第五十八話
文字数 5,653文字
「……クソッタレ。まるで呪い≪カース≫みてぇに痛みが粘着して付きまとって来やがる。質の悪いストーカーかよ、全く」
相手、あるいは概念を恨んでいれば恨んでいるほど固定ダメージが上昇する、何とも理不尽な能力。透はもちろん、鍾馗とは初対面。それなのに、理不尽な仇扱いされているために、何より面倒くさかった。
粘着質な怒り。憎しみ。それを晴らすほどの明るさはない。礼安が相対したところで、光と闇は相容れない。故に、鍾馗の怒りや憎しみは収まることが無いだろう。
(というより……アイツは一生あのままだ、今までの人生経験上そう言える。改心なんかしねえ、そんな奴にしか見えねえ)
改心して、もう一度こちら側に……なんて幻想は絶対叶わない。あの闇は、掃える気がしないのだ。どこまで行っても、どちらかが死ぬまで終わらない。英雄になれないはぐれ者は、その道を潔く諦めるか、あるいは敵になるか。そのどちらかでしかないのだ。
それと同時に。勝てるヴィジョンが浮かばないのだ。修行の成果を見せるのもいいが、それだけで本当に勝てるのか。正直透には分からなかったのだ。
今自分が振るっている力の、数段上。段階を飛ばしてもなお、その力を効率的に扱える相手に、自分は勝てるのか。正直自信が無かった。
「――本当、こんな自信の無さでよくもまあ、俺は入学当初『最強』だと名乗ったよ」
世界は広い。血の繋がりの無い弟妹のために、自らを『最強』と取り繕うことは必要な手段であったが、今となっては。自分は大したことのない、矮小な存在であることを思い知らされる。
グラトニーに一度負け、信一郎に修行とはいえ何度も負け、礼安に負け。彼女の自信は、地に堕ちていたのだ。
(――俺は、どうしたらいいんだろうな。本当)
ネガティブになっていた中、ある人物の笑顔を想起する。それこそ、明と礼安の存在であった。
(お姉ちゃん! 私もお姉ちゃんのトレーニング手伝う! お姉ちゃんの思う、『最強』を目指そうよ!)
(強みも弱みも、理解して受け入れる。そこからが、英雄として強くなれる第一歩だよ。一緒に『最強』の英雄、目指そうよ!)
透の心の中に在る、ふたつの太陽。どれほど透が思い悩み曇ろうと、その暗雲を晴らす存在こそ、その二人であった。
かつて、透はワンマンプレイが目立っていた。それは、『誰かに頼る』ことを一時的にとはいえ忘れてしまったから。エヴァに叱咤され、礼安に諭されてからは、死んだ明の笑顔と、今を生きる礼安の笑顔が離れない。まるで瓜二つ、透に勇気をくれる、光そのものであった。
「――本当、俺ってバカだよ。いつだって……一人きりで抱えて、んで背負えきれなくなって圧し潰される。いつだってそうだった、あん時だってそうだった」
自信が無くなったのなら、互いに高め合えばよかったのだ。鍾馗には、そんな存在がいなかった。闇を共有し合って少しでも軽くし合える存在がいなかった。だからこそ、今の彼女が存在する。
共に何かをする、そんな痛みも喜びも共有し合える存在がいたとしたら、今の彼女はいなかったのだろう。
院に電話を掛ける透。現在位置を聞きたかった、というのもあるが、『別の目的』もある。
「……それが、お前ってことかよ」
『中途半端に小綺麗な纏め方をされるの、イラつくなァ』
影から出でたのは、まさに怒りを露わにした鍾馗であった。
咄嗟にその場から飛び退くも、その透の速度に追いつくように攻撃を加える。
風のバリアにより何とか防ぐも、肉体にはダメージが行く。
「クッソ……影と影を移動も出来んのか――滅茶苦茶面倒くせぇ相手だな全く」
『私はね? いつだってお前ら恵まれた存在を憎み続けた。入学前からね。ボッチだろうとボッチじゃなかろうと、私は私。これこそが辿り着いた結論なの。他人にとやかく言われる筋合いなくない??』
「ならよ――少しくらいそのレールを曲げてやろうって気にはならねえか!? 少しでも軌道修正しようってのは考えねえか!?」
『元から歪んでいる人間に対しての皮肉かな、それは』
どれほど話し合おうと、この歪みは解消されない。対象を殲滅しない限り、鍾馗蓮という女は、止まりはしない。ブレーキがとうに壊れた、暴走列車であるのだ。目的後へ辿り着くまで、一生止まらない。それが皆殺しというゴール。
『いつだってね? 両親からも『恨みはみっともない』『優れているなら優れている風体を保て』とか言われてもね? 自分よりも上の存在がごまんといる中で、自身を頂点と据え置き続けろだなんて、どだい無理な話なんだよ』
