にとっても気にかかる部分であった。
それは、透の家族であるあの子供たちについて。
透の味方であるはずのあの七人のうち、一人がグラトニー側に立っていたことが何よりの疑問点であった。
チーティングドライバーによる脳内汚染の結果なのか、元からグラトニー側のスパイだったのか。もしくは自分たちの思考の外にある可能性なのか。それがさっぱり見当つかないままに今日が訪れてしまったのだ。
「――今どうこう考えても、しょうがありません。まずはあの子たち七人の救出、そして埼玉開放のシナリオで行きましょう、礼安」
「――うん、分かった。助けを求める人がいるのに、それを助けられなかったなんて……死んでも死にきれないから」
その表情は、フォルニカと向き合ったときと同じような、実にまっすぐで強い瞳。それに触発されるかのように、希望が伝線したかのように、院も同じ方を向ける。
これが、彼女たちの在り方である。
そして、そんな真剣な雰囲気をぶち破るかのように素っ頓狂な叫び声が宙から聞こえてきた。一同がその方を見やると、コンクリで出来たぶっとい触手に跨って、白目を剥き吐くモノがないため胃液をよだれのように垂らす、完全グロッキー状態のエヴァがやってきた。
その場にいる面子の誰もが、この状況を一切理解できなかった。
「エヴァちゃん大丈夫!? 敵襲にでも遭った!?」
そんな礼安の声を聞き、咳き込みつつ何とか意識を持ち直すエヴァ。しかし、表情は青ざめたままであった。
「ごめんなさい……あまりにも咄嗟のことだったのでアルティメット乗り物酔い状態にならざるを得なかったというか……まあそこの綾部さんが原因と言えばいいでしょうか……」
急に責任転嫁された章大は目を逸らしていた。少なからず自覚はあったようだ。
「な、なんせそこの礼安さんが『いったん商店街の人たちと話し合ってみませんか』と言うもので……急いで車を走らせて……完全にその時はすっぽ抜けてて……」
どうも不憫に思えてきたため、それ以上の追及は誰もしなかった。それが、一番平和的解決ができると認識していたからだった。
そしてその暢気していた一同の雰囲気を壊すように、その場に猛スピードでバイクが三台突っ込んできた。無論、透たちであった。表情は厳しいものであったが、思い詰めている様子は一切なし。無線機の繋がる先は、学園長であった。
「天音ちゃん!! 久しぶり!!」
「――おう、俺の家族がだいぶ世話になったみたいだし……お礼参りしに来たぜ」
事のあらましは、学園長自身から全て、ここに向かうまでの道中で聞いたらしい。だからこそにじみ出る怒り。それが透の現時点の原動力であった。
しかし、そんな透ら三人を見て、商店街の人々は実にバツが悪そうであった。それもそのはず、あの『ホロコースト事件』で生存している被害者筆頭ともいえる存在であったから。旅館に七人の子供を担ぎ込んだ時も、追及されることを何より恐れていたのだ。スラム崩壊を望んだのは、この場にいる元強硬派全員であったから。
だが、透はその空気管を察したのか、そちらの方を向くでもなくただ息をついた。
「――その罪悪感があるなら、アンタらはまだマシだ。それにこの場に立ってるってことは……あのクソ野郎に少しでも反抗する意思持ったってことだろ。それ以上は――言葉はいらねえはずだろ?」
その言葉は、元強硬派の心を少し軽くする言葉であった。静かに泣き出す老人すら現れ始めるほど。
「――ッたく。居辛ェったらありゃあしねえ」
悪態を吐く透であったが、その表情にはほんの少しの安堵がこもっていたのは、剣崎と橘の秘密であった。
その頃には、エヴァも体調を何とか戻していた。まあ何をしたかと言うとまだ礼安が懐に忍ばせていたあるライセンスを使用したから。ここでは特に影響なく扱えていたものの、丁度その時間帯、学園都市内のある男子学生寮の一戸では、半濁点交じりの奇妙奇天烈な叫び声が聞こえたとのこと。
「――礼安さん、それ使ったんですね……」
何のことだかよく分かっていない様子の礼安に、大剣を携えた某二年次仮免許所持男性英雄の身に起こった真相を伝えるのは、あまりにも酷だと自覚したエヴァは、何も語らなかった。
(……後でお詫びとして精力の付くウナギ辺り奢りますかね……)
そして、エヴァは起床して気付いてしまった。計画実行に、あと一人ほどいない。その精力が先ほどごっそりすり減ってしまった人物なのだが。
透にイヤホン型無線機を借り、学園長に直談判するエヴァ。
「ちょっとお義父さじゃなかった不破学園長! どれだけ報酬払っても丙良くん派遣してくださいって言いましたよね!? 一番当たり障りのない在学中の英雄なのに!!」
『お義父さんって言われるの案外悪くない気分だねってなってる場合じゃあないことは充分自覚してるけど! 一回盛大に嘘ついちゃって信頼がストップ安状態になっちゃったのよ……だからパしられて――や、引き受けてくれなかったのよ……』
なんとも自業自得ではあったものの、エヴァにとっては火急の問題であった。
「でもこのままでは……ビギナーが多い中で作戦執行となってしまいます! いくら礼安さんたちでも……どうなるか」
「まあね、そこんところ心配だよねえ――――学園長、動きます」
やたら声が近くに聞こえる、と思い無線機を取ると、そこにいたのは学園長であった。
遅れてやってきた音速の波≪ソニックブーム≫が暴風と共にその場を襲う。
理解できない一行。そんな冷え切った空気感を少しでも温めようと、面白おかしいポーズを取るなどの努力をするも、目が点になってしまった一行は一切変わらず。どれほど馬鹿みたいな力を持っているとはいえ、五十三歳男性が変な動きをしていると、笑いよりも恐怖が勝るものである。
「何でよ!? 少しくらい喜んでくれてもいいじゃん!! 『原初の英雄』たる私、参上ぞ!?」
「……いや、オーバースペックが過ぎるというか。お父様ワンパンチで基地破壊するつもりじゃありません?? まさかそれが一番手っ取り早いとか思ってませんよね??」
「中にちびっこがいるってのにそれで済ませるほど私そこまで馬鹿じゃあないよ!?」
誰もが(出来ないとは言わないんだ……)とだけ思考すると、途端に埼玉支部の方へ向く。
そこにいるのは、殺気立ち目が血走った埼玉支部、と言うよりも壇之浦銀行の一般行員数百名。それぞれがチーティングドライバーを持つわけではないが、大きめのスコップや刺股を持ちこちらにじりじりと向かってきたのだ。
それぞれが小声で「金のため」とだけ呟く、意思なき傀儡となり果てていたのだ。
「――へえ、金で釣ったってこと。実に性格のいいリーダーだね、全く」
「……私は学内通貨で丙良くんを釣る計画を立てていたのでノーコメントで」
どうも言葉のとげが自分に来ているのかと錯覚するほど罪悪感に蝕まれていたエヴァ。
悪ふざけはここまでにして、礼安たちが背後の一般人たちを守ろうと立ちはだかったその時。礼安たちのことを、雄叫びを上げながら追い抜いていく章大たち。果敢にも、一般行員たちに勝負を挑んでいったのだ。
「な、何で!?」
すると、薙刀で応戦しながら礼安たちに声を張る仲居さん。
「――我々が食い止めている間に、早く特攻≪ブッコミ≫あそばせ!!」
その言葉の意味を大体のメンバーが理解できなくとも、心で理解した。無言でサムズアップだけすると、礼安たちは銀行正面と職員入り口方面から突貫するべく、二手に分かれたのだった。