上には上がいる。その言葉は実にその通り。どんな富豪にも、それ以上の大富豪は存在する。どんな強い英雄であろうと、現状最強は信一郎であることに変わりはない。
上を見ることをせず、下を見下し続けることに、鍾馗は疲れたのだ。ならば、上でふんぞり返る存在を下から引きずり下ろす。まっさらになった概念の頂点に君臨するならば、それは真の意味で頂点である。
信一郎は、英雄という概念を作り上げ、さらに今もなお圧倒的強者であるため、『原初の英雄』として崇められている。それと同じことを、奪い殺すことで実現させようとしていたのだ。一種の革命行為、あるいはテロリズム的思考であった。
「だから、君たちには消えてもらわなければいけないんだ。死んで?」
「――お前の主義主張は、実にばかばかしいもんだよ。殺すことで得られる歓びなんて……たかが知れている」
根っからの恨み。その理由は自尊心に満ち溢れた英雄が気にくわないから。そのために、全ての英雄を虐殺し、英雄よりも優れた存在であることを『教会』と共に、世の中に知らしめることを道として動く。その結論は別に否定はしない。
しかし、透にとって、導線が決めつけられていることが何よりもの疑問であったのだ。
「――何でよォ、『虐殺』にこだわる? 英雄よりも優れた存在になりてえんなら……それこそ別分野で上回ればいいじゃあねえか。言っちまうなら、俺はパズルが苦手だ。ごちゃごちゃとしたルービック・キューブとか、チビたちがよくやっているが俺にはさっぱりだ。料理は得意だけどよ、恐らく礼安とかは料理苦手だろうぜ」
それぞれの英雄だけに限らず、一般人それぞれに輝ける舞台、というものは確実に存在する。ゲームや小説、イラストや運動・勉学方面。それだけに限らず、とんでもないほどにニッチな分野であったとしても、一位でなくとも輝ける舞台が存在する。
仮にドロップアウトしたとしても、それ以外に道はあるはず。元英雄の卵、というブランドは一般人には得られない称号である。いくら成績が振るわなくても、そのブランドは付いて回るため、それを利用し芸能界デビューする人間も、少なからず存在するのだ。
「……ひょっとして、逃げているのか。それ以外の『選択』から。殺すことはぱっと見楽だろうが……その先に何がある? うちの学園長とぶつかり合うのか? 『教会』を世界展開させたいのか?? それとも、『教会』トップとして君臨したいのか?? 俺には――ただ殺すって快楽を優先して、その先が見えてねえように思えるぜ」
鍾馗の攻撃の手が完全に止まる。しかしそれは諭されたからではなく、徹底的に間違った言葉をぶつけられているからであった。
『――じゃあ、何も優れていない私はどうなるの?? それ以外の道を選ばざるを得なかった私は、一体何が残るの??』
向けられた瞳は、まさに深淵そのもの。彼女の心を窺い知ることなど、本人が許さない。的外れな言葉など、情けの言葉などいらないのだ。ただそこにあるのは闘争のみ。血で血を洗う、最悪の殺し合い以外にないのだ。
『何かが優れているから、別分野で活躍すればいい、なんていうのは強者の戯言だよ? 本当に何もない、何も残せない、何も成せない人間というのも存在するんだよ?? 殺しでしか、真っ当に生きる道はないんだよ?? どれだけ人生の『底』を知ろうが、『そこ』に居続けるなんてことはなかった貴女たちに、何も語る余地はないんだよ??』
ずっとどん底。どれほどの努力も結ばれず、見た目が恵まれることも無く。蔑まれ、落ちぶれて、蔑まれ、落ちぶれて……の繰り返し。やっとの思いで日の目を浴びると思ったら、そこは既にレッドオーシャンであった。ブルーオーシャンな場所など、もうこの世に在りはしないのだ。
思考の限界。それはあるかもしれないが、結局のところ、それを考え付くほどの突飛な頭脳があれば、ここまで落ちぶれはしない。
整形をする。それは暗に、自分ではない誰かに成り代わり、仮初の栄華を得るだけ。自分の力で手に入れなければ、意味がないのだ。
勉学に励む。世の中はある程度の頭脳を求める割には、それ以上にコミュニケーション能力を必要とする。馬鹿みたいに勉強をしてきても、風体が駄目では塵ほどの価値もない。
ならばコミュニケーション能力は。そんなものがあったら、ここまで落ちぶれてはいない。コミュニケーション以前に、大勢に蔑まれてきた人生の中で、誰が味方をするというのか。誰が話しかけるというのか。誰が話しかけて答えるのだろうか。
結局。底の底に堕ちた人間を救いあげるのは、『教会』しかなかったのだ。
実際、彼女は入学前から既に『教会』の信者であった。家族は最初得体のしれない宗教を気味悪がったものの、鍾馗が全員引きずり落とした。皆、仲良く信者として京都で暮らしている。
待田はその事実を後に本人から聞かされたものの、その事実に驚愕していた。
スムーズな裏切り、自身の欲に従った裏切り、ではなかった。最初から、英雄という概念を裏切っていたのだ。全てを偽り、全てを欺き続けた鍾馗は、最初から『教会』構成員として皆を裏から動かし続けたのだ。
最初のあの慟哭。それは皆の同情を誘いながら、自分だけが助かり、かつ憎たらしい存在を一斉に排除するための策。あそこにいた面子は、性格のよさそうなふりをしておきながら、鍾馗以外が彼女を嘲笑していた存在。いじめっ子、と表現するのは腹立たしいため、傷害犯と呼称するとしよう。
現に、待田たちが現れる前は、あの場で傷害犯による暴力が振るわれていた。顔や露出している腕などの部分ではなく、腹部などの一切見えない部分ばかりを攻撃していたのだ。鍾馗が死なない程度に、武器科という『劣等科』を己が欲のために攻撃していたのだ。
それらは、英雄科の二組や三組生徒ばかり。徹底的に自身よりも下である武器科をサンドバッグ代わりにしていたのだ。
その後、鍾馗が行った工作としては、東京二十三区内において北側である、数ある区内に潜んでいる英雄・武器陣営の生徒を皆殺しにしていくことだった。
その中には、鍾馗と接したことのない一年次や、鍾馗をはじめとして武器科を見下していた二年一組から下の組生徒がうじゃうじゃと存在。
命乞いをする者や、鍾馗にありったけの恨み節をぶつける者が何人もいた。しかし、どれだけ蔑まれようとも、ただの負け犬の遠吠えのように感じられて仕方が無かった。
今まで酷いことをしてきたのにも拘らず、今更『ジョーク』だと謝った生徒も少なからず存在した。そこまで危機感を抱いているのにも拘らず、なぜやるのか。そう嘲笑った後に容赦なく殺した。
結果的に、英雄・武器陣営の総合的な戦力ダウンに繋がったため、その殺しは『教会』陣営を勢い付かせるきっかけとなった。
次第に、自分が今まで通っていた学園は、酷く腐敗したものであると実感した。最上級である一組生徒以外、まともな人間は存在しない。誰もかれも、自分より下の存在を見下し続け、日々の鬱憤晴らしに傷害行為を行う。英雄とは名ばかりの、ただ性根の腐った犯罪者集団である。
『教会』こそ、鍾馗のあるべき場所であると、この合同演習会をきっかけに再確認したのだった。
『私は、教会の一構成員として、英雄を皆殺しにする。それは今でなくとも、近い将来でも。仮に皆殺しが出来なくとも、手酷い傷を負わせる。それこそが――私の目標であり、欲の根源だよ。外野に何言われようと……この欲求は変わらないさ』
「――そうかよ、んじゃあ停戦の相談は無駄だった、って訳だ」
しかし透は、その鍾馗の講釈の間も、ある策を巡らせていた。
後ろ手に、風で作り上げたスプリングを、異常なほどに伸長させていたのだ。繋がる先は彼女のみぞ知る。
まるで、フックの法則にて用いる最大伸長のばね。そのままだとそのばね自体がおかしくなってしまうが、それが強度という概念が存在しないか、あるいは異常なほど強靭なものなら。どれほど伸長しても、その後の元に戻ろうとする力は十全に働く。
「だけどよ。ちっとはアンタの底が知れた。それだけでも収穫だろ」
その言葉と共に、透はある地点へばねが戻る勢いをフルに活かし、遥か遠くへ飛んだのだ。
意表を突かれた鍾馗は、影を移動する力を扱うものの、それ以上に透の影が地面に映る時間が極端に短く、瓦礫に生まれた影を利用し高速移動するも、全く追いつけずにいた。
「――俺はよ。アンタを説得することは止めた。正直、どこまで行っても……俺じゃあアンタを説得なんぞできはしないって分かっちった。だから――俺『たち』で叩き潰す以外に策はねェと考えるんだわ」
高速で辿り着いた場所は、最初に加賀美と別れた場所、最初の交戦地点であった。その場にいたはずの有象無象は、全て何者かによって倒されていた。それらに刺さっていたのは、炎の矢であった。
「――お待たせしましたわ、透。真来院、ここに推参です」
「……ちィと、遅かったんじゃあねえの?」
「到着が遅れたのはお互いさまですわ」
二人は不敵に笑いあうと、お互いの方に目を向けることも無く手を貸し合う。変身を解除しながら天音透と真来院、その二名が再会した瞬間だった。